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50 家族のポジションは多種多様

ラストに向けて、本日三話投稿です。ご注意ください。

1/3


 大切なところで舌を噛んだアスターは、すっかり丸まってしまった。

 顔を覆ったまま丸まって、暗くなってからもわかるほど耳が赤くなっている。湯気が出ているんじゃないかと思うほどだ。


 呆然とアスターを見下ろしたフィストは、彼の言動を振り返り……グッと口内で頬を噛み締めた。


(あー! マジでこいつは! どこまでも放っておけねぇ奴だなぁ!!)


 なんでこんな大事な所で噛むんだ。

 その後修正できず丸まるってなんだ。

 すっかり顔が上げられなくなっている、この男は本当にどうしてくれようか!


 フィストは思わず、目元を覆って天を仰いだ。

 天を仰いで冷静になろうと、深く深呼吸をした。

 冷えてきた夜の空気が、熱くなった身体を肺から冷やす。


(……正直、ヤンデレ問題が解決した今なら、アスターを解放する事ができる)


 村の人達の誤解は取り敢えずおいといて。


 寝室に落ちていた革の鞄。フィストが滝から落とした荷物を、アスターはちゃんと見付けて回収していた。

 中身を確認してこれなのか、うっかり確認し忘れているのか……勇者一行が居たからそんな暇がなかっただけかもしれないが、失った記憶によって、アスターはここを去るだろう。


 と思っていたのだが。


(今、それを聞くのは野暮なんだろうな)


 記憶喪失前のアスターがどんな奴だったのかとか、どこに所属していたのかとか。

 一番気になっているのはアスターだ。

 そのアスターが、ルミネの父親に……フィストの本当の夫になりたいという。

 ここに居たいと、言っている。


「……正直、お前がここに居てくれるなら、生活的な意味ですげぇ助かる」

「……うん」


 フィストは天を仰いだまま。アスターは俯いたまま言葉を交わす。

 お忘れかもしれないが、フィストは相変わらず不器用で、家事は失敗ばかりだ。

 アスターに教えて貰いながら挑戦中だが、つい最近作ったうどんだって踏んでいただけだ。楽しかった。


「でもそれは家政夫として助かるって意味で、ルミネに関しては子守を雇うみたいなもんだ。世の中、片親でも人の手を借りて生活している家族は沢山ある。絶対父親が必要だとは思わない」


 ネクのように、伴侶を失って子を育てられなくなった人だって居る。

 彼の場合は彼の頑張り次第なところがあるが、家族には沢山の形がある。


「ただまあ……ルミネはお前に懐いているから、父親として傍に居てくれると、助かる」


 俯いていたアスターがぱっと顔を上げた。

 白い頬を真っ赤に染めて、紫の目を潤ませて、期待に満ちた顔でフィストを見ている。


(――子供みたいな顔する男だなぁ!!)


 思わず緩みそうになる唇に力を入れて、だけど、と声を絞り出す。


「私には、アイツを忘れて別の男と幸せになるとか、無理だ」


 今思えば暴力的な愛だった。


 関係性もあったと思うが、フィストが男に……魔王に抱いたのは、相手の全てを奪い尽くそうとする、暴力的なものだった。

 あの衝動を、欲望を、悔しさを、渇望を、もう他の誰かには抱けない。

 相手の全てを奪う代わりに、フィストの愛も彼が持って行ったから。


 確かにアスターは、愛した男を思い出させるくらいうっかりドジっ子で母性本能を擽る点が似ているが……フィストが愛したのは、討たれた魔王だけだ。


「……これだけ確認したいんだけど、その愛した人は、これからひょっこり現われたりする?」

「ひょっこり現われたら渾身の力でぶん殴るしかねぇな」

「なんで!?」

「いや、間違えた。現われねぇよ」


 討伐した魔王がひょっこり現われたら再び戦闘だと拳を握りかけたが、魔王は討たれた。

 問いかけたアスターは訳がわからないという顔をしたが、頭を振って気持ちを持ち直した。


「なら、夫の席が不在なら、父親の俺がそのまま座っていても良いよな」

「ん?」

「フィストの心に、別の誰かがいても良い。そのまま夫の席に座らせたままで構わない。だけど父親として、俺とルミネとフィストの三人で、家族になりたい」

「お?」


 空から視線を下ろした先で、アスターはとても真剣な顔でフィストを見詰めていた。


「夫として求められなくても、父親として、傍にいたい。フィストと支え合って、ルミネの成長を見守りたい。俺と……俺と、家族になってください」


 真摯に真っ直ぐ、紫の目がフィストを見詰める。


 フィストの琥珀色と視線が交わり合って……アスターの口元が、もにょりと歪んだ。


「そりゃあ……あ、あわよくばと思わなくもないけど、忘れる必要がないってのは本心だ。俺は今の、誰かと恋愛したフィストに惚れたわけだし。ルミネの存在あってのフィストだし……忘れてばっかりの俺だから、フィストは覚えたままで居て欲しい」


 もにょもにょ口を動かして主張するアスターに、フィストは思わず真顔になった。


 こいつ本当に、どうしてくれようか。


 何故決め続ける事ができないのか。

 なんかこう、うっかり本音が隠し切れていないというのに、そんな正直者な部分にフィストの柔らかい部分が擽られる。


(父親として家族に……かぁ)


 もにょもにょ言葉を重ねるアスターを見ながら、思わず苦笑した。


(最初にそう要求したのは、私だったしなぁ)


 代理だとしても、役割だとしても、アスターにそうあれと要求したのはフィストが先だ。

 夫じゃなくて父親になれ、と。

 そして今は、父親になりたいと、アスターが言ってくれている。


 ――暴力的な愛情は、強烈だった。


 冷静になれなかった。熱を奪い合う度に悔しくなった。愛しているのに憎らしくて、憎んでいるのに求めていた。修行に明け暮れていたフィストが痛みを伴う恋をするなんて、今でも信じられない。


 対してアスターは、与えてくれる男だ。


 うっかりは多いが丁寧で、子供達にどれだけ舐められても怒らない。一緒に居て、足並み揃えて歩く気持ちになる。

 言ってしまえば、魔王の正体を知る前の……ナナシと過ごしていた気持ちに似ている。


 ぶつかり合うような愛ではない。

 けれど、支え合って穏やかに生活する愛情なら、とっくの昔に抱いていた。


(こいつも正体不明だけど……魔王以上の衝撃は、もうねぇ気がするな)


 むしろそれ以上の衝撃ってなんだ。隣国の王族とか言われても霞むぞ。

 そこまで考えて、笑う。


「ところで話は変わるんだが」

「嘘でしょ今変えるの? この話を?」

「お前、靴逆に履いてるぞ」

「えっ!?」


 多分ルミネを寝かし付け(寝室は土足禁止)た後にやらかしている。

 驚いたアスターが勢いよく立ち上がり、蹴躓く。前のめりに倒れそうだった手をフィストが引いて、転倒を防いだ。


「本当にうっかり者だなぁ」


 吹き出すように笑って、手を引っ張って座らせる。


「危なっかしくて仕方がないから、お前は私の隣に座ってろ」


 そう言って、隣に座らせる。

 さっきまであった拳二つ分がなくなって、お互いの肩がぶつかる近さ。

 ぽかんと口を開けて間抜け面になったアスターは、数秒ほど固まって……。


「ど、どっち!? どっちの意味で言った!? どっち!!」

「まあどっちにしろ隣に居ろよ」

「居るけども!」


 大騒ぎした。

 その騒ぎに触発されたのか、家の中から泣き声が聞こえる。どうやらルミネを起こしてしまったらしい。

 大人二人は顔を見合わせて、笑みを浮かべて家に入る。

 騒がしい日は、きっとこれからも続くだろう。


 そう信じられる夜だった。




良かったねアスター。後は君の努力次第だ。

でもまだ、続きます。謎が残っていますね!!

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