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5 思わぬ拾いもの


 流れてくる人影を思わず見送りそうになったフィストだが、流された人が岩場に引っかかったのを見て駆け出した。


 ゴツゴツした岩の上を飛び跳ねるように移動して、人の引っかかった場所まで向かう。近くで観察すると、それは男だった。銀色の長い髪で一瞬女かと思ったが、大柄な男はピクリとも動かない。


(死体か? だとしてもこのまま流せねぇ。村人が発見したらびっくりしちまう)


 下流では村人が洗濯をするのだ。洗濯中に死体が流れてきたらトラウマだ。

 少なくとも、フィストの記憶にはしっかり焼き付いている。


(――まさか同じ事が起きるなんて、思いもしなかったけど)


 フィストは洗濯していた自分の上着で男を固定し、流れに気を付けながら岸へと上がった。浅瀬まで引きずって、大きめの岩に身体を預けさせてから改めて触診する。細かいのは無理だが、脈があるかくらいはフィストにもわかる。

 顔や首筋に貼り付いた長い髪を払い、気道を確保。脈を診ながら男の顔を見下ろして、フィストは目を丸くした。


「……なんだお前、生きてたのか」


 川で流された影響か、顔色は死体のように青白い。

 だが、指先に思いのほか力強い脈を感じた。耳を澄ませばか細いが、呼吸音もする。

 死体かと思ったが、生きている。


「びっくりした……なんなんだお前……」


 フィストは深く息を吐いた。

 脈をとっていた手を首から放す。


 同時に、カッと男の目が開かれて、離れていく手を男の手が掴んだ。

 そこから先は咄嗟の動き。


 ゴツンッ!


(――しまった!)


 ピクリともしなかった男の行動に、フィストは無意識の内に相手の身体に乗り上がり制圧した。


 腕を引くのではなく押しつけて、相手が起き上がる前に膝で上半身を固定する。起き上がろうとした所を押さえ付けたので、ゴツンと大きな音が響いた。男が後頭部を岩にぶつけた音だ。


(しまった、相手は意識不明が回復して混乱していたってのに、やっちまった。頭思いっきりぶつけた!)


 癖になっているんだ、相手を無効化する動き。


「お、おい大丈夫か?」

「うーん……」


 フィストの手は掴んだままだったが、相手は完全に目を回していた。かろうじて意識はあるようだが、朦朧としている。

 これはヤバイ。溺れていた影響か、頭をぶつけた影響か。恐らくどっちもだろうが、大きなダメージが入っている。


「悪かった。身体(武器)に触られて咄嗟に動いちまって……」

「武器……?」


 格闘家なので身体が武器だ。つまり男の握っている腕は生身の刃。


 ぼんやりした目がフィストを見上げる。焦点の合っていなかった目が、フィストに点を絞った。

 見覚えのない紫の目と、フィストの琥珀色が交差する。


 改めて、顔立ちの整った男だった。

 美醜に拘りのないフィストが思わず目を惹かれるくらいには、彫刻のように整った顔立ちをしている。

 彫刻家が、丹精込めて作ったような造形美。長い銀髪に珍しい紫の目。眦が上がって厳格そうなのに、水に濡れて呆然としているのは濡れ鼠になった大型犬を思わせる。


 言ってしまえば、どことなく間抜け。

 男がフィストを見上げ黙ってしまったので、フィストの方から切り出そうと口を開き。


「きゃー!?」

「!?」


 男の上げた甲高い悲鳴に度肝を抜かれた。


「ななななななっなんっなんて格好をしているんだ!」

「あ」


 真っ赤になってぎゅっと目を閉じた男に、発言に、フィストは自分の格好を思い出す。

 上着を洗濯し、溺れた男の救助に使用したので、フィストは上着を着ていない。肌着一枚で、その薄い布も水に濡れて身体に貼り付き、大変艶めかしい物となっていた。


「これはまあ色々あって。痴女ではない」

「なら恥じらって! 上から退いて!」

「やっべぇ説得力なかったな」


 男からしたら目が覚めたら露出の高い女が自分に跨がっていたのだから、絹を裂いた乙女のような悲鳴を上げるのも仕方がないかもしれない。完全に乱暴される前の乙女の悲鳴だった。

 フィストとしては溺れていた男は身元不明の不審者なので拘束しておきたい気持ちもあった。あったが、真っ赤になって目を瞑る様子から早々に無害の判定を下した。フィストはすぐに退いた。


(……うん、ルミネには気付いてねぇな)


 チラリと確認したのは、我が子の安全。

 咄嗟に飛び出したが、そう離れてはいなかった。まだ、あちらに何かあったら駆けつけられる距離にいる。

 さりげなく我が子を背に庇うように立ち、男から籠が見えないようにする。ぎゅっと閉じられた目から心配ないと思うが一応だ。


「びっくりさせて悪かったけど、痴女じゃねぇよ。お前が溺れていたから助けたんだ」

「え、溺れ……あ、俺うっかり足を滑らせたんだった」

「うっかりねぇ」


 怪しいが、全く無いわけではない。水辺は苔で滑りやすい。上流ならば流れも速く、あっと思った時には既に遅し。流されたと言われても違和感はない。

 ただし、何故そんなところに来たのかという疑問は残る。


(ただなんつーか……この危なっかしい感じは、すごい既視感)


 少し前に同じように助けた相手も、不注意で川に落ちていた。不用意に水辺に近寄るんじゃない、とフィストは濡れた髪を掻き上げる。

 救助の為に使ったフィストの上着に気付いた男が気まずそうに上着を差し出してくる。ご丁寧に顔は背けられ、耳まで赤い。初心な大男から上着を受け取り、生乾きだが仕方がないと羽織った。


「助けてくれてありがとう。それで君は一体?」

「近くの村に住んでる村人Fだよ。あんたは?」

「俺は……」


 村人ならともかく、そうでないならフィストの名を知っているかもしれない。魔王討伐メンバーの、失踪した格闘家。顔はわからなくても、名前くらいは聞いたことがあるかもしれないと警戒心が名前を隠す。

 そしてこの不審者の身元を知らねばと問いかけ……反応の悪さに首を傾げた。


 今の今まで赤面していた男の顔色が悪い。

 溺れていたのだから、具合が悪くなったのだろうか。それとも頭を打った影響か。

 フィストが大丈夫かと問い質そうとした時、男が呟いた。


「俺は……誰だ……?」

「嘘だろマジかよ」


 溺れた所為か。頭を打った所為か。

 これはどっちの影響だ。

 相手の頭を強打する後押しとなったフィストは、責任の一端を感じて冷や汗を流した。




記憶喪失の原因はどっちだ!!

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