49 ロマンチックな空の下
その後、勇者一行は壊滅状態のまま、王都へ帰還した。
と言うか目を覚ましたヴァーシプが、瀕死のリンジを早く回復させねばと、無理をして転送魔法を行使した。
転移魔法は、誰にでもできる魔法ではなく、甚大な魔力を持つヴァーシプにも難しい魔法だ。
魔族が使うのを見た事があるが、そもそも魔族は人と身体の構造が違うらしい。彼らに耐えられても、人には耐えられない。
よって、人が行うには過ぎた魔法だ。
しかも集中できない取り乱した状態での、魔法行使。成功したとしても、何らかの後遺症は免れない。
それでも勇者への信仰心で、ヴァーシプは転送魔法を行使した。
聖女のセーラと重傷のリンジ。そしてヴァーシプの三人で。
――それ以降の話は、相変わらず山奥にいるフィストの耳には届いていない。
(リンジはセーラが意地でも死なせないだろうけど、他の治療は拒否しそうだなぁ)
家の前にあるベンチに座って、目立ちだした星を眺める。
荒れた家の前を片付けて、すっかり暮れた空を見上げて嘆息した。
彼らが立ち去った後、大きな音がしたと村人達がやって来た。
彼らは荒れた庭先……焼け焦げた土や濡れてえぐれた木。壊れたテーブルなど……に驚いた。いなくなった勇者達を気にしていたが、ヤンデレによるヤンデレの所為でヤンデレが悪化した結果など言えなかったので、魔族の残党を倒しに旅立ったと伝えた。納得された。
そんな彼らはテーブルや椅子の片付けや、荒れた箇所の修復を手伝ってくれた。
おかげさまで、数日後にはほぼ元通りになった。大変助かった。
ちなみに勇者達の訪問で、フィストが魔王討伐に参加した英雄の一人だと認知されたが……相変わらず都合の良い感じに噂が補正されていた。
(なんでだ……なんで私が『世界と闘病中の恋人を守る為に戦った英雄』になっているんだ……あの村って性善説を説いていたりするのか……?)
ヤンデレ達の思考回路も解き明かせないが、何が何でもプラスに繋げる村の人達の思考回路もわからない。
フィストは、村の人達が思うほど高潔な英雄ではない。
復讐心を捨てられなくて、愛した人の助かる道を探す事もできなかった、身勝手な女だ。
だから、誰も触れないのを良い事に、黙っている事がある。
(……ヴァーシプの魔法がアスター達に当たらなかったのは、ヴァーシプが魔力制御を失敗したからじゃない)
ルミネの魔力がヴァーシプに勝ったからだ。
魔王の子である、半分魔族のルミネの魔力が、ヴァーシプの魔法を跳ね返した。
フィストは魔法に詳しくないが、それくらいしか原因が考えつかない。
(ヴァーシプは過去に暴走した前科があるからか、自分の制御が甘かったと発狂していた。セーラはむしろ、リンジが負傷して喜んでいる。リンジはそれこそ、それどころじゃねぇ……あいつらが、ルミネの正体。魔力に気付く事はないだろう)
気付いたとしても、それどころじゃない。
問題は、いつの間にか姿を消していたリルスだ。
(マジでどのタイミングで消えたんだ……)
リンジがごねている間にいなくなったのは確かだが、どこでどれだけ様子を窺っていたかにもよる。よるのだが、目撃していてもルミネと繋げるかは正直わからない。
何故ならあのときリンジに喧嘩を売っていたのはアスターだったからだ。
(普通、力量差が歴然の相手に、喧嘩は売らない。それでも喧嘩を売ったなら、勝算があったと考える。となれば、ヴァーシプの魔法を跳ね返したのはアスターに見えるだろ)
まさかアスターが何の策もなく、うっかり首を突っ込んだなど思うまい。
偶然ルミネが顔を出さなければ、火達磨になっていたのはアスターだ。
そう考えるとやっぱりアスターを、命は大事にしろとぶん殴りたくなるが、それをするとアスターが死ぬ。
どうしてくれよう、この気持ち。
「フィスト、ここにいたのか」
なんて思っていたら、ルミネを寝かし付けていたアスターが現われた。
フィストは思わず据わった目でアスターを見た。
こいつ、うっかり間の悪さで痛い目を見そうだな……と。
じとっとした目で見られて、アスターがたじろぐ。
「な、なんだその目」
「なんでもねぇよ」
「そうかな……? ええと、隣、いい?」
「いいよ」
何故かわざわざ問いかけたアスターが、フィストの隣に座る。
大人二人が腰掛けても余裕のある長椅子のベンチ。フィストとアスターの間には、拳二つ分の隙間があった。
「えーと、ルミネ。とても寝付きが良かったよ」
「そりゃ良かった。昨日は大興奮でなかなか寝付かなかったから」
「昨日は村の方で預かって貰っていたから、遊んで貰えて嬉しかったんだろうな」
「焦げた所の大修復だったからな……マジで、火が燃え広がらなくて良かったぜ」
すぐにヴァーシプが洪水で火を消したからこそ燃え広がらなかったが、万が一火を消せていなかったら大変な事になっていた。川は近いが消火できるほどの近さではない。
「……落ち着く度にマジでこいつ何してんだって怒りが湧いてくるな……」
「あ、謝っただろ反省もした! 本当に反省している! もうしない!」
じとっとしたフィストの視線の意味に気付いたアスターが慌てて弁明する。身振り手振りで必死に弁明する動作が道化染みていたが、本気の焦りは感じた。
「確かに反省していたから、後は私が呑み込むだけとして……聞きたかったんだが、お前リンジが何を言っているのか理解していたのか?」
「理解って、何を?」
「お前が無策で突っ込んできた時だ。なに言っているのかわからなかったけど、お前達だけで通じ合ってただろ?」
通じたからこそ、リンジが動揺してあの流れとなった。
異世界召喚について話しているのだけ伝わったが、主人公とかパターンとか、意味のわからない言葉が続いた。
いや、意味はなんとなくわかるが、どうしてそう繋がるのかがわからなかった。
フィストに問われたアスターは、記憶を探るように星空を見上げ……首を傾げた。
「頭に血が上って、うっかり何を言ったのか覚えていない……な……」
「おい記憶喪失」
気軽に記憶を無くすな。
「相手の主張がズレていると思って、否定するだけの材料があった気がするんだけど……俺なんて言ったっけ」
「正直私もその後の展開が怒濤過ぎて詳細を覚えていない」
やたら切れ味が鋭かったのだけは覚えている。
中々の切れ味だった。
アスターは頭を抱え、俯いた。
「なんて言ったっけ……とにかく、彼が異世界トリップした事で調子に乗った勘違いチート野郎だって事だけ分かったんだけど……」
「お前……」
やはり切れ味がいい。
しかし手洗いうがいと同じくらい、どこから得た知識なのかわかっていないようだ。知識と言うより感覚に近いのか、頭を抱えて唸っている。
「異世界人にとって、異世界トリップって主人公の特権みたいなもので……多分彼は、自分が物語の中に入り込んだと思ったんじゃないかな。言い分が、現実じゃなくてゲームの没入している感じだったし……だからお約束とか王道展開とか、彼の中での世界観に沿って行動していたんだと……思う」
「現実見てねぇ感じはしたから納得だけど、異世界人って皆ああなのか……」
「あれを異世界人共通認識にするのは、多分各所から怒られる」
「どこだよ各所」
言いながら、フィストはアスターを見た。
「お前、やけに詳しいな。記憶喪失の癖に」
「なんでだろう……」
「召喚の儀式ってのは大がかりで、個人ではできない大魔法だ。魔王が現われた時にだけ、その時一番大きい国が行使する世界救済処理だったはずだけど……」
項垂れていた男が顔を上げる。銀髪の隙間から、情けなく下がった眉と紫の目が覗いていた。
「色々詳しくて、異世界人みたいだなぁ、お前」
一般人が知らないはずの知識があったり、誰にも通じなかったリンジの発言を汲み取れたり。
しっくりくるような気がしたが、一度に召喚できる異世界人は一人。リンジの前は、随分昔で年齢が合わない。
あり得ないと知っていたから、フィストは苦笑した。アスターも苦笑で返した。
「俺は勇者じゃなくて、ルミネの父親に……フィストの夫になりたい」
「あ?」
「君の、本当の夫になりた、い゛っ」
勢いよく、アスターは自分の口を抑えて俯いた。
フィストは目を見開き、俯きながら震えるアスターを眺める。
嘘だろマジかよ。
(こいつ、ここで舌を噛みやがった)
なんて悲しいうっかり体質なんだ。
良いところでやらかす事に定評のある男。




