42 その子誰の子
「よく見ろ! 私そっくりだろうが! どっからどう見ても血縁者だろ!」
まさか父親ではなく、母親を疑われるとは思わなかった。
確かに脅威の筋肉で腹は出なかった。フィスト本人もアイアリスの診断でなかったら信じられなかった。あれがなければ妊娠に全く気付かず、王都への帰還途中で出産していただろう。
幸いというか、ルミネはフィストにそっくりだ。茶色い髪に琥珀色の瞳だけでなく、目や鼻の配置もそっくり。アイアリスがデレデレになるくらいそっくりだ。
しかしセーラは目をつり上げて声を張り上げた。
「勇者様はフィストさんに似た女性にご執心でしたわ!」
「知りたくねぇ情報来たな」
流石のフィストも、リンジが口説いた全員を把握して居るわけではない。
しかしヤンデレセーラは把握していた。
どうやらリンジと深い仲になった女性で、フィストに似ている女がいたらしい。
セーラはルミネが、その女が産んだ子供ではないかと疑っているようだ。
「フィストさんがいなくなったあの村で。あなたはあの女に会ったのでしょう。勇者様の子を孕んだ泥棒猫。それを知ったあなたは、わたくしが女の腹を裂いて子を引きずり出す事を警戒して、女を庇ってわたくし達から離れた……フィストさんが頼めば、アイアリスも協力します。あなたはわたくしが手を汚さぬよう遠ざかった……」
自分で浮気相手の腹を裂くって断言する聖女怖すぎるな。
突きつけられた包丁が一切ぶれないのも怖い。
見守る仲間達が止める様子を見せないのも頭が痛い。
リンジは果物を囓っているし、ヴァーシプはそんな彼の為に果物の皮を剥いている。リルスはワクワクした顔で真横から今後の展開を見守っていた。唯一オロオロしているアスターは、一緒に立ち上がって真っ青になっている。
「その後、ここまで逃げて女は出産。問題の泥棒猫は見当たりませんが……恐らくそのまま亡くなったのでしょう。だから村の人達も口を噤み、その子をフィストさんの娘として扱っている……そうでしょうフィストさん」
「イヤイヤ違うぞ。ルミネは私の子だ。架空の母親を作るな。だいたいその場合アスターはどうなる」
アスターこそ架空の父親なのだが、フィストはそうと気付かれないよう努めた。
切羽詰まった言い方になったが、別方向で誤解されているので仕方がない。
「フィストさんとアスターさんが相思相愛の運命に愛されたご夫婦だというのは村の方々から聞きました。確かに旅の間に単独行動もありましたし、ないとは言い切れませんわ。魔王討伐に誰より積極的だったフィストさんですもの。愛より……使命をとったとしても、頷けます。全てを終わらせてから、彼の為に薬草を探す……あなたらしいとも思います」
ちゃんと村人達が埋めた外堀を認知していた。
そして納得したらしい。その為の外堀だったが、納得されたらされたで、腑に落ちないのは何故だろう。
全部こちらが手を加えた訳でない思い込みだからだろうか。
「ですが出産? それは信じられません……出産したのは別人で、フィストさんはその方を庇っているのでしょう。その子は泥棒猫と勇者様の子に違いありません」
「な訳あるか。私の子じゃないのに、アイアリスがあんなにはしゃぐわけないだろ」
「フィストさんにそっくりなら、彼女は喜ぶと思います」
「そんなに単純じゃないだろ」
呆れたフィストだが、アイアリスは単純なので、セーラの妄想通りだとしてもフィストにそっくりなら喜ぶ。もう少し大人しく喜ぶ。
「あのなセーラ。自覚があるみたいだから言うが、私はお前が妊娠って聞いたら、リンジとの子だと誤解して私の腹を掻っ捌くと思って言えなかった。お前が信仰する神様に誓っても良いが、ルミネはリンジの子じゃねぇ」
「まだ言いますか。そんな戯れ言。八ヶ月前に共に魔王を倒したわたくし達に通じると本気で思っているのですか」
「あのぉ、わわ、私もそれが気になっていて……」
ちらちらと、小さく手を上げながらヴァーシプが割り込む。綺麗に切り分けた果物は、全てリンジの前にあった。
「フィストさんにお、御子ができたと聞いたとき、まま、まだ生まれていないか、生まれたてかと思っていたんです。でしゅが、お子さんはこんな、こんなに大きくて……どう計算しても、魔王と戦っていたとき、フィストさんが臨月だった事に……なるのは……流石におかしい、かと……」
ルミネは生後八ヶ月。セーラの言い分は当たっている。
そして魔王討伐から八ヶ月。それも間違いない。
つまり、全然妊婦らしくなかったフィストが妊婦で、臨月の妊婦が魔王と戦っていたという事に――そんなの、一緒に戦った仲間が信じられるわけがない。
当然だ。当人ですら信じられなかった。
成長具合を見て、フィストの子ではないと判断されても、仕方がなかったかもしれない。
これはフィストも悪かった。いや、悪かったのか?
フィストはゆっくり深呼吸をして……頭を抱えて項垂れた。
(一緒に戦っていたからこそ、あれが妊婦だったとか認められねぇよなぁ!)
わかる。
未だに、どんだけ丈夫な身体をしているのだと問いたい。
(まあ、父親がアイツだったから、強い子なんだろうけど……そんな事言えるわけがねぇ!)
アイアリスは何も言わなかったが、フィストもなんとなくわかっていた。
命を懸けた戦いをしながら、ルミネが五体満足で健康に生まれた理由。
病魔が村を襲っても一番弱い赤ん坊が一番元気だった理由。
しかしそれこそ、ルミネが討伐対象になってしまう秘密だ。言えるわけがない。
「あ、あの!」
項垂れるフィストの肩を、背後からアスターが抱き寄せた。
「ルミネは、俺とフィストの子です。間違いありません」
その声は、確かな重量を持って発せられた。
「別の誰かが産んだ勇者の子でも、フィストが産んだ勇者の子でもない。俺と、フィストの子です。愛する妻が産んだ、俺の子です」
相手を納得させる為、言い聞かせる声音。
事実を主張する、否定を許さない重さ。
真っ直ぐセーラを見て言い切ったアスターに、力強く抱き寄せる手に、フィストは思わず彼を見上げた。
真っ赤だった。
(おっっまえ……)
呆れて、力が抜けた。
照れる癖に、しっかりフィストの肩を抱く手に迷いはない。
戦えない癖に、その腕はやけに頼もしかった。
思わず、安堵してしまうほど。
「はぁ?」
アスターの発言にリンジがはじめて反応したのだが、誰も気付かなかった。
誰もがアスターに注目していたから。
言い切ったアスターを、セーラがじっと見上げる。
突きつけた刃物は変わらない。けれど、視線はフィストからアスターへと変わっていた。
「――愛する妻との子だと、そう言うのですね」
「そうです」
「あなたも神に誓えますか。勇者様ではなく自分の子だと、愛していると誓えますか」
「愛している」
即答だった。
フィストが止める間もなく、アスターは断言した。
「俺は心から、二人とも愛しています」
しっかりとフィストを。フィストが抱くルミネごと抱き寄せて、断言した。
――流石のフィストも、赤面した。
ヴァーシプとリルスの黄色い歓声が響く。高い声に、ルミネも一緒になって笑い声を上げた。
赤子の笑い声を聞きながら、セーラの手がゆっくり下がる。
「そうですの……そうでしたか……」
真っ暗な目に光が差す。
羨むように緑が揺れて……しかしすぐ、また刃物が持ち上げられた。
「いえ。感情論ではありませんわ。状況的に見てルミネちゃんの出生が謎に満ちているのであって――」
「ルミネは魔王と戦っている時から胎に居た」
「信じられませんわ!」
「嘘みたいなマジな話だ」
「ですがフィストさんはお腹が――」
「腹筋で、妊婦だけど腹が出ていなかっただけだ」
沈黙が落ちた。
キャッキャと歓声を上げていた二人の声も止む。リンジですらきょとんと瞬きをした。
全員の視線がフィストの腹に集中し、抱かれたルミネを見た。
「ふ、腹筋?」
とセーラ。
「腹筋でお腹出なかったの?」
とリンジ。
「ふっき、腹筋があったから、妊娠に、気付かれず?」
とヴァーシプ。
「魔王との戦いも、腹筋で乗り切ったのぉ……?」
とリルス。
全ての問いかけに、フィストは深々と頷いた。
「私が腹筋を鍛えすぎた結果、そうなった」
「そうなるものなの!?」
一番声を上げたのは、フィストの妊娠期を知らなかったアスターだった。
全部腹筋が、腹筋が悪いんだ!!




