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4 辺鄙な村での生活


「んぶーっ」

「あいたたた」


 ――逃走してから六ヶ月。

 フィストは生後六ヶ月の我が子と共に、山奥にある村に隠れ住んでいた。


(マジで臨月だった……)


 産婆も半信半疑になる程に妊婦らしくなかったが、本当に臨月を迎えた妊婦だった。


 証拠とばかりに産まれたのは、母親によく似た可愛い娘。

 ぱやぱや生えた茶色い髪に、まんまるい琥珀の目。母親によく似たわかりやすい面影に、フィストは人知れず安堵した。父親に似ていたらどうしようかと思った。


 そんな赤ん坊の名前はルミネ。

 母親似で産まれてきてくれた、親想いの良い子である。


「あばーっ」

「いててててっ」


 たとえ母親を引っ掻くのが大好きだとしても、可愛い良い子なのである。


「あー! ルミネ、めーよ!」

「またルミネがフィストさんひっかいてる~」


 ちょこちょこ近付いてきたのは、この村の子供達。

 山奥にある村は村人の少ない小さな村で、両手で数えるくらいしか子供がいない。

 そんな彼らにとって赤ん坊は大変珍しい生き物で、フィストが赤ん坊を抱いて現われれば興味津々にすぐ近寄ってきた。


 抱っこ紐で赤子を胸の前で固定し、荷物を背負ったフィストの足元に、わらわらと子供達が集まってくる。


「フィストさんお仕事? あそぼ!」

「ルミネ抱っこしたい! かけっこしよ!」

「おやつちょーだい! あ、おしっこぉー!」

「子供って矛盾でできてるなぁ」


 言うことやること二転三転が当たり前で、フィストは思わず感心した。


 とにかく噂の届かぬ場所へ逃げねばと、山奥へ突っ込んだフィスト。

 その先で村を見付けたのは僥倖だった。

 人里から離れた集落地は他所者に厳しいのが通例だが、幸いなことにフィストはすぐ村に馴染んだ。到着してすぐ産気付いてそれどころじゃなかったのもあるが、出産してすぐ現われた魔物を容赦なく蹴り倒した影響が強い。


 魔物とは、魔の力を持つ変異した動物の総称だ。

 ついでに言えば魔族は魔から生まれた人族。根源は知らないが、人間の倍以上を生きる種族だ。

 そして彼らを統べるのが魔王。

 魔王の存在は魔を活性化させ、魔族や魔物の凶暴性を強化すると言われている。実際、魔王が歴史に登場する度、スタンピードや魔族による残虐な事件が多発するようになる。


 その昔。何故こんな酷い事をするのだと人間が訴えれば、魔族はこう答えたという。


『魔王様がお喜びになるから』


 つまり歴代の魔王が、争いを求めていたと言う事だ。


 現在、その魔王が討伐されて、魔の力は魔王の居なかった頃に戻っている。つまり減少していた。

 なので、産後のフィスト一人でも簡単に倒せた。二発だった。


 出産二時間後の母親が魔物を蹴り倒したものだから村人達は宇宙を背負ったが、村の危機を救った武人として一目置かれる流れとなった。

 よって、現在のフィストは時々現われる魔物を倒しては皮と肉を村に卸している。


「今日はお仕事じゃないよ。買い物。ルミネのミルク買いに来たんだよ」

「ルミネまだミルクなの?」

「そろそろご飯だろうってかーちゃん言ってたぞ」

「フィストさんルミネにご飯作ってあげないのー?」

「子供って意外と大人の話、聞いているよな……」


 わらわら足元を歩き回る子供達の頭を撫でながら、フィストはちょっと遠い目をした。フィストの服に爪を立てていたルミネが、あぶっとご機嫌に声を上げる。

 脅威の生命力で魔王戦を生き抜いた腹の子、ルミネは健やかに成長し、首もすっかり据わっている。ハイハイはまだできないが寝返りを覚え、元気にコロコロと転がるようになった。

 そんなルミネの食事情。そろそろ離乳食とは、世話になっている村の先輩ママ達から聞いて知っている。知っているが。


(まともな飯が、作れない……!)


 盲点だった。


 今の今まで自身を鍛えることしかせず、料理も作って野営食。焚き火を利用する大味料理ばかり作ってきたので、竈を使った繊細な火加減がわからない。

 そんなフィストの作る家庭料理は、焦がすか生焼けの二択。茹でて潰すのも、すりおろすのも、何故か焦げたり流血したりする。


(こんな状態で、離乳食が作れるわけがない……! 私は母親失格だ……!)


 先輩ママ達の助けがあってなんとか勉強中だが、まだまだ我が子に喰わせるに至らない未熟さである。

 妊娠期間に準備できればよかったのだが、フィストは出産間近まで妊娠に気付いていなかった。準備ができるわけもなく、出産してから子育ての勉強をする事になっていた。


 そりゃもう大変だった。

 おしめも産着も用意していなかったので、村の女達が助けてくれなかったらルミネは裸族になっていた。赤ん坊だからってあんまりだ。度重なる排泄で洗濯が追いつかず裸族になる時もあるが、できるだけ服を着せてやりたい。


「フィストさーん!」

「ルミネうんちしてるー」

「えっ」


 着せていてやりたいが、洗濯よりも汚す方が速い。

 フィストは子供達に持っていた品物を託し、川へと走った。




「あー……私の上着も汚れてんなぁ」


 抱っこしていたので仕方がないが、腹や腕のあたりが汚れてしまっている。ルミネの布おむつを洗濯する傍ら、自分の上着も一緒に洗う。


 ちなみに寝返りをマスターしたルミネはどこまでも転がってしまうので、蔓で編んだ籠に寝かせていた。これは借り物で、ルミネ専用ではない。村の子供達は必ずこの籠の世話になっている。ルミネくらいの年代ならば、一人で出入りできない籠だ。

 それでも目を離すのは怖いので、時間をかけていられない。人目もないので薄着も気にせず洗濯を続けた。


(まあ、暑いしすぐ乾くだろ。というか、乾いてくれないと困る。家に無事な布ってどれくらいあったっけ……)


 布は貴重なので、購入するのも手間だし高額だ。

 幸い、フィストの狩りによって村に収入が入っているらしく、フィストも収入面では困っていない。しかし、買い物の為に村から出ることもできない。


 人の噂話も届かぬへんぴな村は、山奥にある。

 わざわざ人目を避けて村に来たのに、村を降りて人の多い場所へ向かうのはまだまだリスクが高かった。


(あれから六ヶ月。まだ私は有名人だろ)


 魔王討伐のメンバーは伊達じゃないし、あれだけ醜聞をまき散らしながら進んだの。人の記憶に強く残っている自信がある。

 哀しいが、いろんな意味で目立っていた。


(少なくとも三年は引きこもらねぇと)


 その頃には別の話題で噂は廃れるだろう。


「――よし、汚れ薄くなったな」


 完全に取り除くことはできなかったが、水の勢いでなんとか洗い流せた気がする。

 村の近くにある川は上流の澄んだ水だが勢いがあった。もう少し下ったあたりで流れは緩やかになり、夏場になると子供達の遊び場になっている。


(本当は、洗濯もそっちの下流が良いんだろうけどこっちのが近かったからな……このあたりは流れが速くて危ないし、溺れたらどこまでも流されそうだから気を付けねぇと)


 そう、更に上流はもっと流れが速いし――――……。

 なんとなく視線を上流に向けたフィストは、水しぶきを上げるそれに気付いて目を丸くした。


 人が、どんぶらこと流されて来た。


「嘘だろ!?」




どんぶらこで流れてくる人。

桃ではなく、人そのもの。

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