34 皆辻褄合わせが上手すぎる
衝動で大騒ぎしそうになったが、聞いた内容を整理して、アスターは目を白黒させた。
(つまりジョーイは、ネクさんの息子……!?)
という事になる、はずだ。
言われてみれば似ているが、叔父と甥の関係と思っていた二人だ。似ている違和感もなかったし、ジョーイはスートとウッド夫婦の元でエンの兄として、立派に生活していた。妹のエンも、ジョーイによく懐いている。
(……いや、年齢的に、エンはジョーイが本当の兄でないと知らない……?)
魔物が村を襲ったのが、エンが産まれてすぐの事なら、その可能性は高い。
けれどジョーイは。
「なんで……この話を俺に?」
ジョーイがどこまでわかっているのか。フィストはどこまで知っているのか。どこまで話を深掘りすべきかと悩んだのは一瞬で、アスターはネクに話の真意を問いかけた。
だってアスターとネクは、こんな重大なやりとりをするほど密接な関係ではない。
なんなら友達ですらない。
それなのに、ここまで語っている真意はなんだ。
問われたネクは、じっと黙り込んで……意を決したように、口を開いた。
「お前は、誰も知らない病魔への予防策を知っていた」
「村の人達が知らなかっただけで、全く知られていないわけでは……」
「だから、瘴気を予防する手段……瘴気を消し去る手段を知らないか聞きたい」
瘴気への耐性を得る為に、魔物の肉を喰らえば良いというのは、昔から村で言い伝えられている伝承だ。
肉を喰らえば力が付く。そう言う意味で伝えられていると、ネクは解釈していた。
「もし、伝承が正しいなら、対策にはなる。だがお前は、病人には消化のよいものがいい、と言っただろう。なら、瘴気に対しても実は意味がないのではと思った」
意味があると思っての行動も、実際にはなんの効果もない事がある。
伝統は重んじて守るべき文化だ。しかし伝統を重んじて、命を蔑ろにするのは違う。
「教えてくれ。病魔への対策が清潔なら、瘴気への対処法は、何がある」
どうすれば、妻は助かったのか。
そう訴えられたアスターは、小さく息を呑んだ。
魔王が討伐された現在、魔族も魔物も大人しくなってきている。しかし存在がなくなったわけでも、生存競争がなくなった訳でもない。
魔物の瘴気は、戦闘では死活問題だ。彼らの持つ瘴気……呪いを無効化する為に、戦闘では僧侶や聖女、聖人の能力が必要になる。
魔王討伐パーティに後方支援が多いのは、そういった事情からだ。
しかし彼らの数は少なくて、世界中どこにでもいるわけではない。
特にこんな山奥に、在住してくれる存在ではないから……他できる事はないかと、ネクはアスターに問いかけた。
病魔の予防を知っていたから、瘴気の予防も知らないかと、期待を込めて。
問われたアスターは、最初何と答えたらいいかわからなかった。応えるべき知識が思い浮かばなかった。
けれどゆっくり呼吸をして、知識を浚って……その存在が過った。
「……幻の、薬草」
この周辺で採れる、滅多に出会わない薬草。
「幻の薬草は、瘴気にも効く」
「なんだと。あの薬草が?」
「その、はずだ」
言いながら、アスターは口ごもった。
知識としてあるのに、確信が持てなかったからだ。
瘴気に効く薬草として知識があるのに、手洗いうがいを勧めるより確信が持てなかった。
今、もの凄く、情報の裏をとりたい。
手洗いうがいでは全くそんな気持ちにならなかったのに、情報源が知りたくて仕方がない。何故だ。知っているのに確信が、自信が持てない。
どういう違いだ。記憶喪失だから何もわからない。
冷や汗を流すアスターを呆然とみたネクは、悔しげに苦笑を零した。
「そうか。見付かっていれば、アイツは助かっていたのか……」
「探して?」
「ああ。幻と呼ばれるだけの薬草だ。俺も可能性として考えた。だけど、そんな幻に縋る暇も惜しいと、見付かるまで探したりしなかった……それが、フィストと俺の違いだったのだろうな」
仏頂面が多いネクの顔に諦めに近い笑みが浮かぶ。
「フィストは、見付けるまで探したのだろう……助けたくて、産後にも関わらず」
探し回っても見付からないと諦めたネク。
見付かったけれど、間に合わなかったと手放したフィスト。
伴侶の死を受け入れられず、子供から遠ざかった父親。
伴侶と死に別れても挫けず、我が子を大事に育てている母親。
似ているようで違う二人。
ネクは、自分にできなかった事をしているフィストを見ていた。
「しかし、必要な薬草がそれなら、予防も治療もやはり難しいな」
「手洗いうがいと比べたら確実に難しいな」
「対処法を知っていたという事は、やはりお前は聖人か」
納得したように呟かれ、アスターは慌てて否定した。
「い、いや。多分違う……と思う」
「病魔や瘴気にそこまで詳しいのなら、聖人だろう。そうでないと言うならなにが……ああ、そうか」
不思議そうにしていたネクだが、情報を整理したのか、納得したように頷く。
「かつてお前を蝕んでいたのは、瘴気か」
「えっ」
フィストが死別したと思っていた伴侶を見て、改めてネクは頷いた。
「成る程。幻の薬草で助かったのだったな。皮肉な事に、お前を追い詰めた症状に対する知識が今役立っているのか……世の中、何が起きるか分からない物だ」
本当に何が起きているのかわからない。
うっかり黙ったアスターは、否定するタイミングを逃した。
「正直、そんな都合よくフィストの伴侶が助かるのか疑問だったが……聖人でないなら、全部体験した事なのだろう。瘴気と病魔の症状はよく似ていて、治療法も似ているからな。効果がある治療を覚えていたから、今回も迷わず行動できた。そう考えればしっくりくる」
大変だったなと、同情された。
アスターは否定できず、乾いた笑いを零した。
――今までちょっと疑っていたらしいネクすら、噂の片鱗をつなぎ合わせて納得してしまった。
違うんですと弁明したいができない。
(記憶喪失の話をしたら、この噂も破綻……するか? しないかもしれない。ここの村人達は辻褄を合わせるのが上手すぎて、こっちが何を言っても話をつなぎ合わせて納得してしまいそうだ)
破綻しないかもしれないが、アスターは黙る事にした。
「一応言っておくが、俺は彼女に憧れているが恋慕はしていない」
「んんっ!?」
大真面目に宣言されて、アスターはうっかり寄りかかっていた柵から滑り落ちて尻餅をついた。
「伴侶を失って、俺は息子から逃げた。一人で育てる覚悟もできず、妹に全部押しつけて……そんな俺にとって、一人で奮闘するフィストの姿は眩しかった。その精神の強さに憧れて、力になりたいと思っていたが……自分より、息子を気にしろと叱られた」
それはそうだ。
「彼女は逞しいな。俺は父親失格だが、生きているんだからまだなんとかなると笑うんだ。そんな彼女だから、伴侶のお前が生きていて本当によかったと思う」
そう語るネクの表情に嘘はなく、本当に恋慕している訳ではないようだ。
そしてそんな話を聞かせるという事は、二人が話す度にソワソワしているアスターに気付かれていたという事で。
「……年配の人達は、片親の俺達をくっつけて子供を育てるのが良いと思っていたらしいが、お互いその気はない。安心してくれ」
「なんか色々バレている……!」
「不甲斐ない夫なら色々考えたが、それは俺が妻を幸せにできなかった罪滅ぼしみたいなものだ。気にするな」
「値踏みはやっぱりされていたんだな!」
「それはそうだ。憧れの人の夫だからな」
そう言って、ネクは小さく笑った。
少し気の抜けた微笑みに、アスターも肩から力が抜ける。
「伴侶を失う絶望は、自分の身体が削がれるくらい辛いものだ……あの人に、そんな絶望は、与えてくれるな」
「……うん。ありがとう」
アスターの手から椀を抜き取ったネクが、洗い物をしている女達に近付いていく。
大きな背中を見送りながら、アスターはゆっくり立ち上がった。
『伴侶を失う絶望』
――それは、まだフィストが抱えているであろう、傷だった。
年配の方々はフィストとネクが片親同士なので丁度いい! くっつけば良い! と思っていた模様。
そこにアスターが現われて残念がったが、ただの野次馬。




