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26 隣の席は一つじゃない


 フィスト達が滞在する山の麓にある村。その村の、人通りのある道を白い少女が歩いていた。


 迷いのない足取りで進む少女は、人の間を縫うように歩く。不思議な事に、人々は目立つ少女を注視する事なく、まるで少女など存在しないかのようにぶつかりそうになっても無反応だった。


「結局一人旅かー寂しいのー悲しいのー」


 てってく歩く白い少女、アイアリス。

 彼女は目立つ自分を見えなくして、目撃されない強みを最大に活かして逃亡中だった。追っ手がいるのもわかっているが、追いかけられる理由がわかっているので対処も容易い。魔族はアイアリスが余計な事をしなければ、暴れたりしない。そう、余計な事をしなければ。


「んーんーんー……三年とは言ったが一年でもええかの……人間ってあっという間に大きくなるし……ひ孫の成長、超見たい。ほぼフィストの生き写しじゃし、ちみったい頃のフィストだと思って愛でたい……」


 未練たらたらで歩を進めるアイアリス。

 その独り言は、道行く人達にちょっとしたホラー体験をさせていた。


 何故ならアイアリスの姿は見えなくなっているが、そこにいる。見えないだけで、声は普通に聞こえるのだ。つまり誰もいないのに、声だけが聞こえる状態。

 姿は見えないのに、少女の声が通り過ぎていく。声が聞こえた人達は、周囲を見渡して震え上がっていた。


「どんな風に成長するかの~楽しみじゃ。魔王との戦いでも生き延びた娘じゃから、確実に強い子に育つぞぉ! フィストと同じ格闘家になるのも見たいが、勉強すれば魔法使いにもなれるくらいの魔力があったから、儂の弟子にするのもいいかもしれん」


 言ってみて、それもありだなとアイアリスは嬉しくなった。

 幼い内は母親と一緒に過ごしたいだろうから、ソレはいい。ある程度成長したら、アイアリスと一緒に修行の旅に出るのがいい。そうに違いない。


 だって、ルミネはアイアリスと同じ半分魔族。

 父親を魔族に持つ、半魔族だから。


(腹にいた頃から疑ってはいたが、産まれたら間違いようがない。あれは儂と同じじゃ)


 アイアリスは確信していた。きっと、魔族ならば皆気付く。


(フィストの身体は呆れるほど強かったが、筋肉は鍛えられても内臓は鍛えられん。筋肉で腹が出なかったのはフィストの鍛錬の成果じゃが、魔王との戦いで生き延びたのは、胎児が自らの魔力で身を守ったからじゃ)


 フィストの腹筋は見事だが、その衝撃は確実に内臓に響いたはずだ。魔王に腹を殴られて、何事もなく生まれてくる赤子が普通なわけがない。

 現在のルミネの魔力は、身を守る膜のように広がっている。出産前に、胎児の状態でそれができたのだ。きっと病気一つせず、健康体ですくすく育つだろう。

 身体が育ち、身を守る必要がなくなれば、余分な魔力は体内に戻る。自我が芽生えた頃に、ルミネは自分が他と違うと気付くだろう。


 それが最短で三年。長くて五年だ。


「んーっ! 楽しみじゃ!」


 追われているというのに、アイアリスはルンルンスキップで麓の村を通り過ぎた。そのまま街道を進み、適当な場所で野宿予定だ。モグラのように穴を掘って寝ようと思う。


(他と違うと気付いても、ルミネにはフィストがおる。父親を――魔族を愛して、儂の存在を知っているフィストがおる。万が一、父親が正体を隠していたならびっくり仰天するかもしれんが……頑なに父親の存在を明かさぬのは、知っておるからじゃろ)


 知っているから、連れて来られない。

 フィストが恋人ですと魔族を連れてくれば、勇者達と戦闘は避けられない。目が合った瞬間に戦闘(バトル)開始だ。


 ――それにもしかしたら、旅の途中で戦った相手かもしれない。


(反応から、残党にはおらんな。おったらもっとこう、残党と聞いて反応するじゃろ。被害しか気にしとらんかった。だから違うじゃろ、多分。ならば五智将の誰かか? それとも……)


 魔力の質を探ろうとして、やめた。

 誰であれ、戦った相手だった場合、もういない。

 全て勇者達と一緒に、討伐している。魔族の幹部達は、誰一人討漏らしていない。


(フィストは自分の愛よりも、魔族を討つ事を選んだと言うことじゃ……それでも宿った命を慈しみ、愛しておる。父親が誰かは、もう追求せん方がいい)


 もの凄く気になるが、どう足掻いても悲劇の予感しかしない。


 それに万が一、愛した男の正体を知らなかったとすれば、悪夢である。


 何故ならフィストは故郷を滅ぼされた復讐で魔王討伐の旅に出た女だ。魔族に対しての憎悪は、あのパーティ内でひと際目立っていた。半分魔族のアイアリスを受け入れてくれたのは、アイアリスが魔族に迫害されていたからだろう。

 魔族への身に余る怒りと憎悪があったから、フィストはあんな爛れたパーティでも引っ張り続けた。

 それなのに、愛した男が実は魔族だったと知れば……。


 アイアリスは立ち止まった。

 周囲には人一人いない。長閑な田舎の街道ど真ん中。姿を消したまま、影もない状態で足跡だけ残る地面を見下ろした。


「――それでも愛してくれるか、フィスト」


 アイアリスは、幸せなフィストとルミネが見たい。

 アイアリスを受け入れたフィストが、半魔族(ルミネ)を愛し慈しむ姿が、見たい。


 絶対苦しむとわかっている。もし、正体を知っているなら、今も二律背反に苦しんでいるかもしれない。

 それでも、アイアリスは願ってしまう。


「愛してくれフィスト。歪な形で世界に生まれた、儂らを」


 いっそ、憎しみが風化するくらい、我が子に夢中になってくれ。

 元から世話焼きで甘い女だ。赤子の世話をしている間は、赤子の事しか考えられないに違いない。魔族への憎しみなど、抱いている暇がないくらい。

 そのまま夢中になって、そして、父親の席を別の人間で埋めてしまえ。


「いないなら、別の奴をそのまま、そこに置いてもいいじゃろ」


 丁度いい男が傍にいて本当によかったと、アイアリスはにっこり笑った。

 一人で育てるのは難しい。助けは多い方がいい。そこに愛があるならもっといい。


(素性はわからんが、なんかもうとっくの昔にフィストに落ちとったしなんとかなるじゃろ。赤子に夢中なフィストが放っておけぬくらいのうっかり者のようだし。フィストも目が離せんわ)


 アイアリスとしては、フィストには頼り甲斐のある大人の男と一緒になって欲しかった。苦労しているから、フィストを守れる強い男が理想だ。勇者は強いが、強いだけで頼り甲斐はないので却下。

 記憶喪失だという美貌の男は、明らかにフィストより弱い。腕力も体力もフィストに負けるに違いない。

 しかし、フィストができない事ができる。その点に関してはとても頼り甲斐があった。


 ちなみにアイアリスは今日まで、フィストの家事が壊滅的なのを知らなかった。旅ではテキパキ野営準備をしていたので、家政もできると思い込んでいた。まさか掃除洗濯が苦手なんて、とんでもないギャップ萌だった。


 そう、あの男はフィストの不足を補える。更にルミネに対しても丁寧で、裏切り者のアイアリスにも怯えていたが嫌悪はなかった。フィストの尻に敷かれている感じだったが、言いなりという訳でもない。フィストの近い場所にいる、丁度いい男。


(父親代理も、そのまま父親の座に納まってしまえば良い)


 そうすれば、ポジションのない男など考える暇もない。フィストの思い出の染みになるのは仕方がないが、代理でも偽でも旦那がいるのだ。フィストが事実を知って動揺しても、あの男なら支えようとするはずだ。代理でも偽でも、すっかりフィストに陥落していたから。

 いつか、きっと本物になる。


 本当に、フィストは罪深い。


「はーぁ、あの記憶喪失男がルミネの父親なら、悩む事もなかったんじゃがのー」


 記憶喪失から二度目の恋など、ロマンしかない。

 だが、それだけはない。


 何故ならアスターは、間違いなく人間だから。

 ルミネの父親は魔族だから、アスターだけは確実に、ルミネの父親ではないのだ。


「残念じゃ」


 アイアリスは唇を尖らせて、乾いた地面を蹴った。



シークレットベビー企画参加作品(期間中に完結ならず)ですが、今一番のシークレットはルミネの父親という企画違いが疑われる作品がこちら。

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― 新着の感想 ―
ハァーーーー 私はもう一個説建てたいよ… アイアリス男体化説笑
めっ、おばーちゃん、しーっ! アスターがうっかりならアイアリスはうかつ。ハラハラしちゃいます。 でもそれもチャームポイントだから憎めないですね。
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