24 言うまでもなかった
アイアリス曰く、少しでも希望を持たせなければ勝機はあるという。
「そもそも浮気。不倫はダメだという倫理はある奴じゃ。不思議な事だが最低限人様のモノをとってはならんと言う認識はある。それなのに子持ちのフィストを狙うのじゃから、ワンチャンあると思っとるのじゃろ。だから横恋慕は馬に蹴られるくらいイチャイチャラブラブな夫婦になって勇者へ介入の余地なしと愛を見せつけるのじゃ!」
「とんだ羞恥プレイが始まっちまったな」
フィストは真っ赤になって動揺するアスターを隣に座らせて、元気なルミネを膝に乗せた。アイアリスはどうやら、父親作戦で仲間達を誤魔化す案に協力的らしく、信憑性を上げる為に必要だとノリノリだ。
きゃっきゃとご機嫌なルミネを抱きながら、呆れた顔でそんなアイアリスを見る。ちなみにルミネは新品の音の鳴る玩具に夢中だ。突撃してきたアイアリスが掲げた紙袋の中身は全て玩具だったので、まだまだある。
これを買っていて、秘密がバレたんだよな……とジト目でアイアリスを見たが、アイアリスには笑顔で首を振られた。バレた後に開き直って買った玩具類らしい。フィストは無言でゲンコツを与えた。
「言いたい事はわかるけどなんだイチャイチャラブラブ夫婦って。馬に蹴られるレベルなんて見た事ねぇよ。所構わずちゅーすりゃいいのか?」
「な、そ、ばっ」
「お前さんの方が照れるんかーい」
白い頭にたんこぶをこさえながら、アイアリスが白い目をアスターに向ける。アイアリスの衝撃発言からずっと、目を回しているのはアスターだけだ。
フィストはため息を吐いてルミネの頬を捏ねながら考えてみる。やわやわだ。
「あー……? イチャイチャする事によって、熱烈新婚夫婦的空気は見せつけられる、のか……? それなら挑戦してみれば良いか、も?」
「え、これ以上!?」
「ほう?」
アスターの叫びに、アイアリスが反応した。
青い目がギラッと光って不穏に据わる。
「これ以上? つまり既に、それなりにラブラブ夫婦だと? 普段何しとるんじゃ。何されとるんじゃ。言ってみい。このばあばに言ってみい。ほれほれ。ほれほれほれ」
「やめろ絡むな」
真顔でツンツン、ツンツンとアスターの頬をつつくアイアリス。勢いが強いのか、つつかれた箇所が赤くなっている。
協力的だが、アスターに対するあたりがとても強い。そんなアイアリス。
それにしても、よくこの彫刻みたいな顔に手が出せるものだ。
そう思ったが、アスターが常に情けない顔をしているので、彫刻めいた美貌というより小型犬気分の大型犬にしか見えないのかもしれない。初対面の影響から、しっかりアイアリスに怯えているし。
フィストには、相変わらず小型犬が大型犬に吠えているように見えていた。
「アスターが大袈裟なだけだろ。確かに夫婦装っちゃいるが、過激な事なんかしてないぞ」
「うーむ、フィストが言うならこやつが大袈裟な反応しとるだけか? まあ、男というモノはちょっとでも気になる相手が肩に触れただけで自分に惚れとると勘違いする生き物じゃし……」
「……おう?」
(肩に触れただけで勘違い……?)
そう言われて、ここ最近の行動を振り返る。
同じ部屋で起きて、ルミネの世話をしながら朝食。家を出る前に抱擁。見回りをするフィスト。授乳に戻ればただいまの抱擁。家を出る時も抱擁。帰ってからも抱擁。ルミネの世話をしながら一日を振り返り、同じ部屋で就寝。アスターが気付いているか知らないが、うっかり同じベッドで寝ているときもあった。人恋しいのか、寝ながら抱擁もしている。
肩に触れるどころか、しょっちゅう全身で触れ合っている。
(肩で勘違いなら、抱擁はどうなるんだ? でも夫婦らしくみせる為って話し合った結果だし……?)
お互い納得しての接触だったが、実は違ったのだろうか。
フィストは首を傾げてアスターを見た。
アスターはそっと目を逸らした。
アイアリスは双方を二度見して、フィストに向かい合った。
「お前さん、普段こいつに何しとるんじゃ?」
「何って……夫婦の挨拶?」
「それって子供に見せたらいかん奴か?」
「子供に見せられないような事はしていない!」
アスターが必死に否定する。何故か必死だが、本当に子供に見せられないような事はしていない。
なにせ、フィストが子供の頃に両親が毎日していた事だ。
真似をしているだけで、フィストにやましい気持ちはなかった。なんならルミネが起きているときは、ルミネごと抱擁する。
だからその動きは、フィストにとって自然なモノだった。
隣で慌てるアスターの背中に腕を回し、肩を組む。そのままフィストの方に引き寄せて、ルミネを片手で抱き上げアスター側へ寄せた。子供の柔らかな熱と、男性的な硬さが腕に伝わる。
慈しむように二人纏めて、ぎゅっと抱きしめた。
首を倒せばアスターの銀髪が、フィストの茶髪にくしゃりと混ざる。ルミネが歓声を上げて、アスターの胸元をドンドン叩いた。その振動が、フィストの耳朶を打つ。
フィストは対面に座るアイアリスを振り返った。
「毎日こんな感じだ」
「儂がテコ入れするまでもなかったわ。毎日それなら新婚レベルじゃ」
「普通だろ!?」
「いいや、イチャラブ熱烈新婚夫婦じゃ!」
普通と言われるとばかり思っていたのに否定され、フィストは大きな声が出るほど驚いた。アイアリスも対抗するように声が大きくなる。
断言するアイアリスを振り返っていたフィストは、アスターを見ていなかった。
だから彫刻のような美貌の男が、とても人間らしく赤面していた事に気付かなかった。
ルミネが元気にアスターの胸元をドンドコ叩いていたのが、太鼓のように鳴り響く彼の鼓動が面白かったからという事も、全く気付いていなかった。
鈍くない、とは?
いいえ鈍くないんです。常識と思っていただけで。つまり、そこを修正されると……?
おや? おやおや?




