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23 逃げも隠れもするべきだ


「それは、国と魔族から生涯逃げ続ける選択だな?」


 起き上がったフィストは、不可解そうにアイアリスを見た。


「儂、逃げ隠れするのは大得意じゃぞ。元から魔族にも味方がおらんかったから、見付からんように隠れ棲んどったし」


 アイアリスは魔族だが、半分は人。人を嫌う魔族に受け入れられず、人の中にも入れず、一人で長い間生活していた。


「国からの追っ手は国外に出られればなんとかなる。ルミネが大きくなるまで国外におれば、国も諦めるじゃろ。魔族もな、儂がこの国からいなくなればまず追って来ぬと思うし」

「そりゃなんで?」

「奴らが儂を狙う理由は、儂が国に、魔族の情報を流す事を、警戒しとるからじゃ」


 つまりアイアリスが人の国で、人と過ごす事で、魔族の情報を分析される事を警戒しているという。


「儂がこの国を離れて隠れ棲めば、追っ手も現われんじゃろ。余計な事をしなければ静かなモノじゃ。これからもそうだと思っておったのじゃが……」

「今更じゃねぇか? 魔王が倒されてから六ヶ月以上経っているんだぞ? お前達がいつ頃王都に辿り着いたか知らないが、アイアリスが色々喋るには充分な時間はあったろ」

「まー、儂は裏切り者じゃから、見逃すのが褒賞みたいなモノじゃったし。身の安全の為に魔族研究に手を貸して欲しいとも言われたが、のらりくらりしとったよ? 裏切ったから身の安全が一番じゃし? 魔族の残党も、我が身可愛さに儂がさっさと身を潜めると思っておったようじゃが、ちーっと長居しすぎたな。色々喋ったのではと警戒度上げての、これじゃろ」

「そんなのむこうがわかるわけがねえ。話していない証明なんて、できんのか? したと思われてるなら、どこに逃げても追ってくるだろ」

「時間が稼げればそれで勝算ありじゃ。何事もなければ魔族も儂が漏らしてないのがわかるわい。魔族は魔王がいなければ、そこまで執着せんし」


 つまり、逃げ切る自信があるという。


「だから儂は、フィスト達と一緒に国外逃亡を企てとったのじゃが……」


 言いながら、アイアリスはアスターを見た。


「父親役とか言うとったか? まさかフィストが、ヤンデレ聖女を迎え撃つ為の布石を打っとったとは……」

「シンプルで一番確実だろうが」

「シンプルだから意味わからんわ! いっぱい説明しろ! なんじゃこの男ォー!」


 プンスコ怒って手足をばたつかせるアイアリス。離れたベビーベッドで、ルミネが同じように手足をばたつかせた。


「ばびゃー!」

「その話、ルミネに飯あげてからでいいか?」

「俺がやるよ」


 さっと立ち上がったアスターが離乳食を用意しに行く。その背中を見送って、フィストはアイアリスを見た。アイアリスは説明を求めて、フィストをじとっと見上げていた。


「信用して田舎に逃がした孫娘が、知らぬ男と一つ屋根の下でやましい事をしていたと知った、儂の衝撃よ」

「孫じゃねぇしやましい事もねぇわ」


 フィストは説明に迷い、とりあえず、わかりやすく一言だけ告げた。


「記憶喪失を拾ったからルミネの父親になって貰った」

「なにがあった?」


 全然わかりやすくなかった。


 それからフィストは、できるだけ丁寧にアスターと出会った頃からあった事を話し出した。

 時系列順に端的に語るフィストの言葉を聞き終えて、アイアリスはあわわと口元を抑えた。


「無関係の村人からヤンデレ対策の外堀が埋められとるぅ……」

「おう……」


 こちらが何かする前に、村の人達の噂でアスターが父親に仕立て上げられた衝撃は、まだ抜けていない。


「完全に、周りからお膳立てされとるではないか……自発的に証拠になってくれるとか親切すぎんか? これはヤンデレ聖女も納得するじゃろ」

「アイアリスもそう思うか?」

「まず確実に、本人に話を聞くより先に、周囲に話を聞くじゃろ。で、こういうのは偽れば偽るほどボロが出る。村人に訝しむ奴がおったらそこから破綻していくモノじゃ。しかし、村人のほとんどが自ら繋げた妄想を信じとるから……そう言う相手から嘘を読み取るのは難しい。破綻しているならともかく、あちこち辻褄合いすぎじゃし」

「辻褄合ってるんだよなぁ」


 ありがたい事だが、フィストは頭を抱えた。

 辻褄が合いすぎていて、騙しているのはこちらなのに、何故か騙されている気分になる。


「フィスト一人で山に来たのも、愛しい旦那に効く幻の薬草の行方を知ったからとかいえばなんとかなるしの。儂が誤魔化したのは、なんじゃろ。彼奴らに恋愛ごと関わらせたくなかったからで良いか?」

「……あいつら連れていけばどこでも痴情の縺れに発展するから、確かに置いていくな」


 実際、旅の仲間と四六時中一緒だったわけではない。

 寄り道もあったし、それぞれ単独行動もあった。休息期間は出発までに拠点に戻るように、と自由時間になる事も少なくない。そう言った時間に勇者がやらかすので、勇者に聖女が付き添っていたが。


「しかし成る程。となれば、フィスト達は逃げず迎え撃つ方がよいか」

「ああ。リンジの子供じゃねぇのは確実なんだ。ヤンデレ聖女が誤解しないように材料揃えておけばなんとかなるだろ」

「ヤンデレはそうじゃな」


 発想を飛ばす隙を与えなければなんとかなる。

 聖女(ヤンデレ)は。

 問題は、国を挙げてフィストを探す選択をした勇者。


「あー……リンジも、私に旦那がいるってわかれば諦めるだろ?」

「うーん甘い。蜂蜜染み染みパンケーキより甘いぞ」


 旅の途中、甘すぎて全部食べられないと有名だったパンケーキの甘さが舌に蘇る。

 見た目はとても美味しそうだったが、蜂蜜は勿論パンケーキにも砂糖たっぷりで、過剰に甘かった。胃もたれする甘さ。甘すぎて、珈琲や紅茶に使用する砂糖とミルクが撤廃される程だった。


「去る者追わずのリンジじゃぞ。そのリンジがここまで追いすがっとるんじゃぞ? その時点で、今まで通りは通用せんぞ」

「ええ、マジか……」

「自覚が薄いようだから言わせて貰うがな、勇者はマジでガチにフィストに執着しとるぞ。その種類が恋慕かどうかは知らんが、執着は執着じゃ。諸々の理由からヤンデレ聖女が包丁を取り出すレベルの執着」

「嘘だろ。回避してもこんにちはすんの?」


 父親がどうとか関係なく、勇者に執着されている女だからヤンデレの迎撃範囲に入ってしまう。

 ヤンデレだけなら父親代理で解決が望めたはずなのに、勇者の執着により死亡フラグは立つらしい。


「儂がいては残党の襲撃の恐れがあるから逃げるが、お前さんはここまでお膳立てがされているのなら、逃げず迎え撃つのが定石じゃろ」

「ここで逃亡する意味が分からないからな。やましい事がないなら逃げねぇ」


 やましい事がないのに初手逃げたのは、やましい事がないと証明できなかったからだ。証明できなかったら包丁で腹を裂かれていたに違いないので、やむなし。


「つまりじゃ」


 アイアリスはビシッとフィストの鼻先に、小さな人差し指を突きつけた。


「執着マシマシのトンデモ勇者を迎え撃つのなら、この程度ではいかん――奴がフィストを諦めるくらい、隙間に入る余地なし(間男はお呼びでない)イチャイチャラブラブ夫婦を演じるのじゃ!!」

「嘘だろマジかよ」


 フィストが愕然とした声を出し、話が聞こえていたアスターはひっくり返った。

 離乳食は無事、ルミネが完食した後だった。



聞き耳を立てながらルミネに離乳食を与えていたアスター。

突然のイチャイチャ発言に、うっかり盗み聞きがバレる転倒を披露。

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なんて可愛いんだアスター笑
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