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18 妄想は妄想でしかないはず……だった


 という事で、フィストとアスターが何を語るまでもなく、村では壮大な物語が爆走していた。


 アスターは挨拶する先々で「無事でよかった」「薬が間に合ったんだね」「よく奥さんを見付けたな」とあちこちバシバシ叩かれまくっていた。

 あまりにも当然のように死の淵から蘇った旦那扱いされるので、記憶喪失のアスターは「もしかして俺、病み上がりかもしれない」と失った記憶をねつ造されそうになっていた。

 しっかりしろ。


 そんな彼は今、子供向けのアスレチックになっている。


 ルミネを抱っこしているアスターは、ルミネと遊びたい子供達に纏わり付かれてどうしたらいいかわからず、困惑で固まっていた。

 つついても動かないと気付いた子供が一人、ルミネの顔を覗こうとアスターによじ登る。慌ててしゃがみ込んだアスターは、あっという間に子供達の遊び道具にされていた。登ったり引っ張ったり、ぶら下がられている。


 フィストはきゃっきゃと楽しそうな子供達を、花壇の縁に腰掛け、気の抜けた顔で眺めた。


(世話になった人達を騙すのは、罪悪感で胸が痛いと思っていたんだが……まさか脱力する事になるとは)


 多くを語らないフィストの背景が、ここまで楽しく妄想されていたとは。


 山奥にある辺鄙な村では、娯楽が少ない。

 だからこそちょっとした噂話もあっという間に広まる。わかっていたはずだった。

 まさか優しく思い遣り溢れる彼らが、フィストを気遣って多くを問い質さなかった結果、フィストが零す断片的な情報を拾い集め、彼らなりに咀嚼して……なんとも愉快な結果に着地していた。


(旦那はいないって言えば、離別したって勝手に考えてくれるって思っていたのが、まさかこんな形になるなんてな)


 その離別が、やむを得ない事情だったのか。死別だったのかは、有耶無耶のままにするつもりだった。

 ルミネが大きくなって、父の行方を知りたいと言われるまでは。


(不治の病で、幻の薬草を採りにここまでねぇ……いや、なんだよ幻の薬草。聞いた事が無いわ)


 だからこそ幻なのかもしれないが、幻ならうっかりフィストの手元に転がり出ないでほしい。アスターのうっかりでないんだから。

 そう、うっかり。

 こんな簡単に、アスターがフィストの夫として、ルミネの父親として受け入れられるなんて。


(――旦那、か)


 子供達の高い声。じわじわと熱を帯びる日の光。時々吹く爽やかな風に、深緑の葉がこすれ合う音がする。


(……病死するほど、か弱くはなかったなぁ。アイツ)


 そんな関係には、ならなかったけど。

 出会ったのは、真逆の日だった。

 寒い季節。誰の声もしない夜。身体を冷やす夜風に、川のせせらぎがしっとり響いた。

 全身を濡らしてきょとんとこちらを見たのは、まるではじめて外に出た飼い猫のような男だった。


『どうして――――……』

「フィスト」


 名前を呼ばれて、我に返る。

 顔を上げれば、自警団として鎧を身につけたネクが立っていた。


 自警団と騎士団は違う。騎士団は国や領地で管理されているが、自警団は村を守る為に村人達で結成された組織だ。国へ納める税とは別に、村の維持費を含めた所から経費をひねり出す。

 よって、資金は少なく身につける鎧も街で売っている鉄製の物ではなく、自分達で縫った革製の物がほとんどだ。

 団長のネクも例外ではなく、武器こそ鉄だが身につける鎧は革製だ。その分身が軽く、木々の多い山中でも身軽に移動する事ができる。


「こんにちはネクさん。見回り中ですか」


 魔物を仕留めるのも仕事だが、村に不備がないか。生活するに当たって問題がないか見て回るのも彼らの仕事だ。恐らく、その見回りの途中だったのだろう。


「……いや、フィストが来ていると聞いて……」


 と思ったが、フィストを探していたらしい。


「何かありましたか? 団員への指導は二日後だったはず……」

「いや、何もない。ただ、話を聞いて」


 立ち上がるフィストになんでもないと言いながら、ネクは首を巡らせた。その途中、子供達に群がられて一歩も動けなくなって居るアスターを見付ける。

 きゅ、とネクの眉間に皺が寄った。


「……あれが、ルミネの父親か?」

「あー……はい」


 成る程、他所者の確認か。


 フィストは成り行きで信頼を得たが、アスターは違う。村人達の妄想で死の淵から蘇った病人と思われているが、よく見れば病人の特徴が見当たらないのがわかる。

 そもそも全部村人達の妄想なので、思い込みに巻き込まれていない人からすればアスターは怪しい他所者だ。


「あれが、君が大変な時期にいなかった男が、君の夫だと?」

「まあそれは。不可抗力というか。うっかり土左衛門になっていたというか」

「どざえも……?」

「確かに出産時は傍にはいなかったけど、今はアイツに助けられているので」


 きゃっきゃと楽しげに笑うルミネを見れば一目でわかる。

 子供達に群がられても、アスターはルミネが潰れないよう必死に守っている。子供は気を付けていても遠慮がないから、うっかり小さい子が潰されないよう必死だ。

 救助を求めるか細い声が聞こえるが、もう少し放っておこうと思う。なんとなく癒されるので。


「……昨日、ルミネを任せていたのはアイツか」

「そうですね」

「成る程、確かに再婚相手ではないな……」


 昨日のやりとりを思い出したのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 アスターがルミネの父親という事は、結婚相手。再婚相手ではない。

 実際の所、ルミネの父親と結婚していないのでフィストは未婚の身だが、ややこしいので黙っておく。


「アイツ私ができない事ができるので、マジで今助かってます。家の仕事をしてくれるから、私も外の仕事に専念できるし。あ、任せっきりにはしてないですよ。特にルミネの事は」


 本当に助かっているが、アスターが居なくなったあとが怖い。家事に慣れないと、アスターに永久就職してくれと泣きつく事になる。

 うっかり者のアスターを放っておけないと思っているのに、実際に世話をされているのはフィストという図式がおかしい。父親契約までして頼りきりなので、なんとかアスターに楽をさせる機会を作らなければ。


「俺だって……」


 だから、小さく聞こえた男の声を聞き逃した。


「何か言いました?」

「……いや、なんでもない」


 見上げれば、ネクはすっと視線を逸らした。無精髭だらけの顔を擦って、もう一度子供のなる木になっているアスターを見た。


「……あれではそろそろ潰される。助けた方がよくないか」

「そうですね」


 子供の笑い声しか聞こえない、身動きのとれない遊具(アスター)を助けるべく、フィストとネクは子供の首根っこを捕まえてベリッと引き剥がした。



Q ルミネが魔物を狩りまくると自警団のお仕事なくなるのでは?

A 高齢化が進んでいたので、若手が教育されるまでの委託先として活躍中。

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