17 騙す前から始まっていた
次の日。
「「「あぁあ――――!!」」」
早速根回しの為に村へ向かったフィストと、アスターに抱っこされたルミネの三人。
フィストが何をするまでもなく、わーっと集まってきた子供達がルミネを抱っこするアスターを見てわっと声を上げた。
「見た事ない人だ! 他所者だ! って事はフィストさんと同じだ!」
「同じって事は知っている人かも。だってルミネを抱っこしているもん!」
「ルミネを抱っこしているって事は、お父さんだ! ルミネのお父さん!」
「「「フィストさんがお父さん連れて来たー!」」」
「語弊がある」
その言い方だとフィストが生みの親を連れて来たみたいだ。
子供達はフィストの言葉など聞かず、わっと騒ぎながら村の中央へと走り去った。「おかあさーん!」「たいへーん!」「ネクさん泣いちゃうー!」とか色々聞こえる事から、大人に見聞きした事を伝えに走ったのだろう。
というか。
「……私何も言ってないよな?」
「……子供って、こんなに早いんだね、判断が……」
ルミネの父親ですと紹介をする前に、ルミネの父親が来たと拡散されるとは思わなかった。そのつもりで来たが、そのつもりでなければ誤情報だ。場合によっては走り去る子供達の背中をダッシュで追いかけていたかもしれない。
「まあいいや。あの勢いならこっちが言って回らなくても、ルミネの父親が誰かなんてすぐ広まるだろ」
「噂って怖い……」
娯楽の少ない村だ。噂話なんて、光より早く拡散されるに違いない。
フィストが考えた通り、この話は子供達の高い声であちこちへ広まり。
挨拶に赴く頃には、誰もが「ああ、噂の」の前置きするくらいには浸透していた。
フィストは呆れたが、アスターは小さく震えた。
「あらあら、あらあらまあまあ!」
そして当然のように、足が悪くて外に出ないスートも噂を知っていた。
「あなたが【不治の病にかかっていたけれど幻の薬草で死の淵から蘇り、身重の身で薬草を採りに行った妻を探しに来た旦那さん】ね!? 生きていてよかったわ!」
「嘘だろマジかよ」
予想以上の尾ひれがついた状態で。
フィストが何も言っていないというのに、勝手に壮大な物語ができあがっていた。
どういう事だ。
「アスターさんというのね! 素敵なお名前。私はスートと言います。夫がフィストちゃんを見付けたのが始まりで……フィストちゃんは一人で沢山頑張っていましたので沢山褒めて差し上げて! 勿論あなたもここまでよく頑張りました! 生きていてありがとう! 家族仲良くね!」
「はぃ……?」
両手で包まれるように握手をされたアスターは、何を言われたのか理解できず宇宙を背負っている。抱っこしたルミネに頬を叩かれて正気に返っていたが、内容を把握できていない。
フィストもできていない。
「なんでそんな話になってるんです?」
「いいのよフィストちゃん。誤魔化さなくても私達、ちゃんとわかっているから」
うふふと楽しげに笑いながら、よいちょと立ち上がってお茶を淹れるスート。挨拶の手土産に、と受け取ったアスター自作の焼き菓子をお茶請けとしてテーブルに広げ、楽しげに口を開いた。
「こんな辺鄙な村に女性が一人で来るなんて、早々にある事じゃないわ。身重で、旦那さんの姿が見えなくて……まさか世を儚んで自暴自棄になったのかって村の人達と噂したくらいよ」
ふらふらと山奥に現われる若い女性。そこだけ切り取れば、確かに世を儚んだ女性に見えるかもしれない。しかも相手は身重で、ますます一人で行動するなんて考えられない。
「でもフィストちゃんは、出産してすぐに村の為に魔物を倒してくれるくらい生命力が溢れていたわ」
世を儚む女性は、出産で体調が万全でない中で、そんな大立ち回りは演じない。
生命力溢れる行動に、村人達は即行でフィストから儚さを除外した。
間違っていないが、どう反応すべきか悩むフィストである。
「じゃあ何故こんな所に女性が一人……って思ったら、フィストちゃん言っていたじゃない」
「え、なんて」
「まさかこんなに早く生まれるなんて、って」
言った。
全く腹が出ていなかったので、出産時期が読めなかった。アイアリスには臨月だと言われたが、まさか認知してすぐ生まれるとは思っても見なかった。
そう、村の助けを借りながら、本気でそう思っていた。どうやら口から出ていたらしい。
「だからきっと、事情があってここまで来たけれど、一人で出産は考えていなかったと思ったのよ」
「……そうですね」
ちゃんと産婆を手配して、準備を調えて……生活基盤を整えてから出産になると思っていたのは、確かだ。
「そんな状態で山奥まで来なければいけない事情なんて……幻の薬草しかないじゃない!」
「それが初耳なんですが?」
なんだ、幻の薬草。そんな物があったのか。なにそれ知らない。怖い。
「もう、フィストちゃんが採ってくれた薬草よ!」
「いつ採った??」
「惚けちゃって。魔物の毛皮とかお肉とか、他にも素材として売って良いって持って来てくれた中にあったわ」
言われて、フィストは必死に思い出そうと考えた。
しかし、フィストは薬草などわからない。パーティでもフィストの担当は魔物の解体。肉が腐らないように防腐剤代わりの薬草は知っているが、そんな物あちこちに生えている。
……まさか、その中に偶然、その幻の薬草とやらが混ざっていたのだろうか。
(……確かに、最初に素材提供したとき、すごく驚かれたけど……あれは産後間もない女が魔物を狩ってきたとか、魔物の量とかじゃなくて、その薬草とやらに驚いていた……?)
黙り込んだフィストを照れていると勘違いしたスートが、楽しそうにテーブルの端を叩いている。真似をしたルミネがリズミカルにアスターの顔を叩いた。何もわからないアスターは、黙ってルミネの手の平を受け止めるしかない。
「それで、フィストちゃんはそれを全部好きにしていいって譲ってくれたじゃない? あんな高価な物を、世話になったからって。自分じゃここまでしかできないから後は任せるって」
言った。
フィストには魔物を倒して素材に仕分ける技術はあっても、それを加工する技術はない。その後の事は任せるという意味だったのだが、別の意味で受け取られていたらしい。
「受け取った人は、フィストちゃんがとても悲しそうに見えたって……」
哀しそうと言うか、しなびていたと思う。
流石に、疲れていたので。
その頃はスート一家に居候していたので、少しでも稼がねばと急いでいた。ルミネの首がやっと据わって、けれど数時間でも離れるのは危険な状態で、フィストが混乱状態だった頃だ。
そう、だからこそ疲れていた。悲しんでいたわけではない。
「きっと幻の薬草を求めてここまで来たけれど、出産で山を下れなくなって……その間に旦那さんが【いなくなって】しまったのだわって……薬草が、間に合わなかったのねって」
言った。
ルミネの父親はどうしたと問われて、【もういない】と答えた。
まさか薬草と繋げて、そこまで物語が走り出しているなんて。
「間に合わなくても、見付けたそれを持って山を下らず、我が子を優先して村の為に卸したフィストちゃんに、村の皆が涙したわ……思わぬ時期に出産して、旦那さんのところへ帰れないフィストちゃんの姿に……!」
それは知らない姿だ。
スートが本気で涙を拭うような仕草をするので、フィストはテーブルに両肘を突いて手を組みながら項垂れた。アスターはルミネに唇を抓まれていた。掴む力が強い。
「だから、せめて薬草を必要とする人の手に届くように……麓の薬師の所に直接売りに行ったらしいわ。転売防止に」
「転売防止」
「超レアな幻の薬草に遭遇した薬師さんは喜びのあまり脛をテーブルにぶつけてでんぐり返りしながら外に飛び出したそうよ」
「その薬師大丈夫か?」
「満身創痍になりながら、薬草をお薬にしたから大丈夫よ」
「その薬を一番必要とする患者になってねえか?」
「もう、フィストさんったらお口が悪いわよ! 子供達が真似しちゃうでしょ!」
途中から口調を正す余裕のなかったフィストは組んだ手で口を押さえた。居候時代にも注意されてきた事だが、つい。
そもそもなんだ幻の薬草。どんな効能があるんだ。そこから教えて欲しい。
「その後のお薬の行方は流石にわからないけれど……ちゃんと、必要としている人の所に届いたのね。そう、フィストちゃんの旦那さんの所に……!」
「なんでそうなった?」
やっぱりまだ取り繕う余裕がない。
感動してキラキラしているスートに虚無な目を向ける事になるとは思わなかった。
「だってこの人がルミネちゃんのお父さんなんでしょう? つまりフィストちゃんの旦那様! 不治の病で亡くなったと思われていた旦那様が、生きてフィストちゃんを探してここまで来たなんて! とっても感動的でロマンチックだわ!」
「あっだめだこれ強固に思い込んでる」
しかもスートだけでなく、聞くところによれば村全体の思い込み。
今の今までは死んだと思われていたルミネの父親。しかしそれが生きていたという事は、巡り巡って幻の薬草が仕事をしたに違いないと、彼らは思ったらしい。
フィストが特に何もしなくても、誤解は物語となり手に負えないレベルまで進んでしまっていたらしい。
嘘だろマジかよ。
(この娘、身重の身でどうしてここまで……まさか夫に先立たれて世を儚み……?)→元気に魔物討伐
(あ、とっても元気。それなら何故……まさか幻の薬草を!? つまり夫はまだご存命!?)→悲しげに幻の薬草を卸される
(赤子を抱いて山は下れないから、夫より子を選んで……なんて悲しい取捨選択……! せめて同じ病の人を助けられるよう、幻を手放したんだ……! 無駄にはしないぜ!!)→ちゃんと薬にして提供してくれる薬師の所へ →フィストの所にルミネの父親出現。
村人「薬が届いたんだね!!!!」
フィスト「どうして???????」




