15 拾いものの有効活用
「……その、俺自身も厄介事ではあるんだけど」
そんなフィストを心配そうに見ながら、アスターが口を開いた。
「何か、俺にできそうなことがあったら言ってくれ。世話になっているから、協力は惜しまない」
指先をソワソワさせながら、けれど紫の目はしっかりフィストを見詰めていた。
この男は、フィストが頼んで雇ったというのに、まだフィストに借りがあると思っているようだ。
「充分助けて貰ってるって。正直、働かせすぎてて正当な報酬を渡せているのか不安になってるくらいだ」
何故なら相場がわからない。
住み込みの家政夫って、どれだけの時給なのか。足りているのか不安だった。
だって掃除洗濯調理だけでなく、アスターにはルミネの子守までして貰っている。つまりいくら渡せば妥当なのか。さっぱりわかっていない。
そんなフィストに、アスターは真顔で首を振った。
「俺も家事代行の相場は知らないけど、これは貰いすぎだと思う。だから俺は貰っている分を含めて、もっともっとフィストの手伝いをすべきだ。働かせてください」
「働いて貰っているんだよなぁ?」
ちなみに、支払は月に金貨一枚。(平民の平均年収半年分)
部屋数の多い大家族でもないので、どちらかと言えば貰いすぎ。
「記憶のない俺だが、多分多いきっと多い絶対多い……頼むからもっと少なくしてくれ」
「給料下げてくれって要望はなかなか聞かねぇな」
家事も子守も重労働。赤子を抱えての家事は、赤子を抱えて魔族の群れと戦うより厳しい戦いだった。
フィストとしては正当報酬だったのだが、アスター的には過剰だったようだ。まだ働いて一週間ちょっとで収入を得ていないというのに、ちょっと顔色が青ざめている。気が早い。
「まあそれは今後検討するとして」
「早急に対処してくれ」
「いやマジで魔物を倒すより大変だったんだけど。お前くらい家事ができたら、私もいい母親ができた……かも……」
言いながら、ふと、フィストはアスターをガン見した。
フィストのイメージ母親は、今は亡き母親。家庭的で、いつも家を綺麗に整えている。子供が遊んで帰ってきたらご飯できているわよと笑うような、そんな女性。お世話になっているスートも足は不自由だが、そんな女性だ。
父親は、仕事でほとんど家に居なかった。記憶があやふやだが、大工か何かだった気がする。だからといって家族を疎かにはせず、夕飯を食べながら子供達の話を聞いて笑う、そんな男性。スートの夫も、尻に敷かれていたが日中は外に出て働き、夜は家で家族と談笑していた。
フィストはどうにも、理想の母親とはほど遠い。どちらかと言えば外に出て稼ぎ、日中はどうしていたかと聞き役になる方が向いている。となると担うのは父親役。母親だが、立場としては父親に近いのではないか。
ならばフィストに必要なのは、母親役のできる父親(代理)ではないか。
と、くれば。
――こいつ、丁度良くないか。
「? なに?」
じっと自分を見詰めるフィストの視線に気付いた男が、不思議そうに顔を上げた。
自分で淹れたお茶の熱さに負けて、なかなか飲めないうっかりの多い男。
しかしその外見は天才彫刻家が魂を込めて生み出した最高傑作。銀の髪に紫の目をした美しい男。背が高く均衡のとれた身体。戦闘向きではないが、貧弱ではないバランス型。
「え、本当に何?」
うっかり者だが適当という訳ではない。仕事には丁寧で性格は穏やか。動作が空回りがちだが、失敗しても物に当たらず失敗を認める度量がある。うっかり者だが、信頼に値する人柄だ。うっかり者だが。
「フィスト、応答せよフィスト。応えてくれ」
思った以上に家政に無駄がなく的確。フィストが半日かけてする作業も、シュババッと熟す手腕。フィストが魔物を退治する拳くらい速い。フィストの一撃はアスターの家事処理能力。速くて無駄がない。
「なんで反応がないんだ……!」
何より……ルミネに対して、とても丁寧。
壊れ物を扱うように接し、汚れも気にせず拭い、泣かれても叩かれても怒鳴らない。丁寧に丁寧に着替えさせ、力加減に気を付けながら抱き上げる。そんなアスターに、ルミネも懐いている。笑顔で顔を引っ掻くくらいだ間違いない。
記憶喪失だとか、所属不明など、たいした問題ではなかった。
とても理想的な母親役……ではなく。
「アスター」
「よ、よかった繋がった……! どうしたんだフィスト、突然無言になっ」
「ルミネの父親になってくれ」
「て……ぇ、ぇええええええええ!?」
絶叫したアスターはひっくり返ってお茶を被って軽い火傷を負った。
ちなみにフィストは村で稼ぐ以外にもポケットマネー(旅で稼いでいた分)があるので本当に余裕がある。
あるけれど、あちこちに支払いすぎなので落ち着いた方がいい。




