13 言ってなくても態度でわかる典型
脳が溶けたような顔をするアイアリス。
そんな彼女を見て、聖女セーラは聖女に相応しい慈悲深い笑みを浮かべた。
「アイアリス。別にわたくしは、フィストさんが別れを選択したのならそれでいいのです。どう生きるのかは自由です。わたくしにあの人の生き方を縛る資格などありません」
「そうじゃの」
アイアリスはなーんもわからん顔で頷いた。なーんもわからんがそれはわかる。
「ですが」
小さく区切って、セーラは慈愛に満ちた目を伏せる。
「あの義理堅いフィストさんが、誰にも何も言わずいなくなる……?」
感情に振り回されるセーラと誰よりも会話したのは、フィストだった。
誰もが諦める中、必死に対話を試みた。冷静に返せた数は少ないしフィストにも話が通じないと思われていたが、通じないから対話しない訳ではない。むしろ通じないから誰よりも回数を重ねた。セーラが激情するとわかっていても、辟易しても、向き合い続けた。
そのフィストが。
誰に何も言わずいなくなる?
「「「あり得ない」」」
まとまりのない仲間達の共通認識。
格闘家フィストは、お人好し故に仲間を見捨てられない。
余程の事が、ない限り――……。
では何があったのか。
命に関わる事ではない。何故ならアイアリスがここにいるから。
魔族の裏切り者アイアリス。魔族を裏切り人間側についた彼女。今一番危険人物とされる彼女が唯一手綱を握らせたのがフィスト。彼女が危険なら、一緒に行動するに決まっている。
危険がなかったとしても、アイアリスがフィストに同行していない、他の理由は?
――我々を攪乱する為だ。フィストがいなくなってすぐ探しに行かないように、アイアリスは誤った情報を流し続けた。
では何故攪乱する必要があったのか?
そもそも何故突然姿を消す必要があった?
義理堅い彼女が、仲間達から逃げるほどの事とは?
一緒に居るのが疲れたとか、もう面倒が見きれないとか、そう思っていたとしても。王都まで来れば、褒賞を得て別れることができたのに。そこまで待てなかったのは何故か。
あの瞬間、一人で居なくならないといけなかった。
そのわけは。
緑の目を伏せたまま、セーラが静かに口を開いた。
「アイアリス。わたくし、知っていますのよ」
「んー?」
「王都について一ヶ月……あなたが、おもちゃ屋さんに通っている事」
「んー?」
「それも、乳幼児の玩具を熱心に買い集めている事」
「んー?」
「哺乳瓶やおしゃぶりも購入していましたわね」
「んー?」
「それを、どこの、誰に、転送魔法を酷使してまで、贈っていたのです?」
「儂が安い宿へ送って赤ちゃんプレイに使った」
間。
セーラは伏せていた目をカッと見開いた。
「フィストさんに子供が居ますわね?」
「儂がプレイに使った言うとるだろうに」
「誰の子ですか」
「この年で性癖を暴露する事になろうとはの」
「誰の子ですか」
「おしゃぶりには安心感がある。咥えるのもいいが、咥えさせて相手の無力感を享受するのも大層刺激的での」
「誰の子ですか」
「ガラガラで甘やかすのも吝かではないんじゃが、年を取るとだっこで甘やかされたくなるものでな」
「誰の子ですか」
「どうしましょうどちらも話を聞いていません!」
「こういう時にフィストがいないの、面倒よねぇ~」
手にした包丁を居合い切りのように素振りしてみせる聖女と、特殊プレイについて延々と語る美少女。(中身ババア)
場は混沌としていた。
「儂の特殊性癖はともかく、フィストが雲隠れしようがお前さんらに関係なくないか? それこそ薄情者めと罵って終わりじゃろ」
「いいえ、わたくしはフィストさんが妊娠なさったのならば、誰の子か確認する義務があります」
(ないが?)
即答したセーラに思わず突っ込みかけたがなんとか呑み干す。
完全に勇者との関係を疑う暗い目をしている。フィストとアイアリスの予想通り、それ以外を考えていない目だ。
仲間として信頼するなら、フィストの人間性をもっと信頼して欲しいところ。
「わ、私は! 勇者様が行方を気にかけておいでだったので、気掛かりで」
(寂しいと言いつつ主体は勇者か)
寂しいのも本心だろうが、行方を気にかけるのは勇者が気にかけているから。ヴァーシプ自体は、フィストの意思を尊重するだろう。勇者が何も言わなければ。
「仲間の行方を気にするのは当然じゃない? 酷い事言うのね、アイアリスってば」
(よく言うわ。以前わしが五日離れても全く気にせんかった癖に)
ニヤニヤと笑うリルスに、アイアリスは小さく嘆息した。
実を言うと、アイアリスが一番警戒しているのはセーラではなくリルスだ。
享楽的で快楽主義。魔王討伐に参加したのは私怨や役目があったからではなく、暇だったから。そして戦闘後はムラムラするから気持ちいい事をするのは合法だと堂々と宣う女。勇者と関係を持ったのも楽しそうだったからだ。
命がけの戦闘を行った後の高ぶる精神に心当たりのあるフィストが強く否定できず、だからって関係性を複雑化させるなというもっともなお叱りもどこ吹く風だった。
ちなみにフィストが勇者を見捨てないのは、生存本能で精神を保っている可能性を視野に入れていたからだ。平和な世界から魔王討伐を任されて、生命の危機を感じた結果の行動かもしれないと。
だからって問題行動を起こしすぎなのでフィストはもっと早く見捨ててよかったと思う。その場合、魔王は倒せなかったけれど。
とにかく、リルスは気分によって行動を変える。とても厄介な性質だった。
(今までは振り回されるフィストを見て楽しんどったが、玩具みたいな気に入り方をしとったからの。魔王討伐というビッグイベントが終わって暇しとるなら、このややこしい場を荒らして回しかねんわ)
というか褒賞を受け取り解散の流れになったのにこの場にいるのは、完全に暇だったからだ。
これがなければ褒賞を頂いてさっさと帰っていただろう。彼女は彼女で、他のメンバーに執着はない。こんなんばっかの仲間達。よくぞ今まで瓦解しなかった。
(本当に厄介な相手に、ややこしい好まれ方をする孫じゃ。わしが守ってやらんと)
残念ながら実の孫ではないが、いつだって気分は祖母。
ふーやれやれどうした物かと頭を悩ませるアイアリス。
しかし今回、仲間に怪しまれてフィスト失踪の真相に近付かれたのは、初孫からの初ひ孫に大興奮した曾祖母テンション。
誰にも言っていないのに気が早くて子供の玩具を買い漁る、遠方の親戚ムーヴが原因だった。
これ、とても怒られるので、親戚一同は落ち着くべきである。
そんな彼女の視界の端で、扉が開いた。
ノックもなく英雄達が滞在する部屋に現われたのは、黒髪の青年。
「あれ、皆ここに居たんだ」
「勇者様!」
「丁度良かった。ねえ聞いてよ」
ぱっと表情を明るくするヴァーシプに、淑やかに微笑むセーラ。身体の向きを変えたリルス。
少年から青年へと成長した勇者リンジは、やりきった顔で笑った。
「王様、探してくれるって」
「は?」
「だから、フィスト。俺の褒賞で探してくれるって」
……は??
誰にも言っていないのに、周りの態度でバレる典型。
そして、やっとまともに登場した勇者、爆弾を落とす。




