11 裏切り者の手を放さなかったから
ここからアイアリス視点はいります。
魔王が討たれた今、全世界で共通認識が一つある。
魔王討伐に関わった英雄、アイアリスは裏切り者だ。
正確に言えば元から敵だったので、敵だと隠して味方面していただけ。裏切ったのではなく潜入なので、裏切り者と呼ぶのは違うかもしれない。しかしアイアリスは裏切り者として有名だ。
魔王討伐の最終局面で、魔族を裏切ったから。
アイアリスの裏切りが双方に認識されたのは、魔王が座する玉座に辿り着く前。五智将と呼ばれる魔族の一人との戦いで、動揺を誘う為に魔族がアイアリスの潜入を暴露した。
――勇者を殺す為に潜入したのに、何故何もしなかった、と罵倒する形で。
魔族は死ぬ前に、勇者達にアイアリスへの疑念を植え付けていった。
(何故、何もしなかった……か)
魔物を屠り、魔族を倒し、五智将と呼ばれる存在にすら手をかける勇者達と行動を共にしながら。何故何もしなかったのかと糾弾されたアイアリスは、塵となって消える魔族の遺体を眺めながら失笑した。
そんなの、簡単だ。
(何もしなくても、こいつら勝手に自爆しそうだったからじゃわい)
ガチで、勇者パーティはアイアリスが何かしなくても自滅しそうだった。
女と私生活にだらしのない異世界勇者。
初恋を踏み躙られて想いが拗れてしまったヤンデレ聖女。
成長と成功を信仰に昇華してしまった魔法使い。
自分がよければそれでいい、享楽的で快楽主義なガンマン。
仇をとる事ばかり考えて、殺伐とした空気を纏う格闘家。
こんなの、アイアリスが何かしなくても、あっという間に解散だ。
(むしろ儂、いるか?)
魔王の天敵である勇者が召喚されたから、万が一の為に内部に潜入して倒せと命じられて人間の王城へとやって来たアイアリス。
魔族なので魔力は高い方だ。長生きなので身体構造にも詳しいし、旅の知識も豊富だ。選抜となったらその辺りをアピールするかと考えていたが、勇者が独断でメンバーを選んだ。基準はわからなかったが、顔の良い女ばかり選ばれたのでお察しだった。お察しだったが、何故か勇者はアイアリスに手を出さなかった。
(見た目が十歳で食指が動かん? ならば何故仲間に選んだ?)
勇者のお眼鏡に適う美貌が居なかった? いいや、あの場には実力の伴わない見かけ倒しだってたくさんいた。美醜で選ぶのなら、アイアリスより外見年齢の高い美女はたくさんいた。
しかし美女ばかり選んだにもかかわらず、その美女は全て実力者だった。
つまり、勇者は美醜以外にも選考基準があったという事になる。
(詳細は知らんが……基準があったとしても、それを自ら台無しにするようでは底が知れとるの)
戦闘は折り紙付きだが、人間関係が破綻していれば出せる実力も出せないで終わる。
裏切り者としてアイアリスが画策しなくても、勇者パーティは常に修羅場状態だった。
今日も今日とて世話になった村で、勇者の寝所に女が忍び込んだと聖女が金切り声を上げている。
金銭よりも若い女の方が喜ばれると周知されてしまったのか、魔王討伐の為に通る村々で必ずスタンバっている若い女。村も厳しい予算で歓迎するより、奇麗所を用意する方が楽と考えたのか勇者への歓待は必ず若い女がしていた。村々でムラムラする勇者。喜ぶのは勇者だけで、聖女は村で歓待される度にぶち切れている。
とうとう、野営調理で使用する包丁片手に暴れ回りそうだ。
(人間って愚かじゃの)
若い女を頂いて何が悪いのかと素知らぬ顔をする勇者。勇者が悪びれぬ物だから聖女の逆鱗が読めず戸惑う村人。経費削減とばかりに売られた女の末路は浮気相手としての粛正。
(儂が何をしなくても、この勇者なら女に刺されて終わるじゃろ)
それが聖女なのか、犠牲となった女達の誰かなのかは知らない。
知らないが、どれだけ実力があっても無事に魔王の膝元まで辿り着かぬだろうと、アイアリスは考えていた。
――まさか、壊れきった人間関係のまま完走する事になるとは思いもしなかった。
完走できたのは、拗れた糸でも無理矢理引っ掴み、繋ぎ続けた人間がいたから。
「ばっか野郎!」
そう怒鳴って容赦なく勇者をぶん殴る、格闘家がいたからだ。
それがフィスト。
魔族に村を焼かれ、魔族を憎む格闘家。
当初は誰よりも剣呑で、排他的で、一匹狼のように警戒心が強かったというのに……勇者リンジの性質が判明するや否、誰よりも早く彼を叱り飛ばした。
「セーラがいるのに他に手を出すな!」
「傷ついたならリンジにそう言え、まず殴るならこっちだこっち!」
「ヴァーシプの実力は勇者の功績じゃなくてヴァーシプの努力だろうが! 信仰しても良いけど身体は大切にしろ!」
「女性をお礼代わりにするんじゃない!」
「来る者拒まずも大概にしろ!」
「刃物をしまえ! 話し合いはそれからだ!」
「拗れるのを楽しむな! お前の事だぞ魔性の女!」
脳死で女に手を出す勇者にも。女ばかり目の敵にする聖女にも。行きすぎた信仰を続ける魔法使いにも。愉悦に浸るガンマンにも。女を差し出す村人達にも。
フィストは叱責をやめず、歩を緩めず、引っ張り続けた。
「アイアリス」
輪から外れる偽物の賢者にも。
「どこ行くんだ。はぐれたら危ないだろ」
手を差し伸べ続けた。
――嫌われ者の、人間と混ざり物の魔族とわかっても。
アイアリスは裏切り者だ。
人間の父と魔族の母の間に生まれた混ざりモノ。どちらにもなれずどちらにもなれる。勝ち馬を見極める、ふらふらと飛び回る白いコウモリ。
世間ではアイアリスが人間側についたのは、仲間達との絆として美談にされている。
しかしアイアリスが魔族を裏切ったのは、仲間達への情ではない。
疑心暗鬼になる仲間を尻目に、立ちすくむアイアリスの手を、当たり前のようにフィストが引いたからだ。
フィストが、アイアリスの居場所。
アイアリスは、フィストの為なら負けが見えても勝ち馬にする手段を選ばない。
それを知るのは、仲間達だけ。
だから。
「フィストさんの行方を知っていますよね? アイアリス」
「な~んのことかのぉ?」
フィスト失踪の協力者だと、バレないわけがなかった。
行き場をなくした半端者による激重依存業火担。
白コウモリの安心できる場所。




