10 協力者からの手紙は血の気が多い
フィストに感謝と尊敬で推されている一家のスートは、よいちょと可愛くかけ声を出しながら安楽椅子に座った。少しの移動でも足が辛いので、それだけで一息ついていた。
「夫もそろそろ帰ってくると思うから、お茶をしない?」
せっかくだからお茶をしながら待たないかと誘われた。妹の言葉に、木べらを持っていたネクがお湯を沸かそうとする。
大変心苦しかったが、フィストは苦渋の思いで首を振った。
「いや、家にルミネを待たせているんですぐ帰ります」
「あら。置いてきたの? てっきり子供達と遊ばせていると思ったのに」
目を丸くしたスートに、フィストは苦笑した。
子供達の前で金銭のやりとりをみせるのは憚られたので、フィストが支払をするときはいつも子供達にルミネを任せていた。子供達はルミネに興味津々だし注意事項も知っているので、よき遊び仲間で子守をしてくれる。よき姉と兄である。推せる。
だから今回も、そんな子供達にルミネを預けてきたと思ったのだろう。家に置いてきたといわれて本当に驚いている。
驚いて、目をつり上げた。
「ルミネはまだ乳児だから目を離すのは危険よ?」
それはそう。
ベビーベッドに寝かせていたとしても、乳児を残して親が出掛けるのは褒められた行為ではない。
が、今は一人じゃないから大丈夫。
「今、ルミネを見てくれる人が居るんだ。だから大丈夫」
「あら……お客さんが来ているの? お友達?」
「あー……まあ、その内紹介しに来ます」
なんと言ったら良いかわからず、フィストは咄嗟に誤魔化した。
流石に「記憶喪失の不審者を拾ったが常識人だったので我が子を任せている」とは言えない。もっと警戒しろと叫ぶ男の顔がよぎる。恐らく誰だってそう言う。
男は無害だと判断したので、近いうちに顔をみせに来る。周知する為にも、挨拶は必須だ。詳しい話はその時に、色々誤魔化しながらしようとフィストは言葉を濁した。
曖昧な言い方に首を傾げたスートだったが、ハッと閃いた。
「ルミネちゃんを任せられる人ということは……まさか、再婚相手ができたの……!?」
がたーんっ!
スートの閃きに、ネクが薬缶を竈に落としていた。叩き付けたとも言う。
どうした。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ、なんでもない」
「そうですか……?」
うっかり鍋をひっくり返す頻度の高いアイツならまだしも、妹の手伝いに慣れているネクがこうなるのは珍しい。見た目は小汚いが、ネクの動作はいつも丁寧だ。
大丈夫というなら大丈夫だろうと、フィストは誤解に目を輝かせるスートを見た。
「再婚相手じゃないです」
そもそもフィストは結婚もしていない。
ややこしいので言っていないが、村人達は一人で出産したフィストを見て、夫とは別れたのだろうと思われていた。妊娠に気付かず別れてしまったのだろう、と思われている。なので時々、村の年寄りには「うちの孫はどうだい?」とか言われる。
「でもお留守番でルミネちゃんを任せられる人なんでしょう? あ、もしかして女の人だった?」
「男ですけど……」
「ならやっぱり再婚相手……!」
「違いますって」
どこでもこういう話は盛り上がるな。
苦笑して、その内紹介しに来ますと終わる。しかし家を出る前に、ぬっとネクが近寄ってきた。
自警団の団長だけあって、戦える身体付きをしている。身長も高く、フィストは少しだけ目線を上げた。
「……大丈夫なのか、そいつは」
「危険人物ではないので、近いうちに紹介に来ます」
「ああ……いや……再婚相手では、ないのか?」
「再婚相手ではないですね」
「そうか」
ちょっと安心したみたいにネクの肩が下がるのを見て、フィストはどうしたモノかと頭を掻いた。
「だが、その、つまりどういう関係なのだ」
「うーん、実は……」
ソワソワするネクに、団長には話した方がいいだろうかと悩む。
村を守る仕事をしている人だ。フィストが無害判定しても、フィストは他所者。ここは村の人に代表として、評価して貰った方がいいのでは。
そう思って事情を説明しようと口を開いたところで、家の扉が開いた。
「お腹空いたー! ただい……!!」
「良い匂いするー! あ、おじさんだ! おじさんただいまー!」
飛び込んできたのは、この家の子供達。
兄のジョーイと、妹のエン。
「……おかえりエン。ジョーイも」
「……ただいま」
ネクの姿を見て大喜びで足元にじゃれつく妹のエン。
しかしジョーイはソワソワと視線を逸らし、ぎこちなくネクに返事を返した。
――こちらも、相変わらずだ。
「フィストさん、ルミネはー?」
兄の態度など全く気にしていないエンは、フィストが一人きりなのを不思議そうに見上げている。ルミネが居なくて不満そうな声音に、幼いながらにお姉ちゃんぶるのが可愛いなとほんわかした。
「今日はお留守番。今度は連れてくるよ」
「約束!」
「おう。じゃあまたな」
「ばいばーい!」
元気に手を振るエンとスート。ぎこちなく手を振る男達に見送られ、フィストは数ヶ月間世話になった家を出た。
(どいつもこいつも複雑だなぁ)
ネクとジョーイはいつもああだ。顔を合わせてはぎこちなく、相手の様子を窺いながら挨拶をする。
その理由は二人の母で妹のスートから聞いていた。聞いたからこそ、フィストも黙って見守っている。
(不器用だなぁ)
大人のネクは、フィストよりそつなく家事ができる。足が不自由な妹の為、せっせと足繁く通っているというのに。
ままならないなと、フィストは我が子の待つ家へと帰っていった。
のだが。
「痛い痛いやめてやめて!」
「あ?」
家の前で、必死に逃げ回っている銀髪。
痛みを訴える男に、フィストは声を上げた。
「何してんだ、アスター!」
フィストが呼びかければ涙目の男……アスターが振り返る。
記憶喪失の男は結局、自分の名前も思い出せなかった。
だから、フィストが名前を考えた。土左衛門はイヤだと必死に抵抗したので、ちょっとだけ考えた。どんぶらこと流れてきたので丁度いいと思ったのだが、ダメだったらしい。
そうして改めて考えた男の名前。
アスター。
それが、現在の男の呼び名である。
ちなみに面倒だったので、足元で咲いていた紫の花の名前を拝借した。
「助けてフィストォー!」
「マジで何事」
呼ばれた男は、涙目でフィストの方に駆けてくる。
純白の鳥につつかれながら。
お前、小鳥に格下だと思われているの?
洗濯から帰ったところだったのか、籠に寝かされているルミネはアスターと小鳥の騒動をきゃっきゃと笑いながら見ている。楽しそうで何よりだ。アスターはボロボロだけど。
戸惑いと呆れが入り交じったフィストだったが、アスターがフィストの後ろに隠れたことで小鳥を直視し、その正体に気付いた。
軽く上げたフィストの指先に、純白の鳥が停まる。
それは、協力者から送られてきた文鳥だった。
「こいつは不審者だけど危険人物じゃねぇよ」
フィストに手紙を持って来たのに、本人ではなく見知らぬ男がいたから、不審者だと思って攻撃したのだろう。協力者と同じく、いざとなったら攻撃する血の気の多さだ。
不満そうに足踏みした文鳥は、震えるアスターを取るに足りないと判断したのかそれ以上追撃はせず。ふわりと空気に溶けるように姿を変えた。
白い文鳥は、白い手紙になった。
「ま、魔法……? 鳥が手紙になるなんて初めて見た」
「鳥が手紙になったんじゃなくて、手紙が鳥になったんだ。繊細な魔力操作が必要だから、私もアイツ以外にこれができる奴は見た事がないな」
だからこそ、誰からの手紙だかすぐにわかる。
折り畳まれた手紙を広げて目を通したフィストは……その内容に、口元がひくついた。
「何したんだアイアリス……!」
純銀のロリババアは、フィストの脳裏でてへぺろっと舌を出して宣った。
『すまん。バレちった』
ヤンデレ聖女がアップをはじめたお報せだった。
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