「四人で紡ぐ物語」
週の後半、水曜日の放課後。 僕は、ごく自然に部室の扉を開け、当たり前のようにこたつに着席していた。もはや、僕にとってここは緊張する場所ではなく、心地の良い「日常」の一部になりつつある。 他のメンバーの答えに、僕は自然に声を出して笑っていた。
そんな僕の小さな変化に気づいているのか、いないのか、神田部長がパンと手を叩いた。
「よし、じゃあ今日は新しい試みをやってみようと思う」
彼がホワイトボードに書き出したのは、「リレー大喜利」という文字だった。
「ルールは簡単だ。俺が最初のお題を出す。一番手のやつがそれに答える。そうしたら、その答え自体が『次のお題』になる。二番手のやつは、その状況の続きを答える。こうして四人で一つの即興の物語を創り上げていく、セッション形式の大喜利だ」
山田君が「うおー!面白そう!」と歓声を上げる。確かに、これまでとは違うチームプレーが試されそうだ。
「で、肝心の順番だが…」 部長はそう言うと、ノートを一枚破り、四つにちぎって、それぞれに1~4の数字を書き込んだ。 「…これで決める。一人一枚引け」
くじ引きだ。僕は、祈るような気持ちで、小さく折り畳まれた紙片の一つに指を伸ばした。 結果は――
一番:山田 二番:高橋 三番:桜井 四番:神田
昨日と同じ並びだった。 (三番…!また、このポジションか) 僕は、心の中でゴクリと唾をのんだ。物語の展開を決定づける、重要な役割。プレッシャーと、少しの武者震いが、背筋を駆け上がった。
全員の順番が決まったのを確認し、神田部長が、最初のお題を告げた。 「では、お題:『桃太郎が鬼ヶ島に到着。すると鬼たちは意外なことをしていました。さて、何をしていた?』。――はじめ!」
「はい、きた! 一番手、山田いきまーす!」 山田君は、お待たせしましたと言わんばかりに、元気よく手を挙げた。
「みんなで『鬼滅の刃』のコスプレをして、記念撮影の真っ最中だった!」
部室に、ドッと笑いが起こる。 (すごい…) 僕は、彼の答えの持つ意味を、瞬時に分析していた。 (ただの思いつきじゃない。誰もが知っている『鬼滅の刃』という現代の要素を入れることで、一気に場の空気がゆるんだ。そして、『記念撮影』という平和な光景を提示することで、これから始まる物語の方向性を、『戦闘』ではなく『コメディ』だと決定づけたんだ。見事な切り込み隊長だ)
「じゃあ、次ね」 高橋さんは、山田君の答えに満足そうに頷くと、ペンを構えた。 二番手、高橋。山田君の「鬼滅の刃コスプレ記念撮影中の鬼たち」という状況を受けての答えだ。
「で、桃太郎に気づいた青鬼が、『うわ、本物来た。気まず…』って小声で言った」
その答えに、またしても部室が沸いた。 (うまい…!) 僕の背筋に、ぞくりと鳥肌が立つ。 (山田君が作った『状況』に、高橋さんが『感情』を乗せたんだ。ただのドタバタコメディじゃなくて、「本家」と「二次創作」が出会ってしまったような、人間関係の気まずさを描く群像劇に、一瞬で物語の質を変えた。パスが、どんどん高度になっていく…!)
そして、ついに僕の番が回ってきた。三番手、桜井。 僕は、二人が創り上げたおかしな状況を、頭の中で反芻する。 (鬼滅コスプレで記念撮影中の鬼たち。そこに本物の桃太郎が来て、青鬼が「気まず…」と呟いている…) この気まずい状況。僕がここに初めて来た時と、少しだけ似ているかもしれない。 そんな時、僕ならどうする? どう立ち振る舞う? 僕は、主人公である桃太郎の心情に、自分を重ねてみた。
――見つけた。
僕は、ゆっくりと、でも、はっきりと口を開いた。
「その気まずい空気を全身で感じ取った桃太郎は、おもむろに耳からイヤホンを外し、『え、何か言いました?』と、今来たばかりのフリをした」
僕の答えに、部室が一瞬静まり返る。 そして、最初に吹き出したのは、高橋さんだった。 「あー、最悪!一番タチ悪いやつだ、その桃太郎!」 「いるいる!そういうやつ!」と山田君も腹を抱えて笑っている。
(どうだ…?ちゃんと、パスは繋がったか…?アンカーの部長に、最高のボールを渡せたか…?) 僕は、祈るような気持ちで、神田部長を見つめた。
神田部長は、僕の答えに、満足そうに深く頷いた。 そして、この物語を締めくくる、最高のオチを告げた。
「すると、桃太郎の横にいた犬が、すくっと立ち上がり、『いや、お前、絶対聞いてただろ』と、冷静にツッコミを入れた」
その瞬間、部室は、割れんばかりの爆笑に包まれた。 山田君は机を叩いて笑い転げ、高橋さんは、顔を覆って肩を震わせている。 僕もまた、ご主人様に冷静なツッコミを入れる犬の姿を想像して、腹の底から笑いがこみ上げてきた。 最高だ。部長の答えは、僕の答えを完璧に活かし、誰も見ていなかった「犬」という存在に新たな役割を与え、物語を完璧な形で締めくくっていた。
「見事だ!全員座布団一枚!」 神田部長は、そう言って、満面の笑みで四人全員を指差した。
その日、僕たちは、時間を忘れていくつもの「リレー大喜利」を繰り返した。 四人で一つのお題を、言葉のパスで繋いでいく。 一人では決して創り出せない、奇妙で、楽しくて、そして少しだけ切ない物語の数々。 それは、まるで部活動そのものが、一つの大きな「物語」を創っているようだった。
帰り道、僕の心は、得も言われぬ充実感で満たされていた。 山田君の元気な言葉、高橋さんの鋭い視点、部長の深く優しい発想。 そして、僕の「発見」という武器。 それぞれの個性が、互いを認め合い、補い合い、一つの大きな笑いを創り出す。
(これが、コミュニケーションとしての、大喜利…)
僕の胸の中のカイロは、もう、他人の温かさだけじゃない。 自分自身の熱と、仲間たちの熱で、燃え盛る炎のように、僕の心を照らしていた。




