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第27話 「優等生の宣戦布告」

特訓が最高潮に盛り上がり、気づけば、窓の外はすっかり暗くなっている。 その時、高橋さんのカバンの中で、スマホが、ブブッ、と静かに震えた。画面を見た彼女の表情が、ほんの少しだけ、曇るのが見えた。 彼女は、「ごめん、私、今日これで」とだけ言い残し、一人、先に部室を出ていった。


***


その日の夜。高橋栞が塾を終え、疲れきって家に帰ると、リビングの明かりが煌々と灯っていた。母親が、ソファに座って彼女を待っていた。


「栞、最近帰りも遅いし、塾の先生からも心配の連絡があったわよ。あの大喜利とかいう遊び、少し控えたらどう?」


母親の言葉は、心配からくるものだと分かっている。しかし、「遊び」という一言が、高橋の胸に冷たく突き刺さった。


「あなたは、推薦で良い大学に行くって、約束したでしょう?」


母親のその言葉に、彼女は「…わかってる」としか答えられなかった。 自分の部屋のベッドに倒れ込み、彼女は天井を見つめる。 (わかってる。わかってる、けど…)


***


翌日の部室。神田部長が、ついに「大喜利甲子園」のオンライン予選の、正式な日程と対戦方式を発表した。


「予選一回戦は、二週間後の土曜日だ。エントリーシートは、俺が書いておく」


「うおっしゃ!ついに始まるんすね!」

山田君の声が弾む。部室の士気は、最高潮に高まっていた。


しかし、高橋さんの表情は硬い。彼女は、スマホのカレンダーを見て、青ざめていた。 予選当日と、大学の推薦に関わる非常に重要な全国模試の日が、完璧に重なっていたのだ。


部室では、メンバーたちが「一回戦のお題、何が出るかな」「修明学院も、同じブロックにいるかな」と、楽しそうに作戦会議を始めている。 その光景を眺めながら、高橋さんは、激しく葛藤していた。


(親との約束、先生からの期待、私の将来…それを捨てるわけにはいかない。でも…)


彼女の脳裏に、部室での、どうでもよくて、最高に楽しかった日々の記憶が蘇る。


初めて自分の答えで山田君が感動してくれたこと。


桜井君が、少しずつ心を開いて、笑ってくれるようになったこと。


神田部長の、あの熱い「リベンジ」という言葉。


佐藤君の、ぶっきらぼうだけど、的確なツッコミ。


(あっちが『現実』なら、こっちは、なんなの? 私が、本当にいたい場所は、どっちなの?)


神田部長が、全員に向き直って、最終確認をした。 「じゃあ、二週間後の土曜日、全員問題ないな?」 山田君、佐藤君、桜井君が、力強く頷く。そして、全員の視線が、高橋さんに集まった。


彼女は、一度、ぎゅっと目を閉じ、そして、ゆっくりと顔を上げた。 その顔には、もう迷いはなかった。 彼女は、スマホの電源を、カチリと音を立てて切ると、こう言い放った。


「ごめん、その日、大事な模試があるんだ。だから――」


ごくり、と僕たちが息をのむ。




「――塾、サボることにする。当たり前でしょ」




それは、これまでの彼女からは想像もできない、少しだけ不敵な、最高の笑顔だった。

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