第25話 「リベンジ」
練習試合に完膚なきまでに敗北した、月曜日の放課後。 部室には、いつもより少しだけ静かで、でも、不思議と澄み切った空気が流れていた。 誰かが試合の結果を蒸し返すことはない。ただ、全員が、昨日の「最高のセッション」の余韻と、「完敗」の事実を、静かに噛み締めているようだった。
「…やっぱ、すげえな、修明学院」
山田君が、珍しく真剣な顔で呟いた。
「ええ。でも」 高橋さんが、静かに、しかし、はっきりと続けた。 「昨日の佐藤くんの答え、私は、一条くんの答えよりずっと好きだったけどね」
その言葉に、佐藤君は少しだけ照れくさそうに顔を背け、僕も、力強く頷いた。 僕たちの間には、もう迷いはない。自分たちの「面白い」を信じる、という覚悟が固まっていた。
そんな僕たちの様子を見て、神田部長が、おもむろに口を開いた。
「お前ら、今日は少し、昔話に付き合え」
彼は、カバンから、一冊の、ボロボロになった大学ノートを取り出した。表紙は擦り切れ、ページは黄ばんでいる。彼が中学時代から使っている、「ネタ帳」だった。 そして、彼は、今まで誰にも話したことのなかった、自分の過去を語り始めた。
「中学時代、俺は、いじめられっ子だった」
その、あまりに意外な告白に、僕たちは息を呑んだ。
「今のお前らからは、信じられないだろ。俺も、桜井みたいに、口ベタで、言いたいことも、面白いことも、何も言えなかった。いつもクラスの隅っこで、息を殺して、ただ時間が過ぎるのを待ってた」
彼の視線が、僕を真っ直ぐに射抜く。僕は、心臓を掴まれたように、動けなくなった。
「そんな時、俺を救ってくれたのが、深夜ラジオだった。イヤホンの中から流れてくる、芸人たちの、どうでもよくて、バカバカしくて、でも、最高に面白い『言葉』だった。世界は、こんなに面白いことで満ちてるのかって、初めて知ったんだ」
彼は、そのボロボロのネタ帳を、愛おしそうに撫でた。
「俺は、ネタを考えるようになった。誰に見せるでもない。ただ、自分を笑わせるためだけに。このノートが、俺の、たった一人の仲間だった」
そして、彼は、顔を上げた。 その目には、いつもの飄々とした光ではなく、静かで、熱い炎が宿っていた。
「この部活は、俺にとっての、リベンジなんだ」
「俺みたいなヤツが、桜井みたいなヤツが、佐藤みたいなヤツが…学校の隅っこで、声も出せずにいるヤツらが、胸を張って『面白い』って言える場所。それを作りたかった。そして、甲子園で勝つのは、俺たちのやり方が、あいつらのやり方より、ずっと面白いってことを、世界に証明するためだ」
神田部長の、魂の叫び。 僕たちは、ただ、黙って彼の言葉を聞いていた。 僕たちは、初めて、この部の本当の「理念」を知った。 そして、僕たちの目的は、ただ「甲子園に行く」ことから、「神田部長を、日本一の部長にする」ことへと、静かに、しかし、確かに変わっていた。
名城葉月高校大喜利部は、この日、本当の意味で、一つの「チーム」になった。




