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「山田健太、大喜利トライアスロンに挑む」

週明けの月曜日。 僕は、高橋さんが完璧に作成してくれた「部活動設立申請書」を握りしめ、三度、古典準備室の扉の前に立っていた。


柏木先生は、無言で書類を受け取ると、僕を一瞥しただけで手を差し出した。 僕は、おそるおそる申請書を手渡す。




先生は、眼鏡の奥の鋭い目で、書類の隅から隅までチェックすると、深いため息を一つついて、引き出しから印鑑を取り出した。


ドン、と。 顧問の欄に、「柏木哲夫」の印鑑が、乾いた音を立てて押された。




「…赤点を取るなと言っただけだ。平均点を超えたのは、余計なことだ」




先生は、書類を僕に突き返しながら、ボソリとそう呟いた。 その言葉が、彼なりの最大限の賛辞なのだと、今の僕には、なぜか分かった。


僕は、「ありがとうございます!」と深々と頭を下げ、準備室を飛び出した。




生徒会室に書類を提出し、それが正式に受理された瞬間。 名城葉月高校に、たった五人の、日本一を目指す「大喜利部」が、産声を上げた。




***




その日の放課後、部室では、山田君が買ってきたジュースとお菓子で、ささやかな祝賀会が開かれていた。




「いやー、俺たちの部活、マジでできちまったな!」


「あんたが一番危なかったんでしょ、赤点」


「うっせ!」




そんな和やかな空気を切り裂くように、神田部長が「さて」と口を開いた。 お祝いムードは一変し、真剣な空気が流れる。




「甲子園で勝つためには、ただ面白いだけじゃダメだ。戦略がいる」




彼は、初めて監督やコーチのような顔つきで、僕たちを一人ずつ見回した。 そして、最初の戦力分析を始める。




「山田。お前の武器は、誰よりも早い瞬発力と、スベることを恐れない度胸だ。だが、答えが単調になりがちなのが課題だな」




「うす…」




「高橋。お前の武器は、皮肉と知性に裏打ちされた鋭い視点。課題は、時に鋭すぎて、一般の観客に伝わらない可能性がある」




「…はい」




「佐藤。お前の武器は、物語を語る力と、哀愁漂う人間描写。課題は、答えが長くなりがちで、一撃の破壊力に欠けることがある」




「……」




「桜井。お前の武器は、誰も気づかないものを見つける『発見』だ。課題は、まだそれを自分の言葉として、堂々と出すだけの自信がない」




彼の的確すぎる分析に、僕たちは息を呑んだ。 神田部長は、満足そうに頷くと、不敵な笑みを浮かべた。




「というわけで、今日から俺たちの武器を磨くための特訓を始める。まず、山田。お前は――」




部長は、山田君をホワイトボードの前に立たせた。




「お前の課題は、答えが単調になりがちなことだ。瞬発力に頼りすぎて、ダジャレや一発ギャグに逃げる癖がある」




「うっ…」




的確な指摘に、山田君が言葉に詰まる。




「だから、今日からお前は、一つのお題に対して、必ず三種類の答えを出す。それ以外は認めん」




「み、三つ!? 一つのお題に!? 無理無理無理!」




部長は、山田君の悲鳴を無視して、ルールを説明した。




一つ目は、お前の得意な「瞬発力」系の答え(ダジャレや、勢いだけの一発ギャグなど)。


二つ目は、誰かになりきって答える「なりきり」系の答え。


三つ目は、短い物語を作って答える「ストーリー」系の答え


。 神田部長は、これを「大喜利三種混合トライアスロン」と名付けた。


「じゃあ、いくぞ。山田」 部長は、机にあった自分の丸メガネを指差した。


「お題:この丸メガネ、作った人の意外なセールストークとは?」


山田君は、滝のような汗を流しながら、必死に頭を回転させる。




「う、うう…まず、瞬発力…! ええと…『かけるだけで、なんかインテリっぽく見えまーす!』!」




いつもの山田君らしい、元気で、少しだけバカっぽい答え。




「よし、悪くない。次だ、なりきれ」




神田部長が、間髪入れずに促す。




「なりきり…なりきり…」




山田君は、ぶつぶつと呟きながら、急に腰を曲げて、咳き込むような仕草をした。そして、しわがれた老人の声で、こう言った。




「(…ワシの目に狂いはねえ。おめえさん、これをかければ、失くした自信もちったあ見えるようになるじゃろうて…)」




その、意外な演技力に、高橋さんが「ふふっ」と笑いをこらえる。




「いいぞ、最後、ストーリーだ。捻り出せ、山田!」




「ストーリー!?」




もう、山田君の顔は真っ白だった。彼は、天井を見上げ、何かを必死に探している。やがて、ポツリ、ポツリと、物語を紡ぎ始めた。




「……昔々、目が良すぎて未来まで見えてしまう王様がおりまして。…不幸な未来が見えすぎるからと、わざと視力を落とすために作られたのが、この『未来を見えなくするメガネ』なんです…」




三つの答えを出し終え、山田君は「…もう、出がらしも出ねえ…」と、その場にへたり込んだ。灰のように、真っ白になって。




しかし、彼の捻り出した答えに、高橋さんは「…やるじゃん」と感心し、佐藤君も「フン…」と少しだけ認めるような表情を見せた。




(すごい…) 僕は、息を呑んでいた。




(いつもの山田君の答え。職人になりきった答え。そして、悲しい王様の物語。全部、違う種類の面白さだ。これが、特訓…)




神田部長による、山田君の弱点を克服するための、具体的で過酷な(?)特訓が、こうして始まった。

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