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「千年豆苗の秘密」

佐藤大輝が、大喜利同好会に加入した翌日。 旧視聴覚準備室の空気は、今までとは明らかに違っていた。 四人掛けのこたつに、男四人と女子一人、合計五人が肩を寄せ合って座っている。


少し窮屈で、汗臭さも心なしか増している。


でも、不思議と、今までで一番しっくりくる光景だった。 佐藤は、まだ腕を組んで黙っていることが多い。


しかし、時折、山田君のくだらない答えに、口の端を上げて笑いをこらえているのを、僕は見逃さなかった。


そんな、完全体になった僕たちの、最初の議題。 ウォーミングアップの大喜利が終わり、神田部長が改めて本題を切り出した。


「さて、これで部員は五人揃った。甲子園への最後の関門。――顧問だ」


その言葉に、昨日までの興奮が少しだけ落ち着き、部室に現実的な緊張が走る。


「顧問未担当の先生のリスト、作ってきたよ」 高橋さんが、学級委員長らしく、用意周到に一枚のプリントを取り出した。しかし、そこに並んだ名前は、数えるほどしかない。


議論は、開始早々、暗礁に乗り上げていた。 「…先生なんて、面倒ごとはごめんだろ。誰も引き受けねえって」 佐藤が、初めてこの議題に口を開いた。彼の言う通りかもしれない。


高橋さんが、ため息をつきながら、リストの一番下を、震える指で指差した。 そこには、まだ誰からも名前が挙がらなかった、最後の候補者の名前があった。


柏木 哲夫(古典担当)


「うげっ!鬼の柏木じゃん!絶対無理だって!」 山田君が、叫ぶ。僕も、彼の厳しい授業を思い出し、背筋が凍った。 しかし、他に候補はいない。「誰が、あの鬼に交渉に行くのか」。 全員が、黙り込む。


「…こういうのは、運命に任せるに限る」 神田部長が、どこからか取り出した五本の割り箸を、固く握りしめた。


一本だけ、先が黒く塗られている。 恐怖のくじ引きの結果、その「決死の交渉権」を引き当ててしまったのは、桜井誠だった。


***


放課後の古典準備室は、インクと古い紙の匂いで満ちていた。 一分の隙もなく整理整頓された部屋の中で、柏木先生は、一人、黙々とテストの採点をしている。


「……あの、柏木先生」


「なんだ」


顔も上げず、低い声が返ってくる。僕は、心臓が口から飛び出しそうになるのをこらえ、震える声で用件を切り出した。


「あ、あの…僕たち、大喜利同好会の、顧問の先生になっていただけないでしょうか…」


その瞬間、赤いペンがピタリと止まった。 柏木先生は、ゆっくりと顔を上げ、銀縁の眼鏡の奥から、射抜くような冷たい視線を僕に向けた。


「大喜利、だと?……くだらん。言葉の遊びを、なれ合いの道具にするな。時間の無駄だ。私を巻き込むな」


その言葉は、僕の心を完膚なきまでに叩きのめした。


***


「…やっぱり、ダメでした」 部室に戻る気力もなく、廊下をとぼとぼと歩く。 その時だった。前方から、柏木先生と、人の良さそうな年配の校長先生が話しながら歩いてくるのが見えた。僕は、慌てて物陰に隠れる。


「しかし、柏木先生も昔は、随分と深夜ラジオに夢中だったじゃないですか。よく、ハガキも送っていたとか。


ペンネームは、確か…」 「…校長、ご冗談を」 柏木先生は、珍しく、少しだけ慌てたように校長の言葉を遮った。 僕の耳には、確かに、その言葉が残っていた。


(深夜ラジオ…? ペンネーム…?)


大喜利通の僕にとって、その二つの単語が意味するものは、一つしかなかった。ハガキ職人だ。 その瞬間、僕の頭の中に、一つの、あまりにも無謀で、しかし、唯一の可能性が、閃光のようにきらめいた。


その夜、僕は家に帰ると、自分の部屋のパソコンにかじりついていた。 インターネットという、無限の情報の海に飛び込む。古いウェブサイト、電子掲示板の過去ログ…。 そして、ある、閉鎖された個人のホームページの、キャッシュとして残っていた記事に、僕は釘付けになった。


『伝説のハガキ職人たちを語るスレ』


そこに、一人のハガキ職人を熱烈に語る、古い書き込みがあった。


『――俺が神と崇めるのは、ラジオ番組「月曜深夜のボトルシップ」にだけ現れた、千年豆苗せんねんとうみょうだ。彼のネタは、他の職人とはレベルが違った。シュールなのに、どこか文学的で、深い知識に裏打ちされた知的な笑い。間違いなく、天才だった――』


千年豆苗。そして、「月曜深夜のボトルシップ」。 間違いない。これだ。


***


翌日の放課後。 僕は、再び、一人で古典準備室の扉の前に立っていた。 「話は終わったはずだが」と、冷たく言い放つ柏木先生。 僕は、震える声で、しかし、まっすぐな目で、彼に告げた。


「……先生。もしかして、『月曜深夜のボトルシップ』の、千年豆苗さん、ですか?」


その瞬間、時が、止まった。 柏木先生の、あの鉄仮面のような表情が、音を立てて崩れていく。 彼の目が、信じられないものを見るように、大きく見開かれる。血の気が引いた顔で、唇が、かすかに震えていた。


カツン、と。 彼の手から、採点用の赤ペンが滑り落ち、床に乾いた音を立てた。

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