「笑ったら、負け」
神田部長の「『まんじゅうこわい』か。いい趣味してるな」という一言に、佐藤大輝の表情が、ただの警戒から「こいつ、何者だ?」という、剥き出しの驚きに変わった。 波乱に満ちた部員勧誘が、今、静かに幕を開けた。
***
そして、翌日の放課後。 僕たち四人が、いつも通り部室でセッションを始めようとしていると、旧視聴覚準備室の扉が、なんの断りもなく、勢いよく開け放たれた。 そこに立っていたのは、昨日と同じ、鋭い目つきの佐藤大輝だった。
「よう」 彼は、僕たちを一人ずつ睨みつけるように見回し、最後に、神田部長に顎をしゃくった。
「一昨日の言葉、取り消せ。『スベるのが怖い』だぁ? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」
「事実だろ?」と部長は、悪びれもせずに返す。 一触即発の空気。ゴクリ、と山田君が唾をのむ音が聞こえた。
佐藤は、大きく舌打ちをすると、挑戦的に言い放った。
「いいぜ、てめえらがやってる『即興』とやらが、どれほどのモンか見せてもらおうじゃねえか」
彼は、部室の真ん中まで歩みを進め、僕たちに向き直る。
「俺が出す三つのお題で、俺を笑わせることができたら、お前らの仲間になってやる。だが、できなかったら、二度と俺の前に現れるな」
それは、彼が叩きつけてきた、果たし状だった。 神田部長は、その挑戦を、待ってましたとばかりに、ニヤリと笑って受け入れた。 「面白い。やってやろうじゃないか」
こうして、佐藤大輝の入部を賭けた、「異種格闘技三番勝負」のゴングが鳴った。
【一番勝負】 佐藤が出す最初のお題は、やはりこれだった。「お題:古典落語『まんじゅうこわい』の、誰も知らない本当のオチ」
「はいはい!」と山田君が勢いよく答える。「結局、本当に怖いのは『世間の目』だった、って言って引っ越していく!」
「次は私」と高橋さんが続く。「『まんじゅうは好きだけど、お前らみたいなヤツは嫌い』って言って、一人で全部食べちゃう」
二人の答えに、佐藤は腕を組んだまま、ピクリとも表情を動かさない。「…フン、くだらねえ」
【二番勝負】 彼は、表情を変えずに、次のお題を出す。
「お題:人情噺『芝浜』。拾った財布がもし本物だったら、あの夫婦は、その後どうなった?」
今度は、物語の創造力が試される。高橋さんが「亭主は味を占めて働かなくなり、結局、奥さんに愛想を尽くされる」と皮肉っぽく答える。その時、僕も、勇気を振り絞って手を挙げた。僕の武器「発見」を活かせるかもしれない。
「……結局、怖くなって交番に届けたら、持ち主からのお礼が商品券で、夫婦で『これで何買う?』ってささやかな言い争いになる」
僕のその、あまりにリアルで情けない答えに、佐藤の眉が、ほんの少しだけピクリと動いた。彼の視線が、初めて僕を「面白いもの」として捉えた気がした。
【三番勝負】 佐藤が、最後の勝負を仕掛ける。
「お題:落語『死神』に出てきたあの死神。あいつ、普段どんなバイトしてる?」
山田君、高橋さん、そして僕も答えを出すが、佐藤の表情は固いまま。 そして最後に、神田部長が、静かに口を開いた。
「深夜のコールセンター。寿命が近い客からのクレーム電話を、優しく聞いているうちに、うっかり蝋燭を吹き消しちゃう」
その答えが、放たれた瞬間。 佐藤の、鉄壁のポーカーフェイスが、ついに崩れた。 最初は、ほんの少し肩が震えるだけだった。
しかし、こらえきれないというように、彼の口から「くくっ…」と奇妙な音が漏れた。 そして、ついに。
「ぶはっ!」
大きな笑い声が、部室に響き渡った。 彼は、腹を抱えてうずくまり、涙を流しながら笑い続けている。
やがて、笑いが収まった頃。彼は、バツの悪そうな顔で立ち上がると、まだ少し震える声で言った。 「…ちっ、しょうがねえな。面白えじゃねえか、てめえらの大喜利」
神田部長は、満足そうに微笑み、「約束、だよな?」と手を差し出す。 佐藤は、その手を一度だけ強く握った。
「…佐藤大輝だ。よろしく」
こうして、五人目の仲間が、正式に大喜利同好会に加わった。




