引力
僕は、布団の上で目を覚ました。
電気は消えたまま、真っ暗だ。
まだ、真夜中かな。
スマホで現在時刻を確認しようと、顔を右に向けて横になった状態から、重い体を起こす。
どこ置いたっけ。
思い出せない。
とりあえず上半身だけ起こして、昨日の記憶を辿ろうとする。
なんだか頭がフラフラする。
ん、ん……。
頭が回らない。
電気を付けてから探そう。
照明のスイッチは座ったままじゃ手が届かない。
だから……
立てない。
体の重心が定まらないような、気持ち悪さを感じる。
力は入るのに。
同時に、意識が覚醒した。
体が重いとか、フラフラするとか。
その程度では済まされない。
明らかに、体に異常があることに気づいた。
座った状態なら、頭や手足は動く。
でも、立てないのだ。
なんで。
自分の体が変形しているのではないかと思い、僕を見回す。
目が暗闇に溶け込んだおかげで、姿を確認できる。
左腕、お腹、右腕、手先まで。
そして、足を確認しようと布団をめくる。
……見えない。
いや、感覚はあるから存在している。
そもそもさっき動かしたし、足先の親指の感覚もあった。
全身の体の形は、正常だった。
問題はそこじゃない。
視界がおかしい。
狭すぎる。
少し先を見ようとすると、途中でプツンと途切れている。
スポットライトの明暗を反転させたような見え方。
それは、暗いという理由で説明がつく訳がない。
立って動くことも、辺りを見回すこともできない。
真っ暗闇にただ一人、座り尽くしている。
気持ち悪さとともに、僕の胸に確かな感情が沸々と湧き出した。
恐怖。
「助けて」
隣の部屋には僕の母親が寝ている。
高まる感情のせいで、掠れ声になってしまったが、それでも、僕に出せる精一杯の声で叫んだ。
「助けて」
感情もなく、声を出し続ける。
段々、声が出なくなってきて……
怖くて目を瞑って、もう一度開けると、僕の視線の先には母親の姿が見えた。
僕は胃液を飲み込んだ。
座っている状態がかなりきつくなってきて、母親の表情を見上げる前に布団に横になった。
目を覚ました時と同じ、顔を右に向けて。
座っていると苦しかったけど、寝ると少し楽に感じる。
でもなんだこの感覚は。
まるで布団の底に誘い込む、いや、引き込むような、だる重い力が僕を動けなくさせる。
母親は、寝ぼけた声で「大丈夫」とだけ言うと、僕の背後に、寝転んでしまった。
違う。
動けないの、助けて。
あれ……?
声が出なかった。
助けて。
喉を震わせる感覚がない。
言いたいことを音にできない。
無音の部屋に、暗闇が降り注くだけだった。
無音。
おかしい。
呼吸の音が聞こえない。
咄嗟に後ろを振り返ろうと、体を動かした。
あれ、寝返りが、打てない。
精一杯力を込めているのに、仰向けの状態から、体を反対側、左に回転することができない。
そうか。
恐怖が脳を支配した。
体の違和感。
重心が定まらない。
気持ち悪い。
そりゃあそうだ。
だって……
僕の血液、筋肉、水分、全部、体の半分に集中してるんだ。
全ての重さが右半身にある。
右向きに寝ていたら、全部、全部、右に偏ってしまった。
……
無言で母親を蹴る。
気づいて。
起きて。
助けて。
叫べない。
無心で。
もう、気持ち悪さすら感じない。
血液が回らなくなった僕の体は、起きたその時から、だんだん、機能を失い始めていて……
目に、声帯に、脳に、異常をきたし。
あれ……?
これって……
呼吸することすら……
うっ、体が苦しい。
ずっと同じ状態だったからだろうか。
寝返りを打つ。
ふと、目が覚めた。
張り付いていたまぶたが開き、目の前に明るい視界が広がる。
カーテンの隙間から日が差し込んできて、ちょっと眩しい。
もう、朝か。
変な夢を見た気がする。
助けて、助けてって。
誰かに呼ばれて。
聞いたことのある声で。
それで私は、そこに行って......
その瞬間、全てを思い出した。
振り返ると、私の隣に横向きの姿勢で倒れている息子の姿があった。
聴覚すら、失っていたんだね。