第19話 重たいお届け物
4人は工房のほとぼりが冷めるまで、ロビーの椅子に腰掛け、軽い会話を交わしながら時間を潰していた。
そんな時、玄関の扉を開く音が聞こえる。
「荷物のお届けに参りましたー!」
扉の先に、短めの金髪の若い女性が立っている。その服装と口ぶりから、おそらく流通業ギルドの者だろうとセラは思った。
「あら?もうお昼過ぎよ、今日はやけに遅かったわね」
「しょーがないじゃない!ほら、こっちきて見てよ」
金髪の女性が手招きし外に置いてある、荷台を見る。その上には、セラの胸元ほどの高さがある木箱と、それより一回り大きな紙袋が積まれていた。
「こんなに重たいのを頑張ってここまで運んできたんだから!」
金髪の女性は駄々をこねるように続ける。
「倉庫まで持って行きたいので、倉庫の鍵を貸して欲しいのと……
結構重たいんで誰か手伝ってくださいよー!」
おそらく、成人の女性であるはずなのに子供じみた彼女の言動にセラは呆れ果てる。
「仕方ないですね。私が、手伝いますよ」
セリーヌも答える。
「そうですね。私も手伝います!あと……男性陣の方……手伝って欲しいのですけど……」
セリーヌの視線が、ジーニョと、ニコの二人を見る。
ジーニョは苦笑いを浮かべたまま、座った状態で杖を取り、自分の足を指し示した。
一方ニコは、テーブルに突っ伏したまま、気怠そうにそっぽを向いていた。
そしてそのまま、ポケットに手を突っ込み、鍵を一つ取り出す。
女性たちの方を一瞥すると、無言のままそれを放り投げた。
鍵は弧を描き、金髪の女性が両手で慌ててキャッチする。
「んもぉ!やる気ないわね!」
セリーヌは腰に手を当てて、ぷうっと頬を膨らませている。
「ま、仕方がないです。私たち3人だけで運びましょう」
セラはそう言い、3人は荷台の方へ向かう。
金髪の女性が先頭で荷台を引き、左右からセラとセリーヌが支える。
「やったー!ラクー!」
三人は、菓匠ギルドの脇に置いてある、屋根の小さい石造りの倉庫の前へと荷車を運んで行った。
木箱をそれぞれ三方向持ち上げようとする。
——だがびくともしない。
想定していた重量とは、明らかに違った。
「ちょっと!?全然持ち上がらないんだけど!」
金髪の女性が甲高い声を上げる。
「膝です!」
セラが即座に声を出す。
「膝に力を入れてください!その方が力が伝わります!」
言われた通り、3人は一斉に姿勢を整え、膝に力を込める。
ようやくじわり、と箱が浮いた。
3人分で分担してなお、腕が悲鳴を上げるほどの重さだった。
「あー!重い!重い!重いー!!」
金髪の女性は相変わらず騒がしい。
一歩一歩、息を合わせながら、倉庫の入口へ向けて木箱を運ぶ。
——しかし。
「あー!もぉ無理、げんかいー!」
金髪の女性が悲鳴を上げ、耐えきれずに木箱から手を離してしまった。
支えを失った箱は一気に傾き、残る2人の手からも滑り落ち、地面に、鈍い音を立てて落下する。
「きゃあ!」
セリーヌはバランスを崩し、そのまま尻餅をついた。
セラは一瞬よろけたが、足を踏ん張り、どうにか体勢を立て直す。
「ああ!ごめんなさいー!!」
金髪の女性は涙目になり、耳障りなほど高い声で何度も謝り続ける。
だがセラは、その声を受け流すように大きく息を吐いた。
「しかし……どうしましょう。倉庫まではあと少しなんですが、ここからもう一度持ち上げるのは、正直厳しいかと……」
セラは倒れた木箱を見下ろし、そう呟く。
「……やっぱり、男性の方を呼びます?」
「いえ……」
答えたのは、立ち上がりながら服の埃を払ったセリーヌだった。
「……あの2人が加わっても、戦力的にはあまり変わらないかと……」
ジーニョの足と、ニコのやる気のなさを思い出したのだろう。
3人の間に、気まずい沈黙が落ちる。
——万事休す。
そう思われた、その瞬間だった。
「おーい!大丈夫かいー!?」
力強い男性の声が、背後から響いた。
振り返ると、先ほど工房で親方を食い止めていた、大柄な男性がこちらへと駆け寄ってくるところだった。
「あ、セヴェリ!来てくれたのねー!助かったわ!」
セリーヌは、さっきまでの落ち着きが嘘のように、声色を一段高くして叫んだ。
「おうよ! ようやく親方が落ち着いてくれてな。今はヌノがなんとかお茶を濁してくれてる」
大柄の男性——セヴェリは、太く鍛えられた腕を腰に当ててニッと笑った。
日に焼けた肌に、白い歯がよく映える。
「……と、どうやらこの木箱を運ぶのに苦戦してるみたいだな。相変わらず親方は、量だけは一人前以上に頼みやがる」
苦笑しながら、セヴェリは3人がかりでも厳しかった木箱へと歩み寄る。
そして、何の躊躇もなく両腕を回し——
「よいしょっと!」
掛け声と同時に、木箱はあっさりと地面から離れた。
セラは、まるで、巨人が山を持ち上げるのを目撃したような目で、それを呆然と見つめる。
その隣でセリーヌはなぜか両手を頬に添え、乙女を見るような目でセヴェリを見上げていた。
「……すごい……」
頬を赤らめ、思わず小さく吐息をこぼす。
「これ、倉庫まで持っていけばいいんだよな? 誰か、鍵を開けてくれ!」
「あ、はいー!今、開けまーす!」
「おう!ありがとな、カーラ!」
金髪の女性——カーラが慌てて倉庫の扉へ駆け寄る。
扉が開くと同時に、セヴェリはそのまま木箱を抱えたまま、カーラと一緒に中へ入っていった。
「ほんと……かっこいいわね……」
セリーヌは官能的な吐息を漏らしながら、赤くなった頬のまま腰をくねらせている。
「なに……してるんですか……」
セラは、状況を飲み込みきれないまま、呆れた声を漏らした。
「だって……セヴェリはかっこいいんだもん……」
その声は明らかに恋慕を帯びた声だった。
「ま、まぁ……あの大きな木箱を運べるのはカッコいいかも知れませんね」
「うん……」セリーヌはそう返し、腕に巻いてある、花のブレスレットを見る。
「それは?」
「これ、セヴェリが編んでくれたの……私のために」
セリーヌはそう言って、ブレスレットを指でなぞる。
「それから私も、同じものを編んでプレゼントしたの。いまは……お揃い」
ちょうど、セリーヌが言い終えた時に、倉庫からセヴェリがカーラと共に出てきた。
セヴェリの太い腕には、確かに同じ花のブレスレットが巻かれていた。
「……お互いを想っているんですね。素敵だと思います」
「うふふ……ありがと、セラちゃん」
セリーヌは、そう言って綺麗な笑顔を見せた。
「うし、次はこの小麦粉を運べばいいんだな!」
セヴェリは荷車の前に立ち、大きな紙袋へと視線を向ける。
紙袋の中身は小麦粉らしく、ぎっしりと詰め込まれているのが一目でわかった。
「そういえば……どうして親方は、こんなに大量に注文しているんですか?」
セラがそう問いかけると、セヴェリは少し困ったように苦笑する。
「いやー、さっきジーニョに投げた生地を見ただろ?
親方はな、ほんの少しでも汚れやミスがあると、作り途中だろうが、完成間際だろうが、容赦なく全部廃棄するんだ。
だからこうやって、いつも大量に注文してるってわけさ」
「……徹底してますね」セラは特段感心した様子もなくそう答えた。
だが、それはそれとして問題は目の前にある。
木箱よりもさらに重そうなこの紙袋を、どうやって運ぶかだ。
「……どうしましょう。流石に、こればかりはセヴェリでも厳しいのでは……」
セリーヌが腕を組み、考え込む。
「4人で運べばいけるって!たぶん!」
相変わらず雑で、単純な答えを返すカーラ。
セヴェリは、そんな彼女の言葉を聞いて、にやりと笑った。
「いや、こういうのにはな、ちゃんといい方法があるんだよ」
セヴェリは一度ギルドの方へと引き返し、しばらくして戻ってきた。
背中には、縄を編んで作られた、背負い用の太い網を担いでいる。
「これを使うんだ」
セヴェリはその場で網を広げた。
一本一本が太く、簡単には切れそうにない、いかにも頑丈そうな作りだ。
「漁獲用の網ですか?」
「ああ、まあ似たようなもんだな。
正確には、小麦粉を運ぶために俺が自分で作ったやつだ」
そう言うと、セヴェリは紙袋を持ち上げることなく、網の上へとずらすように滑らせ、重たい音とともに、紙袋が網の中央に収まる。
セヴェリは四方の縄を手早くまとめ、紙袋全体を包み込むと、そのまま背中へと担ぎ上げた。
あれほど重たかった紙袋が、確かに宙に浮いている。
「……すご……」
セラは思わず目を見開き、カーラは手を叩き、セリーヌは相変わらず、頬を赤らめたままうっとりと見つめている。
「じゃ、俺は先に倉庫に運んでくるな」
そう言い残し、セヴェリは軽々とした足取りで倉庫の方へ向かっていった。
「えー……なんか、私たちが必死に運んでたのが馬鹿みたいじゃないですかー」
カーラは頬を膨らませ、不貞腐れたように言う。
「ま、仕事も終わったし、今日はもう帰りまーす」
そう言って、彼女は空になった荷車を引きながら、さっさと去っていった。
「でも……少し、悩みがあるのです……」
セリーヌは、荷車を引いて去っていくカーラの後ろ姿と、倉庫の奥の扉を交互に見やりながら、ためらうように口を開いた。
「どうしました?」
「さっきの話の続きなのですけど……最近、セヴェリは菓子作りに夢中で……。
次期親方候補とも噂されていますし、責任があるのは分かっているんです。
……でも、そのせいで、私と過ごす時間が減ってしまって……少し、寂しくて……」
(恋愛の相談か……)セラは内心で小さく息を吐く。
セラ自身、これまで恋愛というものに縁のない生き方をしてきた。
誰かに想われ、想う——そんな感情は、彼女の人生設計の中に存在しなかった。
だが、人の心情を分析し、理解することには慣れている。
感情を感情としてではなく、構造として捉える癖が、セラにはあった。
(……そして、この状況は、後々きっと役に立つ)
セラはそう判断し、今この瞬間に浮かんだ考えを口にすることにした。
「セリーヌさん……一つ、良い方法があります」
「本当ですか?」
「ええ。ただし……少し、人目のない場所でお話ししましょう。
こういう話は、聞かれない方がよいですから」
セラはそう言って、静かに手招きをする。
セリーヌは一瞬だけ迷い、やがて頷いた。
二人は倉庫を離れ、ギルドの裏手——
人通りのほとんどない静かな場所へと移動した。
「それで、良い提案とはなんですか?セラちゃん!」
セリーヌは期待を込めた眼差しを向けてくる。
「いいですか?セリーヌさん……それはですね……
——距離を、置くことです」
「距離を置くこと!?」
セリーヌは思わず声を上げ、口元に手を当てた。
驚きと落胆が入り混じったように、その顔色がさっと青ざめる。
「そ、そんなの……逆効果じゃないですか……?」
「ふふふ……違うんですよー」
セラは人差し指をすっと立て、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「人ってですねー、そこにいて当たり前になった瞬間、急に雑に扱い始める生き物なんですよー。
セヴェリさんが菓子作りに集中しているのは、
セリーヌさんが、すぐそばにいるのが自然になってしまっているからです」
セラは軽く肩をすくめる。
「様子を見る限り……セリーヌさん、いつも自然とセヴェリさんの近くにいますよね?」
「で……でも……」
セリーヌは指先を絡めるようにして、言葉を探している。
その様子を見て、セラは間髪入れずに畳みかけた。
「だからこそです。
あえて距離を置けば——あれ?いないぞ?って、必ず気づきます」
セラは自信満々に胸を張る。
「存在の価値を再認識させる作戦。
……理論上は、ですけどね。完璧な作戦です!」
セリーヌは迷うように視線を揺らしたあと、ぎゅっと拳を握りしめ、前を見据えた。
「……うん。わかったわ。私、やってみる!」
その言葉に、セラは満足そうに微笑む。
(……今この瞬間思いついた、だいぶ雑な案だったけど、案外通ったわね!)
内心でひっそりと安堵しながら、セラはそっと息を吐いた。




