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菓子売り少女の魔女殺し  作者: 田川きゆう
第1章

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第16話 謎だらけの街

城門の外側をぐるりと半周するように歩き、やがて階段を降りていく。


セラの意識には、まだ城の姿がこびりついていた。

何度か、名残を惜しむように視線が後ろへと引き戻される。


階段を下り切り、右へ折れたそのすぐ先に、それはあった。


円柱型の、丸く巨大な建造物。

赤茶色の木材で組まれた外壁に、同じ色合いの丸い屋根。

城の威圧感とは異なり、どこか温もりを感じさせる佇まいだった。


「……なんですか、ここ?」


「おもしれーところだよ」


ライはそう言って、軽く手招きをしながら中へ入っていく。


セラも後に続き、円形の建物の内部へ足を踏み入れた。


そして、思わずその場で立ち止まる。


内部の中央に立ち、見上げた先にあったのは——

無限とも思えるほど、積み重ねられた本の壁だった。


赤、緑、茶色。

色とりどりの背表紙が、円形の壁を埋め尽くしている。


窓は少なく、空間は薄暗い。

だが、無数の蝋燭の灯りが、文字と背表紙をぼんやりと照らしていた。


本棚の間を縫うように、螺旋状の階段が上へと伸びている。

それぞれの回廊が大きな穴を開けたように吹き抜けになっている。

その最上部、丸い天井には、おそらく唯一神を象徴するであろう円形の絵画が描かれていた。


左右には別の部屋へ続く入口があり、そこでは窓のない空間の中、

学生と思われる人々が、蝋燭の明かりを頼りに黙々と勉学に励んでいる。


「どうだ?」


ライは、少し得意そうに言う。


「ここは王立図書館。帝都の景色に負けず劣らず、圧巻だろ?」


「……確かに、すごいですね」


セラはそう答えながらも、まだ少し戸惑ったように周囲を見回す。


「でも……そんなにおもしろい場所ですか?」


ライは、にやりと笑う。


「いいや。本当におもしれーのは、ここからさ」


すると、ライはセラの背中に手を当て、そのまま入ってきた扉の方へ押すように歩かせた。


「ちょっ……なんなんですか!?」


「いいから、いいから」


ライは終始笑顔のまま、軽い力でセラを誘導する。

そして扉のすぐ手前まで来た、その瞬間——


——バサッ。


乾いた音が、円形の空間に響いた。


ライはそこで手を離し、セラをその場に止める。


「……え?」


思わず振り返る。


つい先ほどまで何もなかったはずの中央の床に、

いつの間にか一冊の本が、開かれた状態で置かれていた。


セラは、反射的にその場所へ駆け寄る。


本を見下ろし、すぐに違和感を覚えた。

——落ちてきたのだ。上から。


だが、視線を天井へ向けても、そこにあるのは唯一神を象徴する円形の絵画だけ。

上階の回廊から落としたにしても、中央に正確に落とすには、腕が相当長くなければ不可能だ。


「……は?」


思考が追いつかないセラの背後から、ライがゆっくりと近づいてくる。


「はは。どう?面白いだろ?」


「……今の、何なんですか?」


「この図書館じゃ、たまにあることなんだよ」


ライは気にした様子もなく続ける。


「誰かが中央に立っている時や、天井の絵を見上げている間は、決して起きない。

ふと視線が外れた、その一瞬に——こうやって本が落ちてくる」


セラは改めて本を見る。


「誰が落としたのか、それとも誰かに送られたのか……それは誰にも分からない。

だから一種の名物ってわけさ。

唯一神が、この本を読めって言ってるんだなんて言う奴もいる」


そう言いながら、ライは腰を屈めて本を拾い上げる。


「お、今日は冒険譚小説か」


軽い調子で呟くと、そのまま受付へ向かい、手続きを済ませる。


「じゃ、次!」


そう言って外へ出ていくライの背中を、セラは、先ほどの出来事を反芻しながら追いかけた。




2人は、何度も階段を下り、徐々に低い方へと向かっていった。


やがて、下方から多くの人々の声が重なり合った喧騒が聞こえてくる。


その音の中心へと進むと、視界が開け、一つの広い通りへと出た。


通りの両脇にはテントを張った屋台がずらりと並び、

店主たちは行き交う人々に向けて、競うように声を張り上げている。


少し大きな声を出さなければ、すぐにかき消されてしまいそうなほどの賑わいだった。


「さて、ここが商業区だ。賑やかだろ?」


「ええ、そうですね。それに……いい匂いもします」


「はは!もしセラが商売をするなら、だいたいこの辺りになるな」


ライは通りをぐるりと見渡す。


「そうなると、ここにいる連中と“対決”だ」


「……対決?」


「ああ。帝都じゃな、商品を競い合うことで、互いに腕を磨いていくんだ。

声を出さなきゃ、まず気づいてももらえない」


「ふん、これでも声は出ますし!

お菓子だって、村では評判だったんですから!」


セラは胸を張る。


「そうか。そりゃ期待してる」


そう言うと、ライはふと鼻をひくつかせ、通りの一角へ視線を向けた。


「お、今日もやってるな。セラ、うまいもん食わせてやる」


そう言って屋台へ向かい、店主と短く言葉を交わす。

すぐに、串に刺さった料理が二本、手渡された。


ライはそのままセラの方へ戻り、一本を差し出す。


「ありがと……」


受け取ったそれは、大ぶりに切られた肉が三つ、串に刺さったものだった。

肉汁が滴り落ち、香ばしい匂いが立ち上る。


「食ってみ」


促され、セラは一口かじる。


柔らかくほぐれ、口いっぱいに肉汁が広がった。

香草の香りがほのかに鼻を抜け、肉の旨みを邪魔することなく、むしろ引き立てている。


(……羊肉かな)


臭みはほとんどなく、丁寧に下処理されているのがわかる。


「……うーん。美味しい」


セラは、肉でふくらんだ頬を押さえながら、思わず笑みをこぼした。


「だろ?」


ライも満足そうに言い、自分の串にかぶりついた。



そして、二人が肉を食べ終えた、その直後だった。


商業区の空気が、目に見えて変わった。


ざわり、と。

人々の視線が、一斉にある一点へ集まる。


「——おい、危ない!」


叫び声に、セラは反射的に振り返った。


そこには、一本のナイフを両手で握りしめた男がいた。

目は虚ろで、理性の光が感じられない。


男は無差別に人々へ突っ込んでいく。


間一髪で身をかわす者。刃が掠り、血を滲ませる者。

悲鳴と怒号が入り混じり、場が一気に崩れる。


そして——


男の視線が、セラを捉えた。


次の瞬間、男は一直線に走り出す。


だが、素人同然のその動きはセラにとって避けるのことは容易だった。


刃が届く寸前、身をひねり、かわす。

そのまま腕を取り、拘束しかけた——その瞬間。


——ドンッ!


鈍い衝撃音。


男の体が、横へ吹き飛んだ。

全身を石畳に擦りつけるように転がり、動かなくなる。


(……え?)


セラが視線を向けた先にあったのは、一歩踏み出したままの足。


ライだった。


平然とした顔で、男を蹴り飛ばしている。


「……またかよ」


溜め息混じりの低い声。


だが、その声はすぐに、周囲の喧騒に飲み込まれた。


「うおーっ!さすがだー!」「かっこいいぞー!」「きゃああっ!!素敵ー!!」

称賛と歓声が、嵐のようにライへ向かう。


しかし当の本人は、歓声に一切目を向けない。

蹴り飛ばした男から、視線を外さず、どこか不服そうな表情を浮かべていた。


セラは、蹴り飛ばされた男へと視線を戻した。


男は、ぴくりとも動かない。


一瞬、気絶しただけかとも思った。

だが、それにしては様子がおかしい。


男の呼吸音はない。

そして、目は——

見開いたまま、閉じられていなかった。


(……死んでる)


頭を強く打ちつけた形跡はない。

血も、致命傷になるほどは出ていない。


それでも、男の体は、完全に動きを失っていた。


(な、なんで……)


周囲では、さらにざわめきが大きくなる。


「ライのせいじゃないさ!」「いつものやつだろ!」「可哀想に……」


商業区の屋台にいた年配の男が、慣れた口調で声を張り上げた。


「あれはライのせいじゃありませんよー。

突然、人が人格が変わったみたいに暴れ出すんです。

商業区で、何人も傷つけて……

で、散々暴れたあと、毎回ああやって死ぬんですよー」


どこか諦めきったような言い方だった。


「あなたも、わかってるでしょう?」


その言葉に、ライは答えない。


ただ俯き、短く舌打ちを鳴らした。


そして、何も言わずセラに近づき、その腕を掴む。


「セラ。早く、次行こうぜ」


有無を言わせぬ力で、引き寄せられる。


その手は少し痛かった。


だが、セラの胸を占めていたのは、痛みではない。


引きずられながらも、視線は離れない。


石畳に横たわる、あの男。


(……あの死は)


心の奥で、確信に近いものが芽生える。


(魔女の仕業だ。

誰かは分からない。でも、あの男は——

“使われて”、そして捨てられた)


では、なぜ。


なぜ商業区で暴れさせた?

なぜ、こんな目立つ場所で?


(目的は……何?)


セラの思考だけが、帝都の喧騒から取り残されていた。




商業区の隅、小さな丘の上に作られた公園へと足を踏み入れた頃には、ライはすでにセラの手を離していた。


一本の細い木を中心に、円を描くようにベンチが置かれている。

人影はほとんどなく、商業区の喧騒が嘘のように遠かった。


「さっきは悪かったな」


ライが口を開く。


「強く引っ張っちまった。腕、大丈夫か?」


セラは自分の腕に目を落とす。

赤く跡が残っているわけでもない。


「はい、大丈夫です。それより……」


顔を上げ、ライを見る。


「変ですね。ライみたいな人が、あそこまで取り乱すなんて」


「ああ……そうだな」


セラは一歩踏み込み、抑えていた言葉を吐き出す。


「あれは一体なんなんですか。なぜ、あの男は突然暴れ出して、なぜ、あんなふうに死んだんですか」


焦燥からか、語気が強くなるのを、自分でも自覚していた。


ライは何も答えず、踵を返す。


ゆっくりと公園の端まで歩き、フェンスに腕を預け、丘の下に広がる街を見下ろした。


しばらくの沈黙のあと、フェンスに背中を預けるようにして、ぽつりと言う。


「俺にも、わかんね」


その声は、軽くも、投げやりでもなかった。


困ったように眉を下げ、それでも口元には、いつものように薄く笑みを浮かべている。


セラはその目を見る。


——嘘をついているようには、見えなかった。


「……そうですか」


それ以上、踏み込むことはしなかった。


セラはライの隣に立ち、同じ景色を眺める。


夕日に染まる商業区。

城壁も、屋根も、人影も、長い影を伸ばしながら、一日の終わりを名残惜しむように沈んでいく。


「いい場所ですね。静かで、空気も澄んでいて」


「だろ?俺がガキの頃から、よく遊んでた場所だよ。

大人になった今でも、たまにこうして来る」


「大人になった……?」


セラは横目でライを見る。


「ライがですか?あんなに遊んでばかりなのに?」


「ははは!失礼だな!少なくとも、セラよりは大人だぞ」


ライは胸を張るようにして言う。


「背も高いし、力もあるし」


「それ、あまり大人の基準には聞こえませんけど……」


「はは!じゃあ、どういう意味なんだろうな!」


そう言って、ライはまた屈託なく笑った。


それきり、二人は言葉を交わさず、しばらく景色を眺める。


春風が丘を吹き抜け、ライの赤茶色の髪がふわりと靡かせる。


やがて、ライが静かに口を開く。


「なぁ、セラ。この国のこと、どう思う?」


「どう思う……ですか」


少し考えてから、セラは答える。


「変なことさえ起きなければ、穏やかで、とてもいい国だと思います」


「……そっか」


ライは小さく頷き、


「じゃあさ……」


言いかけて、言葉を切った。


「……いや、なんでもない」


そして、いつもの調子に戻る。


「近くに酒場があるんだ。続きは、酔ってからにしようぜ」


セラは思わず、小さくため息をついた。


「……そうですね」




酒場の扉を開けると、すでに店内は活気に満ちていた。

鎧を脱いだ兵士たちが無造作に椅子へ腰を下ろし、大声で笑い合いながら酒を酌み交わしている。

まだ陽は完全に落ちきっていないというのに、彼らはすでに酔いの海に身を沈めていた。


ライはセラを手招きし、カウンターの隅に置かれた、背もたれのない木製の丸椅子に並んで腰掛ける。


「マスター、いつものを二つ」


「へい……」


無愛想な返事とともに、林檎酒の入った木杯が差し出された。


「ほれ、飲んでみ」


セラは杯を取り、一口含む。

——酸味が強く、舌に渋みが残る。だがその直後、林檎の甘さと芳醇な香りが鼻を抜けていった。


「……美味しいですね」


「だろ?ここの林檎酒は外れねぇ」


ライは二口ほど飲み、ふぅと息を吐く。


「なぁ、セラ。ここ、なんか変だと思わないか?」


「……兵士の人たち、ですよね」


セラは視線を店内へ向けた。


「まだ日も沈みきっていないのに、あんなに酔っているということは……

随分前から飲んでいた、ってことになります」


「そうだ」


ライは低く頷く。


「この帝国はな、南に海、北に山脈を抱えた、

まるで自然に守られた宝石箱みたいな国だ」


彼は酒を揺らしながら続ける。


「海は交易と恵みを運び、山は外敵を拒む壁になる。

水も土地も豊かで、鉱石や宝石まで取れる。

戦争なんて、長いこと縁がなかった

……だから兵士が無用の飾りなんて言われている」


ライは苦笑し、杯を置く。


「それなのに、最近は兵士の数をやたらと増やしている。

税金は高くなる一方だ」


セラは眉をひそめる。


「それって……」


「ああ。一部じゃ、帝国が戦争を仕掛ける気なんじゃないか、って噂されてる」


「戦争……?」


「ま、そうでなくても、この国は謎だらけだ」


セラは顎に指を当て、思案する。


「今日見た、図書館で勝手に落ちてきた本も……

商業区で突然暴れ出して、死んだあの男も……

確かに、どれも変ですね」


「だろ?」


ライは小さく肩をすくめる。


「最近じゃ、人が突然死ぬ、なんて噂まで出てる。

今日の商業区の一件みたいなのが、たまにあるらしい」


セラの眉が、わずかに動いた。

——それは、魔女の仕業である可能性が高い。


「突然死……原因は?」


「さっぱりだ。何ひとつ掴めてねぇ」


セラは林檎酒を一口含む。

やはり酸味が強い。


「……そういえば」


彼女は杯を置き、ライを見る。


「さっき、公園で言いかけてやめた言葉がありましたよね?」


「ん?あぁ?」


「ありました。確かに」


ライは一瞬、杯へと視線を落とし、それから笑う。


「いやー……覚えてねぇな」


目は、合わせない。


「帝国もそうですけど……あなたも、相当謎ですね」


「ははは。よく言われる」


セラは、まだ数口しか飲んでいないはずなのに、

この空気と、この男のせいで、ほんのりと酔いを感じていた。


「さて、セラ」


ライは体を向き直し、片手を大きく広げる。

口角を吊り上げ、まっすぐに彼女を見据える。


「ようこそ——

謎だらけの街、帝都へ」

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