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菓子売り少女の魔女殺し  作者: 田川きゆう
第1章

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第13話 宿屋の魔女③

セラは、宿へと戻り、2人がいる部屋の扉を開く。

相変わらず、エルナは涙を流し続けており、その声は枯れている。それに対し、ヴァルはある程度落ち着いたようで、エルナの崩れ落ちた背中をさすって慰めている。

やがて、ヴァルはセラに気づいたように、振り返る。


「……あ、おかえりなさい。リオは見つかりました……?」


セラは首を横に振る。


「そうですか…」


ヴァルは、そっと息を吐く。それはまるで安堵の息のようなものだった。


「ほら、エルナ……ここから出よう。爺さんの遺体は帝都に連絡して回収し、埋葬してもらおう」


ヴァルはエルナに優しく声をかける。


「うん……」


エルナはヴァルに支えられながら立ち上がる、ふと、ヴァルはセラに振り返り声をかける。


「セラさんも、出ましょう」


「ええ…でも、一度荷物まとめさせてね。少し多いから部屋で、てこずってしまうかもだけど…」


「そうですか、宿主に迷惑かけないように早く出ていきましょうね」


そう言って、ヴァルは、部屋を後にしていった。


——これで準備は整った。それは魔女も同様。あとはその瞬間を待つだけだ。


セラも、部屋を出て、元いた自分の部屋へと戻った。引き戸を完全に閉めるのではなく、ほんの少し、紙一枚程度の隙間を開け、耳を澄まし、その隙間から廊下そして、階段を見る。


宿の玄関の扉が開かれ閉じた音が聞こえる。そして、しばらく経つと、再び、開く音と閉じる音。そして、ギシギシと、音を鳴らし、歩く音。階段を登り、2階の廊下へと魔女は現れた。


階段を登る足音が、二階の廊下へと近づいてくる。

やがて、魔女の姿が現れた。

魔女は一度だけ、ガルドの遺体が横たわる部屋の扉を開け、そして、わざと音を立てて閉める。

それは、自らが、部屋に入ったことを周囲に違和感を持たせないための、動作だった。


そして、腰を大きく屈め、膝と爪先を使い床を這うようにして、音を立てず階段の方へと向かう。


魔女はポケットから、小型のナイフを取り出した。

刃先は細かくギザつき、硬い木材を削るための形状をしている。


階段の二段目。

その端にナイフを差し込み、静かに削る。

やがて板が外れ、床にそっと置かれた。

露わになった空間の奥から、布袋を引きずり出す。


三つの袋。それに、セラのものと思しき袋。

魔女はそれらを無理やりポケットへと押し込んだ。


セラはその後ろをにじり寄り、音も立てず。背後から、左手で口を押さえて、右手で、脇を通して魔女を拘束する。

声をあげる暇すら与えない。


——魔女の正体はヴァルだった。


魔女は、リオの肉体に宿っている間に、セラとフェンリス家全員の金品を盗み出し、それらを階段の下に隠した。


そして、あたかも「盗みを働いたリオが、そのまま失踪した」かのように見せるため、宿を飛び出し、森の奥へと向かう。


そこで魔女は、ヴァルに《乗っ取りの魔法》を発動した。


リオの肉体はその場に残され、魂を失った抜け殻として、森の中で命を落とす。


一方、ヴァルの肉体へと移った魔女は、すべての罪と責任を「失踪したリオ」へとなすりつけた。

これはエルナが魔女ではない理由、それは単純。

受動的で、ヴァルや他の人間に依存気味のエルナは魔女として、他者の行動を管理し、自らが魔女ではないように立ち回るには、そのエルナの性格ではあまりにもリスクが高すぎる。


そうして魔女は、ヴァルの身体を乗っ取って、隠しておいた金品を回収し、何事もなかったかのように立ち去るつもりだったのだ。


だが、それも失敗し、セラに肉体の自由を奪われ、死という概念が形を持って、魔女——ヴァルへと絡みつく。


両腕を持ち上げられた状態のヴァルは、抵抗しようにも、虚空を掴むように腕を振るばかりだった。


「……初めまして。私は、魔女よ」


セラは、ヴァルの耳元でそう囁く。


その瞬間、ヴァルの身体が、恐怖に怯えたように小さく震え、それまでの抵抗が、嘘のように止まった。


セラは左手で口を塞いだまま、背後から身体を密着させ、重心を崩す。

一気に体勢を入れ替え、ヴァルを引きずるようにして、二階の廊下へと運んだ。


そしてガルドたちがいた部屋をわざと音を鳴らして開け放ち、階段と逆の方向を向かせる。


「悪いわね……ここだと、自殺偽装ができないの」


セラは、ヴァルの左ポケットに差し込まれていたナイフを抜き取る。

そしてそれを、無理やりヴァルの右手に握らせる。


セラはその手を上から掴み、さらに自分の手を重ね、刃先の向きを制御する。


もう片方の手で、ヴァルの頭を後ろへと強く反らした。


首筋に、一本だけ浮き上がった太い血管が見える。


そこへ向かって、ヴァルの腕を、セラが導いた。


「ん”―――!! ん”―――!!」


声にならない悲鳴。最後の力を振り絞ろうとするが、セラの拘束から逃れることはできない。


そして刃が線を書く。


次の瞬間、温かい液体が弾けるように溢れ、廊下の木床に、暗い染みを広げた。


やがて、ヴァルの身体から力が完全に抜け落ちる。膝が折れ、鈍い音を立てて、血の溜まりの中へと崩れ落ちた。


廊下に残るのは血の匂いと、静寂。


セラは、肉体から流れ出た血液を踏まぬよう、

つま先に力を込め、慎重に歩いた。


そして一度、自分の部屋へと戻る。扉を閉め、

もう一度扉を開け、廊下へ視線を向けた。そして、深く一息。


「きゃーーーーー!!!!」


甲高い悲鳴が、古びた宿の二階全体に響き渡り、重たい空気を震わせた。


「どうした!」


慌てた様子で階段を駆け上がってきた宿主は、

二階へ辿り着いた途端、廊下に転がる血みどろの死体を目にする。


片手で口元を押さえ、「……うっ……」と、喉を鳴らした。


「宿を出る準備をして、部屋から出たら……こ、こんなことに……。怖くて……怖くて……」


セラは、わざと瞼の奥に涙を溜め、腰が抜けたようにその場に崩れ落ちる。


恐怖に怯えた、か弱い目撃者。

全ては、自分がやったことであるが、それを誰にもバレないように——完璧に演じ切る。


ガルドたちがいた部屋の扉は開け放たれ、その手前の廊下で、ヴァルは倒れていた。

首は深く切られている。凶器は、ヴァル自身の右手に握られたままのナイフ。


周囲から見れば、彼は自らの手で命を絶ったようにしか見えない。


ガルドの突然死。

リオの失踪。

立て続けに起きた出来事による精神的動揺。


——自殺と判断するには、十分すぎる状況だった。


宿主は、込み上げてくる吐き気を必死に堪えながら、低く、震える声で言った。


「……わかった。ここは俺が何とかする。お前は……外に出ていろ」




外に出ると、地面に帯びていた霧はすっかり晴れ、ぬかるんでいた土も乾いて、硬く固まり始めていた。

その穏やかな朝の空気とは裏腹に、すぐ隣では、エルナが相変わらず号泣している。

セラは声をかける気も起きず、黙々と貴重品を荷車へと積み込んでいった。


やがて、宿主が、毛のない頭をぽりぽりかきながら、外に出る。


「……もう、片付きましたか?」


セラはそう尋ねる。


「ああ……これから帝都に向かって遺体の回収をしてもらう」


宿主は馬小屋から、馬から固定していたロープを外す。


「はぁ、絵画もどっかいっちまったし、あらかた誰かさんが盗んだんだろうけど……」


ため息をつきながら放たれたその言葉と同時にエルナへと視線が向かっている。


セラも、エルナを見る。

エルナのある一点に、セラはその小さな、あまりに単純な見落としに、思わず小さく吹き出してしまう。


(おそらく……絵があるのは、あそこね)


セラは、ひっそりと静まり返った馬小屋へ入り、積み上げられた牧草を掻き分ける。

そこには一枚の真っ直ぐな紙があった。

それを引っ張り出すと、優しい笑みの女性の絵だった。


「宿主さん、ありましたよ!」


セラは声高々に絵を宿主に見せる。


「おお!そこにあったのか!よかった!よかった!

……でも、なんでそこにあるんだ?」


視線をもうもう一度エルナの方へ移す。

相変わらず、わなわなと震えている。


「よ、よ、よ、よかったですね……見つかって……それでは私はこれにてー……」


震えを抑えないまま、エルナは早急にその場を離れようとする。


「ちょっと待ってください」


セラは後ろからエルナに向かっていう。そしてエルナの方へどんどん近づく。


「あの絵、あなたが盗もうとしたんですね?」


「ななな、何を言っているの!?わ、私が盗んだっていう証拠はあるの!?」


セラは、エルナの髪へ手が伸び、一本の牧草を取る。


「今朝から付いてましたよ? どうしてなんでしょうかねぇ?」


そして、もう一歩だけ近づき、鼻先をわずかに歪ませる。


「……それに、絵のニスの匂い。手からします」


「えっ……うそっ!そんな匂っているはずが……」


エルナは自らの指先を鼻に近づける。

セラはその滑稽な様子に思わず再び吹き出してしまう。


「なんてね」


エルナは恥を感じたのか、わずかに顔面を赤面させるが、その後、恐怖により身体から、力が抜ける。腰が崩れ、膝が地面に落ち、震えが止まらなくなる。

セラは何も言わず、ただ視線だけを下へ向けた。


「ほう……そうかい。なるほどな。ってことは、つまりコイツは泥棒ってわけだ……」


腰の抜けたエルナは、もはや抵抗することも、逃げることもできない。

そしてロープで、エルナをぐるぐる巻きに縛り上げる。

そして、投げ込むように、宿の中へ入れる。


「ふぅ……これで一見落着だな。助かったよ。嬢さん」


「いえ、見つかってよかったです。大事なものなんですか?」


「ああ……そうだな、帝都で暮らしている俺の奥さんを描いた絵なんだ。俺が、寂しくならないようにな」


強面のその男性に意外な一面があると、セラは少し目を丸くする。


「……そうだったんですね。では、私はこれにて失礼します。また、いつか利用しますね」


セラはそう言って宿の近くに泊めておいた荷車の固定を外す。


「お?そんな大荷物もって、どっか行くのかい?」


「ええ、これから帝都に向かうつもりです。そのための荷物です」


「そしたらコイツのに乗っていくかい?」


宿主は親指で馬の方を指差す。その馬は、ガッチリとした体躯で、筋肉質だ。


「え!いいんですか!」


「おうよ!」


そして、宿主は馬と荷車を手際よく、繋ぎ固定し、宿主が前にセラはその後ろに馬の背中に乗り、帝都へ向けて走り出した。


揺れる景色の中で、ふと、一つ気になっていたことがあった。それはガルドの死因だ。

リオが魔女で、ヴァルへと乗り移った。

つまり、ガルドは魔女に殺されたわけではない。

だとすれば、ガルドの死因は、ただの老衰だ。


(あれだけ人のものを盗んで、悪さばかりしていた人間が、穏やかに眠るように死ねたっていうのは……少し腹が立つな)


セラはそっとため息を吐いた。

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