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菓子売り少女の魔女殺し  作者: 田川きゆう
第1章

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第12話 宿屋の魔女②

室内は、悲しみに満ちているはずだが、それと同時に、どこか言いようのない違和感が漂っている。


二人の顔は涙で濡らしている一方、ぴくりとも動かないガルドは、顔の血液が全て抜け落ちたかのように、青白く変色していた。


セラは内心で舌打ちをかます。


(……判断がつかない)


魔女の魔法によって死亡した人間は、外傷は残らず、死体は老衰とも衰弱とも見分けがつかない。

この死が 本当に老衰なのか、それとも 《殺しの魔法》によるものなのか、あるいは 《乗っ取りの魔法》を使ったあとの抜け殻なのか。

今の段階では、どれとも断定できなかった。


フェンリス家の内情は詳しく知らない。

だが、魔女がガルドを殺すだけの動機があったとしても不自然ではないし、逆に、歪んだ形であれ家族愛があったとしても、おかしくはない。


セラは、泣き続ける2人の間にそっと声をかけた。

背後に気づいた男性の方は、セラの方へ振り向く。


「あ、あなたは……?」


「私はセラ。ガルドについて教えてくれませんか?」


男性は、袖で涙を拭き、口を開く。


「朝、起きたら……爺さんが、もう……」


一度言葉を詰まらせてから、続ける。


「……盗みばかりするし、酒癖も最悪でした。でも、俺たちには優しかったんです。

盗んだ物も分けてくれたし、盗みのやり方まで教えてくれて……」


どうしようもない家族である。

セラはこみ上げかけた呆れを、どうにか喉の奥でぐっと押し殺した。


「年も相当とっていたし……いつかその日が来るのではないかと思っていたのですが、それが今日だとは思わなかったです……」


男の言葉を聞きながら、セラの意識は別の違和感に引き寄せられていく。

それは、部屋にいるのは、ガルドを除いて二人だけであること。


「……あれ?」


ぽつりと、独り言のようにセラは呟いた。


「ガルドさんのお孫さんって、確か三人でしたよね。

……もう一人は、どこにいるんですか?」


そう、質問した途端、もう1人の女性が、涙で濡れた顔を拭くことせず、セラへ向き直って叫んだ。


「そうよ!リオが全部盗んでいったんだよ!私たちの金品を含めて全部!全部よ!そしてどっかに姿を消したのよ!朝起きたらいなくなっていたの!」


「リオが、そんなことするやつじゃないだろ!エルナ!」


「そしたらヴァルは誰が盗んだっていうのよ!」


二人の怒鳴り合いが、悲嘆の空気をさらに荒らしていく。


ここにいる男がヴァル、この女がエルナ。

そして姿を消したのが、リオという名前なのだろう。


エルナの声は怒りに満ちていたが、やがて再び崩れ落ちるように悲嘆へと変わる。


「ああ……私たちこれからどうすればいいの……お爺ちゃんは死んじゃったし、お金は全部リオに盗まれてしまったし……」


女性の涙は、ガルドが死んで悲しみに暮れていたわけではなく、この先の将来がさらに心配であったという自分勝手な涙に本当にどうしようもない家庭であると、そう実感してしまった。

セラはこみ上げた呆れを、押し殺すこともせず、ため息という形で吐き出す。


「わかりました。私が、リオという方を探してきます」


二人が、はっとこちらを見る。


「あなたたちは、昨夜、遅くまで酒盛りをしていたんでしょう。失踪したのは、明け方。

今から追えば……まだ、間に合う可能性はあります」


セラは踵を返し、部屋から退室しようとすが、後ろからヴァルが声をかける。


「あの……この件は、俺たちの問題なので……

俺たちだけで、解決するべきだと思うんです……」


(誰が、あんたたちのためだけに動くっていうのよ……)


セラの金品も、すでに盗まれている。

このままでは、帝都に入ることすらできない。


それに——もしガルドが元々魔女で、リオに乗り移って逃げたのだとしたら。


……放っておけるはずがなかった。


セラは振り返り、とりあえず、雑に微笑んでみせる。


そして何も言わず、部屋を後にした。


涙に暮れる二人へもう一度だけ軽く目をやり、

セラは扉を音を立てぬよう、そっと閉めた。


そして二階から一階へと続く階段を降りていく。

昨日と同様、木製の段は ギシ、ギシ と鈍い音を立てていた。


——だが、その途中。

一段だけ、一瞬、音が鳴らなかった気がする。


(……?)


ほんの些細な違和感。

だが今は、わざわざ気にしている余裕はなかった。

セラはそのまま一階へと降りきる。


フロントは、昨夜の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

だが、いくつか 明らかに異なる点 があった。


昨日、壁に掛けられていたはずの女性の絵は剥がされ、額縁だけが残っている。

そして、カウンターに立つ宿の主人は、

額に青筋を浮かべ、露骨に不機嫌な表情をしていた。


もともと強面のその顔が、さらに威圧感を増している。


「お……おはようございます……」


セラは慎重に歩み寄り、感情を逆なでしないよう、控えめに挨拶をする。


「おう……おはよう」


不機嫌ながらも律儀に返ってきた挨拶。だがその声は、昨日より明らかに低かった。


「少し……外に用事がありまして。すぐ戻りますので……」


セラは店主を横目に軽く一礼し、そのまま玄関の扉を引く。


外は、昨夜の大雨が嘘のように晴れ渡っていた。

蒼い空から降り注ぐ日差しが、ぬかるんだ地面を照らしている。


雨水を含んだ土からは、温められた湿気が白い霧となって、うっすらと立ちのぼっていた。


セラは、すぐに視線を足元へ落とす。


「……昨日は、あれだけの大雨。このぬかるみなら、足跡が残らないはずがない」


石造りの段差を降り、霧のかかった地面を丁寧に観察する。


「……あった」


うっすらと残った靴の痕。

その足跡は、宿の正面から外れ、木々の生い茂る森の奥へと向かって伸びていた。


だが、セラは足跡を眺めながら、ふと——別の違和感に気づいた。


視線を横にずらすと、昨日と同じように馬小屋の馬が、黒く大きな瞳でこちらをじっと見つめていた。


もし金品を盗んで逃走したのなら、普通は馬も奪って、遠くまで一気に逃げるはずだ。

徒歩よりも圧倒的に早く、追跡も困難になる。


だが馬はそのまま小屋に残り、地面に残るのは 蹄ではなく、人間の靴跡だけ。


セラは、その矛盾が胸の奥で静かに引っかかった。


そして同時に、霧のように曖昧だった一つの真実が、少しずつ輪郭を作り始めていた。


以前、リディアの件では、推理に時間がかかってしまった。「魔女は殺した肉体を必ず奪うもの」

——その前提に囚われていたせいだ。


だが今回は、以前のことを反省し、その固定観念を捨てて、まず足跡だけを信じることにした。


セラは続く足跡を追い、木々と草を手でかき分けながら森の奥へ進む。


誰かが通った痕は明らかだった。雨に濡れた草木は踏みしだかれ、倒れた葉が獣道のように一方向へ折れている。


長い枝葉が日差しを遮り、濡れた草は乾かぬままセラの服にしっとりとまとわりつく。

じわりと広がる湿り気が、不快感となって肌に残った。


そうして、しばらく真っ直ぐ進んだところで——


足跡が、途切れた。


セラは息をのみ、視線を前へ動かす。


そこにそれはあった。


——死体。


ぬかるんだ地面に、うつ伏せになって倒れている。おそらく、リオと呼ばれていた男だろう。


周囲の草は倒れ、死体の輪郭を縁取るように広がっていた。

雨水に濡れた髪が土へ張り付き、体は冷たい土の中に沈み込むように静止している。


セラは、息を失った死体の身体を検める。


外套のポケット。内ポケット。脇の下。口内。

衣服の縫い目や、身体の下。


ありとあらゆる「隠せそうな場所」を、慎重に確認していく。だが。


盗まれたはずの金品は、どこにもなかった。


「……やっぱり」


しかし、その結果は、セラにとって予想通りだった。


まるでこの死体が、「金を持って逃げたのはリオだ」そう思わせるためだけに、ここへ置かれたかのようだ。


一瞬、ガルドがリオに乗り移ったという可能性も脳裏をよぎった。


だが、それはすぐに否定される。


《乗っ取りの魔法》には、明確な制約がある。

一度発動すれば、次に使えるまで 16時間のインターバル が必要だ。


つまり、ガルド → リオ → さらに別の誰か、

という連続した乗っ取りは、時間的に不可能。


となれば、残る可能性は、ひとつだけ。


魔女は、最初からリオだった。失踪は偽装。

死体は入れ替わりの痕跡。


そして盗まれた金品はまだ、宿にある。


——あとは、動くだけ。


セラは立ち上がり、再び宿の方角へと向かう。


濡れた草木をかき分けながら森を抜け、足を取られていたぬかるんだ土も、もはや気にならなかった。

今の彼女にとって、その不快感は意味を失っていた。

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