第9話 出立
ドン——!
頭の中でそんな効果音が鳴り響くほどの、眼前に現れたのは、途方もなく巨大な肉の塊だった。
セラの胴体よりも太く、丸太のようにずっしりとしたそれが、大皿に鎮座している。油と肉汁がきらきらと光を反射し、見るからに迫力満点だった。
(な、なにこれ……大きすぎない? 豚? 羊? 鳥……いや、鳥ならこんな太さなわけないし……)
セラが困惑する間に、マリーは何の迷いもなく、専用のカービングナイフでその肉を薄く削ぎ取る。肉の断面には美しいピンク色が広がり、じんわりと湧き出す肉汁とハーブの芳香が、広い食堂の空気を満たしていく。
そしてその一枚を、パンの上にそっと乗せて、セラの前に差し出した。
「どうぞ」
(どうぞ……って、どうやって食べるのよ、これ)
セラは戸惑いながらも、視線を左右に走らせる。クラリッサとマルタが、微笑みをこちらに見せている。
仕方なく、セラはフォークを肉に突き刺す。重みで一瞬バランスを崩しそうになりながらも、意を決して口元に運ぶ。そして、恐る恐る一口。
……噛みきれない。
(えっ?)
舌や犬歯を使っても、なぜか思ったように裂けない。焦ってフォークを引くと、肉の繊維は音もなくすっと裂けて、だらりと口元に垂れた。
それを器用に舌で引き込んで口に収めると——
まず、ふわりと鼻腔を駆け抜けるレモンのような爽やかな酸味。続いて、歯を立てると肉の繊維がほろりとほどけ、内側からジュワリと熱い肉汁が溢れ出す。コクのあるソースと混ざり合い、口の中を満たしていく。
何度も噛みしめるうちに、濃厚な旨味の中にほんのりとした甘みが現れ、それがまるで別れを惜しむように、静かに喉奥へと流れていく。
(……お、美味しいっ! なにこれ、こんな味、初めて!)
思わず目を見開くセラ。その顔を見たクラリッサとマルタは、小さく笑っていた。
そして、セラは視線をそっと肉の横へとずらす。
そこには木杯が置かれており、深い赤紫の葡萄酒がなみなみと注がれていた。
木製の器からほのかに香る樹の匂いが酒に移り、まろやかな余韻を加えている。
以前は薄められたものばかりだったが、今回は違う。
これはもう、原液だ。
セラは静かに唇を寄せ、ひとくち含んだ。
舌の上に広がるのは、熟成された果実の甘みと、ほどよい渋み。
豊かなコクが舌をなめ、香りが鼻腔を通り抜ける。
熟れた果実に、どこか土と風の記憶が宿ったような、そんな複雑な香味。
思わず、笑みが溢れる
(……こっちも、最高)
そして次の瞬間、セラの中で最適解が導き出される。
パンの上の肉をひとくち齧る。
ジュワリと広がる肉汁とソースの旨み——
その脂を、すかさず葡萄酒で流し込む。
味が混ざり合い、絶妙なハーモニーを奏でる。
それは、まるで祝福のような瞬間だった。
(し、しあわせぇ……)
セラの顔は、水に長時間浸けた親指のように、ふにゃふにゃにとろけている。
クラリッサとマルタも、肉を頬張りながら満ち足りた表情でテーブルを囲んでいた。
そんな和やかな空気の中、突然——
「マルタ、調子はどうだい?」
ユリウスがいつの間にか席を立ち、マルタの背後から肩に腕を回してきた。
(あれ?ユリウスいたんだ。全然気づかなかった)
セラは心の中で呟きながら、ソースが染みたパンを無言で口に運ぶ。
「エレーネ様が亡くなり、リディア様も亡くなった。これはおそらく、この村にかけられた呪いだ……だが心配いらない。私が、君を守ってみせるから!」
ユリウスは胸に手をあて、まるで舞台俳優のように高らかに宣言する。
(……ハルバン家との繋がりが必要だからって、今度はマルタに乗り換える気?)
セラは思わず目を細め、呆れたようにパンをかじる。
すると、マルタがピシャリと返す。
「嫌です!私、あなたのこと……嫌いなんです!」
「は?」
「一途じゃないあなたなんて、だいっっっっきらいです!」
マルタの声は怒りに満ちていた。目を見開き、真っ直ぐユリウスをにらみつけている。
「……そ、そうか。まぁ、私のような魅力が理解できるには、まだ少し早かったかな……」
ユリウスは平静を装うが、額には玉のような汗が滲んでいた。
そのままくるりと踵を返すと、クラリッサのもとへ向かう。
「クラリッサ殿! 私はあなたのことを、ずっと美しいと思っていました! どうです、今夜は私と——」
(うわ、きっしょ……)
セラの顔が引きつる。
呆れ顔から一転、まるで得体の知れぬ何かでも見たかのような目つきになる。
「いえ、お断りします」
クラリッサはユリウスに一瞥もくれず、冷たく言い放った。
「それに——ヴェルティア家とは縁を切らせていただく予定です」
「な、なんだって……?」
「あなたは、もう、ヴェルティア家に帰っていただきます」
ユリウスは一歩後ずさり、顔が見る見るうちに青ざめていく。
「なぜだ!俺の力が必要なはずだろ!俺は帝国で名を馳せる薬草ギルドの理事の息子だ。俺と手を組めば、帝国との交渉はもっと有利になる!水源の保護も——それができれば、この村に永遠の安寧が——!」
必死に捲し立てるユリウス。だがその姿は、まるで見苦しい亡者のようだった。
「ヴェルティア家と繋がることこそが領主としての意義であり、あなた自身の望みであるだろう!それは頭の悪いあなたにでもわかるはずだろう!」
ユリウスはもはや焦りを超え、クラリッサを半ば罵倒し始めた。 しかし、クラリッサはそれに気に留めず、一口葡萄酒を飲む。
「あなた……本当に馬鹿ね」
クラリッサは静かに言った。
「ヴェルティア家と繋がれば水源の保護ができる?ドグラスが統治していた時代から、この水脈は帝国の介入を許さずに保ってきた。それのどこに、今更あなたたちと協力して保護をするべき理由があるとでも?」
クラリッサは、目の前のユリウスを一瞥もせず、まるで埃でも払うかのように冷たく言い放った。
「わざわざ保護を謳ってまでこの村に来た理由——それは、水源を奪うためだったのでしょう?」
ユリウスは目を見開き、その熱弁が喉の奥で詰まる。
「何を……馬鹿なことを!」
「お黙りなさい」
クラリッサは、初めてユリウスに鋭い視線を向けた。
「ドグラスが死亡し、ハルバン家当主が私になったちょうどそのタイミングであなたたちヴェルティア家がこの村に来て交渉を行ってきた。あまりにもタイミングが合いすぎているわ。夫の死後、当主が私のような無知な女に代わったタイミングを好機と見て踏み込んできた。そうなのでしょう?」
ユリウスは歯をギリギリと鳴らし、歯茎から血を滴らせている。
「……なら……なんで!俺たちの交渉に応じた!俺たちをおちょくったつもりか!!!」
クラリッサは軽く肩をすくめ、吐息混じりに告げる。
「夫が死んで、外の空気を取り込もうとしたら、蝿が1匹入ってきた。それだけよ」
セラは耳を傾けながら、マリーからの肉のおかわりをもぐもぐと食べていた。
「……ふざけるな……ふざけるな…ふざけるな!!!」
声が次第に怒気を帯び、ホールの空気が一変した。
「もう、面倒だ!! ここでお前ら全員、殺してやる!!」
ユリウスは懐から装飾の施されたダガーを抜き放つ。
その先端をクラリッサへ向けながら、一歩一歩とにじり寄る。
だが、クラリッサは顔すら動かさず、ただ目線だけを横に動かし——
まるでゴミでも見るような冷ややかな視線を、ユリウスに向けた。
「テメェ……その目……!」
ユリウスが怒号を上げた瞬間だった。
——音もなく影が揺れた。
気づけば、マリーがユリウスの背後にいた。
細い腕が瞬時に彼の首へ絡みつき、重心を後ろへ引き倒す。
「ぐっ——!」
耐えきれずダガーが床に転がり、ユリウスの体が背中から倒れる。
マリーはそのまま両足で胴を固定し、てこのように力を加える。
ユリウスは苦悶の声をあげながら必死でマリーの腕を引っ掻くが、
マリーの表情は一切変わらない。無表情のまま、容赦なく締め上げ続ける。
続いて扉が開き、使用人が二人駆け込んでくる。彼らは素早くユリウスの腕を背中側にねじり上げ、縄であっという間に拘束した。
「うがぁっ!! 離せっ、くそっ! くそがぁ!!」
床を爪でかきむしりながら、ユリウスはずるずると引きずられていく。
セラはパンをもぐりながら、心のなかで淡々とつぶやいた。
(……騒がしいわね)
マルタは事情もわからず、ただ目を輝かせて拍手をする。
「あはは! すごい! かっこよかったよ、マリー!」
食堂には、さっきまでとまるで別の空気が流れていた。
「さて、食事を続けましょうかね」
クラリッサが穏やかに言うと、3人は何事もなかったかのように再び食事を取り始めた。だが、セラの心の中には、ふとした引っかかりが残っていた。
やがて、その思いを言葉に乗せる。
「クラリッサ様、大丈夫なんですか?」
クラリッサはパンに手を伸ばしながら、視線をセラに向ける。
「ん? どうしてですか?」
少し迷った様子で、セラは言葉を選ぶ。
「いえ……現在ハルバン家には、女性しかおりませんので。このままでは、家の跡継ぎがいなくなってしまうのではないかと……」
クラリッサは少し考えた後、パンを口に運びながら、静かに口を開いた。
「そうですね……私も、永遠に生きられるわけではありません。いつかは水源の守り手ではいられなくなるでしょう」
彼女の声は穏やかに響かせる。
「でもね、セラさん。私はもう、あの水源を独占していることで村が守られている——そんな在り方は、少し歪だと思っているのです」
「確かに、それで今は村に安寧があるかもしれません。でも……それは誰かが支配することでしか守れない平和でしょう? そんなものは、いつか崩れます。だから、私はいずれ——その歪な構造ごと、終わらせようと思っています」
クラリッサは言葉を重ねた。
「水源の独占も、ハルバン家の領主としての立場も、すべて手放すつもりです。最終的には、誰もが自由に生きられる村にしたい。生まれや血筋で縛られず、誰もがやりたいことをやって、支え合って生きていける……そんな場所に」
その言葉には、理想というよりも、長く苦悩を重ねてきた者にしか持てない確信がそこには存在している。
「夢物語かもしれませんけれど……でも私は、残された人生をその夢に捧げたいと思っているのです。どれほど時間がかかろうと、命が尽きるその日まで——ね」
クラリッサが穏やかに返すと、セラも微笑んで頷いた。
「とても……素晴らしい夢ですね」
その横で、マルタがもじもじと体を揺らしていた。何か言いたそうにして、ちらりとクラリッサの顔を見る。やがて、意を決して大きく息を吸い込んだ。
「わ、私……セラさんみたいな菓子売りになりたいの!」
その言葉に、クラリッサに叱られるのではと、マルタは身をこわばらせる。だが、返ってきたのは優しい微笑みだった。
「あら……素敵な夢じゃない」
マルタの顔がぱっと明るくなる。
「なら、セラさんの下で菓子作りを学んでみるのはどうかしら?」
思いがけない提案に、セラは目を見開いた。
「えっ……」
返答に詰まりかけたセラをよそに、マルタはしばらく唸るように考え込んだ末、力強く答える。
「でも、わたし! ここに残る! ここでお菓子作りを勉強する! お母様と一緒に!」
その声には、しっかりとした決意がこもっていた。クラリッサは満足げに微笑み、セラも優しく頷いた。
「そうですね、それがいいと思います」
少し目を伏せたセラは、静かに自分の想いを口にする。
「……それに、私、いつか帝都でもお菓子売りをしたいと思っているのです。そうなると、そう簡単にはこの村に戻ってくることも難しくなりますから」
そう言って顔を上げ、マルタに問いかけるように続ける。
「ですが、この村で菓子作りをしていたのは私だけ。他にどうやって学ばれるのです?」
すると、隣で静かに聞いていたマリーが、すっと口を開いた。
「それには及びません」
落ち着いた声が場の空気を引き締める。セラが振り向くと、マリーは変わらぬ無表情で続けた。
「私は最近、菓子作りにも興味を持ち始めました。マルタ様と一緒に学ぶことができると思います」
意外な返答にセラは目を丸くし、それからふっと微笑んだ。
「……そうなんですね。それなら、よかったです」
そして、少しだけ冗談めかして笑みを浮かべる。
「そうなると……いつかは、私と競合することになるかしら」
マルタもそれに返す。
「ふふ……負けないからね!」
やがて、ホールには暖かい陽光が満ち、凍りついていたハルバン家の空気を静かに溶かした。その光は、皆を安堵と希望という次なる道へと、そっと押し出すように包み込んでいた
「それでは、私はこれで……」
セラは、クラリッサとマルタ、マリーに見送られながら玄関の扉に手をかける。
その時だった。クラリッサが何かを思い出したように、軽く声を上げた。
「あ、忘れていましたわ! ちょっと待っててくださいね」
そう言って彼女はその場を離れていく。セラとマルタは顔を見合わせ、「なんだろう……」と小さくつぶやいた。
やがて戻ってきたクラリッサは、布の袋を手にしており、それをジャラリと音を立てながらセラに差し出した。
「はい、こちら、報酬です」
両手で受け取った袋はずっしりと重く、セラは思わず身構えた。おそるおそる中を覗き込むと、袋の中でまばゆい光が反射する。
金貨——だった。
いや、あまりにも現実離れした輝きに、最初はそれが何なのかさえ理解できなかった。日々をやりくりしながら生きる彼女にとって、それはまさに異世界の代物だった。
「報酬の金貨、50枚よ」
クラリッサは平然と言うが、セラはその場で腰を抜かしてへたり込み、わなわなと震えながら口を開いた。
「こ、こ、こ……こんな大金、う、う、受け取れません!」
その言葉は震えと混乱で呂律が回らず、途切れ途切れにしか聞こえなかった。
——だが、その反応を意に介さず、クラリッサは微笑む。
「あら? セラは帝都で菓子売りを目指しているんでしょう? 帝都の物価は高いものよ。引っ越しや開業準備も含めたら、この程度ではすぐになくなってしまいますわ」
マルタも隣で、同じようににこやかな表情を見せている。
確かに、セラは帝都行きを目標としていた。だが、実際のところは資金が足りず、まだ当分は無理だと思っていた。だが——今、目の前にそれが叶う現実がある。
セラは震える指先で袋を握りしめ、深く息を吸って気持ちを整えると、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうですね。ありがとうございます。いつか、必ずこれに見合う分のお返しをいたします」
深く一礼し、扉を開けると、大きく手を振って振り返る。
クラリッサとマルタは笑顔でそれに応え、マリーは静かに一礼した。
手にした袋は、現実とは思えないほどに重かった。
——だがその重みは、未来へと続く一歩でもあった。
三週間後。
暖かな日差しと、ほんのり甘い香り、そして少しの埃が漂うセラの家に、一通の手紙が届いた。
差出人は、ヴァウドだった。
『ようセラ!帝都でようやく土地を手に入れられたぞ!
まぁ、今までのセラの家と同じで、工房と住居が一緒の小さな建物だけどな。
ちょっと狭いかもだが、日当たりは悪くねぇ。金貨30枚なら上出来だろ。
あと、帝都で商売するならギルドに加入が必要だ。どのギルドに入るか、考えとけよ!』
手紙を読み終えたセラは、静かにそれを折り畳み、枕元の箱にしまう。
そして、布団から体を起こすと、枕元に置いていた小さな貯金箱を手に取り、それをトンと逆さにして中身を布の袋に流し込む。
残りの20枚の金貨とカラン、カランとぶつかる音が、家の中に小さく響いた。
階段を降り、工房へと向かう。
作業台に並んだ器具たちをひとつひとつ確かめ、持っていくべき道具を大きめの袋にポイポイと入れていく。
調理道具、型、瓶詰めの道具、愛用のヘラ。
どれも、彼女のこれからに欠かせないものだった。
玄関の扉を開くと、ひんやりした朝の空気が頬を撫でた。
セラは荷車に袋を積み、手を添える。
その重みが、現実の重みとして腕に伝わる。
「……よし」
セラは一歩踏み出す。
セラは、荷車を引きながらハルバン家の前を通りかかる。すると、クラリッサとマルタが家の前で立って待っていた。
「今日で出発されるのですね」
クラリッサは少し寂しげな笑みを浮かべている。
「ええ、これでようやく夢の一歩に近づくことができます」
「そうね。帝都でも頑張ってくださいね」
マルタはその横で、そっと腕を伸ばす。小さな手のひらの中には、小袋に梱包された何かが乗っていた。
「これは?」
セラが尋ねると、マルタはただ微笑むだけで答えない。セラは荷車の取っ手を離し、その小袋を受け取り、中をそっと覗く。そこからは、ほのかに甘い匂いが立ちのぼった。
その香りだけで、セラはすぐに気づく。
——これは、お菓子だ。
彼女は一つを取り出し、口に運ぶ。最初は少し苦味があったが、やがてじんわりと優しい甘さが舌の上に広がっていく。
「これ、チョコレートって言うんだよ! 私とお母様とマリーの3人で作ったの!」
「ちょこれーと……?」
聞き慣れない単語に、セラは戸惑ったように目を瞬かせる。
「はい! いっぱい作ったから、セラさんにたくさんあげる!」
そう言うとマルタは、両方のポケットに手を突っ込み、さらにいくつかのチョコレートを手渡してきた。
「あはは、こんなにもたくさん……私も頑張らないと、すぐに追い抜かれてしまいますね」
セラはそれを受け取り、自分のポケットに詰め込もうとしたが入りきらず、荷車の袋の中へとそっと仕舞った。
ふとマルタの顔を見ると、笑顔を浮かべてはいるものの、その瞳にはうっすらと涙の膜が浮かんでいた。
「では、クラリッサ様、マルタ様……いってきます」
セラは別れが寂しくならないよう、あえて簡潔に挨拶を済ませると、荷車を引き直し、進み出そうとする。
だが、その足を止め、何か思い出したように振り返った。
「クラリッサ様。以前、私に正義についてお話されていましたけど……どうして私にあのような話を?」
クラリッサは目を閉じ、静かに答える。
「それは——昔、ドグラスが捨てたと言っていた子ども……あなたが、その子に似ている気がしたからよ」
セラはその言葉に一瞬目を見開き、やがて小さく笑った。そして、イタズラっぽく言い返す。
「それって……私が醜いってことですか?」
クラリッサはゆっくりと首を横に振り、慈愛に満ちた目でセラを見つめた。
「いいえ。あなたはとても美しいわ……他の誰よりも」
セラはその言葉に満足げに頷き、片手を大きく振りながら再び歩き始めた。
クラリッサもマルタも、その背中に向かって手を振る。マルタの頬には、ついに一筋の涙が流れ落ちる。
やがて、2人の姿はゆっくりと小さくなっていき——とうとう見えなくなった。
セラは前を向いて歩く。
足を前に、顔を前に、体ごと前に進める。
向かうべき場所はただ一つ——帝都へ。
——魔女を殺す旅は、これから始まる。




