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地図の上に駒を置いて視覚的に自軍と敵軍の位置と数を把握する方法を少女に教えたのは従者だった。
指先でいくつかの駒を地図の外に摘まみ上げて落とし、上からのぞき込みながら少女は息を吐いた。
「戦況はよろしくありませんな」
長い爪で器用に駒の一つをつまみ上げて、従者はそれを地図の上からどかす。
この城の随分近い領地に配置していた師団の駒だった。
「新しい報告が来ましたか」
長い髪をかき上げるようにしながら、少女は傍らに立つ従者を見上げる。
「はい。第二師団からの定期連絡が途絶えたと」
「斥候部隊が会敵したのね」
鼻の利く魔物を多く配置していた師団だ。
従者の言葉に、少女は頷いて地図から視線を外して椅子に足を向ける。
魔王の執務室、ということで無駄に豪奢な古めかしいその椅子は少女には少々大きい。
机の上に積み重ねられた報告書。
師団の長が、従者が携えた口頭での報告を乱雑に書き留めた書類。
それらを少女は一瞥して、腕で払い落す。
「陛下」
咎めるような従者の声に、少女は鼻を鳴らす。
「茶番よ、こんなもの。軍隊ごっこでしかない」
少女は魔物を統べる王としてここにいる。
だが、指揮能力が高いとは一切思っていない。
結局のところ、現場で魔物たちは好き勝手に戦い、散っていく。
その報告を真面目な顔で聞き、時として指示を出す。
少女の役割は所詮はお飾りである。
「時期に戦線は崩れるわ」
ゆっくりと床に降り積もる書類を見下ろして少女はつぶやく。
そんな少女をちらりと見て、従者は一度指を鳴らす。
するすると、床に落ちた書類たちは従者の腕の中に勝手に集まっていく。
「やめますか?」
レンズ越しの金の瞳の瞳孔がゆっくりと引き絞られていく。
犬にも似たその顔に感情は乗らないが、瞳が雄弁に何かを伝えるように光る。
従者は少女にとっては父の代わりであり、教師であり、首を垂れ命を待つ従順な従者だった。
教え導くことはあっても、少女のやることを、成すことを一度だって導いてくれることはなかった。
だからこそ、初めて道行の先を問うような言葉に、少女は瞳を揺らす。
真意を問うように従者の顔を、瞳をのぞき込むようにわずかに重心を前に倒した。
だが、従者はすぐに瞬き一つで感情を覆い隠してしまった。
「いいえ」
声が震えてないだろうかと、少女はわずかに心配になる。
重心を戻し、動揺を押し殺すように深呼吸を一つ。
「いいえ!」
指を組み、腹のあたりに力を込めて少女は力強く言葉を繰り返す。
かつて従者に教えられたように、唇で弧を描きわずかに小首をかしげる。
正しく王としての威厳を、傲慢さを模した笑み。
幼い頃は奔放に飛び跳ねていた黒髪は、今や鈍い光を受けて濡れた鴉羽のように輝きを放ち流れ落ちる。
「私は魔物の王。傲慢に、人を食い殺し――そして美しく最期まで舞台で踊るのよ」
ゆっくりと、白く細い手が従者に差し出される。
「リードはしてくださるのでしょう?」
傷一つなく、だがどこまでもやせっぽちな幼い少女の名残を残したその手を従者はしばし見つめた。
蹄だというのに、音もなく少女に大きく一歩近づき従者は恭しくその手を取った。
「全て陛下の仰せのままに」
低く、喉の奥で唸るようなその言葉に、少女は従者がみていないことを言いことに表情を崩した。
威厳も、傲慢さもない。
幼子のように、華が開くかのように笑った。