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あの日、父である先代魔王が人の勇者に倒された大広間。
物語で言えば、ハッピーエンドを迎えたその場所は、今も当然だが客人を迎える大広間として使用をしている。
先代魔王の血を吸ったその椅子に座り、少女は大広間を見下ろす。
少女に対して傅く魔物たち。
鋭い爪を、牙を誇る者。
しなやかで、強固なその身自身を誇る者。
頭脳を、策略を誇る者。
すべてを平等に少女は高い位置に置かれる椅子の上から見まわす。
権力を現すためだと少しばかり高い位置に据えられた椅子を、父親もあまり好んでいなかったことを少女は覚えていた。
『権力というのは、振るえばいいという物ではないけれど、決してしまい込むものでもないんだ。時としてそれを誇示する必要があるんだ』
柔らかい父親の声。
当時は意味なんてよく分からなかったが、従者に魔王としての教育をうけるうちに徐々に意味は分かってきた。
そして同時に、つくづく父親は上に立つ人間には向いていなかったのだろうと少女は悟ったのだ。
慈悲深い人だった。
娘である少女に辛く厳しい現実を美しい幻想で覆い隠すほどに、愚かで優しい人だったのだ。
「ロー」
玉座から最も近い位置で跪く、かつて父の従者であり今は少女の従者である魔物の名を呼ぶ。
上から見下ろせば、中途半端な位置で折れたらしい角の跡が見える。
「魔王陛下」
蹄を鳴らし、恭しく従者が差し出すのはかつて少女の父が抱えていた大きな黒い角。
何度も、幼い手でなぞったそれは記憶の中と寸分たがわぬ状態でそこにある。
玉座からゆっくりと立ち上がり、差し出されたそれを手に取る。
成長してもなお、重々しいそれをゆっくりと持ち上げて頭に着ける。
少女のためだけに、少女がその頭に掲げるためだけに存在していたように、ぴったりとはまるそれに、空気がわずかに揺れた。
期待するような、熱に浮かされたような視線を集めて、少女は大きく息を吸い込む。
「我が国の民よ、我が誇り高き戦士たちよ」
広い、この空間の空気すべてを震わせるために声を張る。
誰もが少女を見上げ、そして熱量を持った視線を向けていた。
それらすべてを受け止めて、少女はもう一度口を開く。
「人の国より、勇者が現れた」
ざわめく声。
それにかき消されないように一度手を打てば、一気に静まり返る。
「我らが領土を、我らが誇りを侵さんとしている。南の森の同胞はきゃつらに殺された」
朗々と広間に響く声。
意識をして張った少女の声は、魔物たちのざわめきにかき消されることなくまっすぐ届いただろう。
好戦的な瞳で笑ったハーピーはいったい、どこで息絶えたのだろうかとふと過る。
戦線を真っ先に切り開いた、あの魔物は満足したのだろうかと。
「これより我らは一斉攻勢に出る」
少女は少しだけ長く目を閉じる。
赤く染まった父の顔。
あの日食べ損ねたふわふわのパンケーキ。
脳裏によぎる、穏やかに微笑む父の顔を振り切るように目を開き、強く前を見据える。
「戦を始めましょう」
幼い頃に読んだ、絵本の中に出てくる魔物の王のように。
傲慢に、魔物たちに命じるのだ。
口の端に笑みを刻む少女は確かに、魔王と呼ぶに値する姿をしていた。