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不穏な報告が増える。
時折指示を出し、報告者を領地に帰す。
その繰り返しの中、真っ先に不穏な報告をあげたハーピーはその後何度も戦績を誇るように報告をしにやってきた。
だが、その報告は蓋つき前に途絶えたまま。
各地に散らばる配下たちからの報告書に目を通すのに疲れて、少女は書類を机の上において息を吐く。
傍で少女が分からないことについて時折解説をしていた従者は、尻尾を一度ゆったりと振った。
「休憩には少々早いかと」
父を早くに亡くした少女にとって、従者は師であり、そして同時に父の代わりでもあった。
ゆえに、丁寧な口調の中に時折少女を諭すような小言めいたものも多い。
「わかってるわ」
うっとおしい口出しをため息とともに吐き出した言葉で跳ねのけて、少女は書類を手に取りなおす。
何度も人に挑み、そうして敗れていった魔物の国。
決して広くない領土ではあるものの確かに魔物たち――少女にとっての民草が暮らしている。
問題はいつだって絶えない。様々な地方の情報を書き留め、そしてそれぞれに適した人員を、救援を送るための書類を書く。
少し前までは従者がまとめ、そして承認の印を書き込むだけだった。
先代が殺されてそろそろ10年になる。
少女は魔王として徐々に民である魔物たちに認められ、荒れ果てた城もようやく建て直しが始まった。
それでも少女のそばに侍る従者は、昔から一匹だけだ。
少女も他を求めなかったし、従者も口を閉ざしている。
「南の森からの定期報告がないわ」
几帳面な文官が整理してから執務室に運ばれる書類たちは、必要に応じてきちんと分類がされて山となっている。
地方からの定期報告書の山がすべて消えたのを確認して、少女は小さくつぶやく。
「南の森は鳥類の魔物たちが住まう土地です。気ままな気風の魔物が多いですが、少し気になりますね」
従者の、何かを含ませるような視線。
少女はそれを頬に感じつつ、ゆっくりと瞬きを二回する。
「南の森――は、人の町が最も近い土地。念のために、師団を向かわせる」
人は魔物におびえるがゆえに武器を向ける。
そう教えた師の言葉と立地を鑑みて、決断を下す。
探るように少女は傍らに立つ従者を横目に見れば、従者は機嫌がよさそうにしっぽを大きく一度振った。
「承知いたしました。どの隊を向かわせましょうか?」
まるで問題を出す教師のように、質問を重ねた従者に少女は唇を噛む。
何が正しく、何が間違えか。最善の一手は何か。
『思考を止めることは、すなわち死です』
かつて、勉学の授業から逃げ出した少女にそう吐き捨てた従者を少女は強く覚えている。
厳しい師だが、従者はいつだって少女を前に進ませるために手を尽くしてくれた。
「……任務内容は偵察と、保護。ならば鼻の利く魔物が集まる第二師団、それに偵察部隊を同行させなさい」
南の森の立地、現在の師団の実力。
様々なものを鑑みれば真っ向から人とぶつかることは得策ではないと告げる。
よくできましたと言わんばかりにうなずく従者に、少女は小さく安堵の息を吐きペンを持ち直す。
そして引き出しの中から命令書を取り出して先ほど口にした内容を書き込む。
サインをした書類は、従者が呼んだ文官によって運ばれていく。
それを見送った少女は一度身体をほぐそうと椅子から立ち上がる。
窓の外を見れば、黒い雲がすぐそこまで迫っていた。嵐が来るだろう。人にとっても、魔物にとっても。
少女の元にもたらされる報告は、各地の魔物が次々に人に襲われるというものが増えていった。
戦いの匂いをそのままに輝かしい戦績を誇り、そして消えていく。
向かわせた部隊が帰ってこないことも増えた。
祭りの直前のようなどこか浮ついた、それでいて抑えきれない興奮の熱狂がゆっくりと足元から忍び寄っている。
少女にとっては初めてで、少女に首を垂れる民草たちにとってはもう何度も繰り返されたそれ。
報告に上がる文官さえ、その熱を込めた眼で少女を見つめている。
「陛下」
唯一変わらず、少女に侍る従者。
落ち着いた、低い声でいつも通り少女を呼ぶ。
少女は一度目を閉じて、そして従者に魔物たちを集めるように告げた。