4
少女が魔王になってから5年、きっと従者にとっては瞬きするような時間だっただろう。
最初は従者と少女しかいなかったはずの城は、徐々に魔物が増えていった。
「陛下」
笑みを浮かべて少女の名前を呼ぶのは、少し前に南の森よりやってきた腕の代わりに羽をはやした魔物だ。
女性らしい曲線を持つ魔物。
ハーピーと呼ばれ、その歌声は人を誘惑すると言われる魔物だ。
少女に向かって口の端に笑みを刻み、恭しくその手前で膝を折る。
「ご報告に上がりました」
少女はまさに執務の休憩中だ。
それをハーピーも理解していながら声をかけてきたのだろうことはわかる。
それほど緊急な要件なのか、そうでないのか。
判断はこの段階ではできないと考え、ため息をついて少女は紅茶に伸ばした手を戻して机の上で指を組む。
「報告を聞きましょう」
茶菓子をサーブしていた従者も手元の皿をワゴンに戻し彼女の斜め後ろに立つ。
「南の森で人間が怪しい動きをしていると仲間より報告がありました」
先代魔王が討ち取られてから初めての報告だ。
わずかに少女の手が握りしめられる。
少女の後ろにいる従者も、ゆっくりと瞳をすがめた。
新たな魔王が立ったことがどこからか漏れたのか、はたまた人間側に何かがあったのか。
思考を切り替えるように少女はわずかに頭を振る。
「被害はまだ出ていないのですね?」
昔より滑らかに出るようになった言葉で、慎重にハーピーへ問う。
そんな少女に、ハーピーは羽となった腕を軽く曲げる。
「えぇ、まだそういった報告はありませんわ」
丁寧な口調に反して、森のような新緑の瞳が好戦的な色を宿して少女を見据えた。
ナイフのような、値踏みするようなそれに少女は唇をかむ。
ハーピーは美しい見た目に反して魔物らしくひどく好戦的だ。
少女の返答次第では、すぐさま戦線が開かれるだろう。
「では、まずは偵察を。それと同時に、戦えない民の避難を優先させてください」
その言葉に、瞳がすがめられる。
不満げな色を感じた少女は、ゆっくりと考えながら言葉を続ける。
「戦闘になった時に、邪魔になるものは少ない方がいいでしょう」
戦うことを前提とした策に、しばらくハーピーは黙って腕の翼で口元を覆い隠す。
小首をかしげ、少女を、そして従者と視線を向けていく。
思案するような間を開けて、大仰にその翼を広げて首を垂れる。
従順さを示すような、だがどこか道化のようなその仕草を少女は無言で見下ろす。
「陛下の仰せのままに」
軽やかに腕を振って窓から飛び立つハーピーを見送る少女の前に、今度こそ従者は休憩用の茶菓子をサーブする。
「よろしいのですか?」
表情の分かりずらい従者の顔を、少女はしばし眺めた。
従者であり、少女の教育係でもあるこの魔物は、時として様々な含みを持たせた問いを投げかける。
測るようなそれを少女は受け止めて、先ほど飲み損ねた紅茶に手を伸ばす。
「彼女は見た目に寄らず好戦的だもの。きっと、次の報告は良いものが聞けるわ」
冷めて香りが飛んでしまった紅茶を一口飲む。
そんな少女を見て、次の報告を止まっていた魔物はその目をきらめかせた。
従者は一度その尾を振り、そして低い笑い声を控えめに響かせた。