割れた小石
初めてかいてみましたが、あまりにも初めてすぎて、おもしろいのか、おもしろくないのか、わかりやすいのか、わかりにくいのか、まったくよくわかりません。
よければ感想、批評をかいていただければ、うれしいです。
私にとって読者の方=先生です。
外は桜が散り始めている。青天に舞う桃色の花びらが美しい。
大安吉日。
お春は今日、嫁ぐ。
長らく暮らしてきたこの家とも決別の時が近づいてきた。
「お春さん、籠の支度が整いましたよ。そろそろ出立なさらないと。」
母親代わりだったお民ともお別れだ。
「もう少し、もう少しまって。」お春が答える。
箪笥も、文机も、ねだって買ってもらった鏡台も全部おいていく。
「名残惜しいな。」部屋を見渡したそのとき箪笥の上の古い文箱が目に入った。
お春は思わずうれしそうに言った。
「お民さん、見てちょうだいな。子供のころ使っていた文箱がこんなところにあったわ」
埃まみれの文箱を開けてみる。
そこには、子供の頃使っていた筆や硯、それ以外にも人形や櫛などいろいろ入っていた。
「宝箱代わりにしていらしたものね」お民も懐かしそうに言う。
その中で紙にくるまれた小石が出てきた。
長い年月忘れられていた小石は、ぱっくり二つに割れていた。
「何かしら?子供の頃はよくわからないものが宝物ねえ」お民が笑う。
「佐治ちゃん」お春に幼い頃の記憶がよみがえってくる。
男女7歳にして席を同じうせず、食をともにせず。
これは、7歳になったら子供といえど、むやみに親しくしないという意味だ。
お春の幼馴染に佐治という男の子がいた。
物心ついたときから一緒に遊んでいたのだが、2人とも7歳になると寺子屋に入った。
寺子屋では、教えどおり男と女は別の部屋で勉強をする。
お春はすぐに寺子屋になじみ、友達もたんとできた。
けれど、なんだか物足りない。
「佐治ちゃんがいないとなんだかつまらないの」
お春は、女中頭のお民に愚痴った。
「お春さんは佐治さんが好きなのね」
お民が笑いながら冷やかすと、お春はきょとんとした。
「私は佐治ちゃんが好きなの?ねえ、お民??」
「あはは、そんなこと人にきくもんじゃありませんよ。」
お民は笑う。
「でも、そうですね、佐治さんといると何だかうきうきするでしょう。他の娘と話してると何だか悲しいでしょう。それが好きってもんですよ」
「そうか、私は佐治ちゃんが好きなのね。大きくなったらお嫁さんになれるかしら。」
そういうと、お民は少し困った顔をしてこういった。
「それはちょっと難しいかもしれませんね。だって佐治さんは裏長屋に住む大工の一人息子、それに引き換え、お春さんは御用達小物商『こまや』の跡継ぎ娘なのですもの。お嫁に行ってもらったら旦那様が困るし、悲しむわ」
この恋が許されるのは子供の間だけなのだと・・・・お春は子供心にそう感じた。
御用達小物商『こまや』は大江戸でも5つの指に入る大店だ。
本店の構えはぞろりと60間(109m)に渡り、近頃は江戸だけでなく大阪、京都にも店を出す話もでている。
本来なら、家庭教師を雇うことも可能だが、主人の義平が年の近い子供と一緒に学ばせたほうがよいと考え、町の子供たちも通う寺子屋に通わせている。
反対に、佐治の家は大通りから離れた裏長屋街の一角に住んでいる。
父親は大工で、暮らしていけないほどの貧乏ではないが、お春の暮らしには足元も及ばない。
それに佐治は、寺子屋に入ってからというもの、お春とぷっつりと遊ばなくなった。
どうやら男の子と遊ぶほうが楽しいらしい。
「このままじゃあ佐治ちゃんと遊べないまま大人になってしまうわ」
おやつを食べながらお春は考えた。
そうだ、佐治の気をひいてみよう。ふと、妙案が浮かんだ。
「ねえお民。このお菓子、まだ、たぁくさんある?」
お民はもちろんありますよ、と答えた。
翌日の放課後、お民に風呂敷いっぱいのお菓子を差し入れさせると子供たちは大喜び。
「お菓子だ!」「わあ!」
中には、甘いお菓子をほとんど食べたことのない子もいて、その様子を見るだけでお春もうれしくなった。
お菓子のことは男の子の部屋にも伝わったようで、男の子も混じってお菓子を食べ始めた。
歓声をあげたり、両手でお菓子をつかんだり、大騒ぎだ。
その様子に、お民は、子供の食欲には男女の教えも形無しねと、苦笑した。
佐治ちゃんは?
騒ぎの中でお春は探すが佐治は見当たらない。
「まだ男の子の部屋に残っているのじゃないかしら。もっていってあげてはどうでしょう」
こっそりお民が耳打ちをする。
早速、お春はお菓子の包みを手のひらいっぱいに持っていく。
男の子の教室は、ほとんどの子がお菓子を食べに行ったようで、佐治が一人で座っていた。
久しぶりに佐治と会う気がした。ほんのちょっぴり大人になっている気もする。
「佐治ちゃん、お菓子をお食べ。」
お春は満面の笑みで差し出した。
「・・・いらねっ。」
佐治はそういうと立ち上がり、教室を出て行ってしまった。
お春はその態度に意表をつかれた。
小さい頃に遊んだときは二人で分けあっこして食べたのに。どうして?
私、何か怒らせるようなことをしたかしら?
次から次へと疑問が生まれたが何一つわかることはなかった。
お春とお菓子は行き場をなくしてその場で立ち尽くすのみであった。
ひと段落終えたお民はお春の浮かない顔を見てうまくいかなかったことを察した。
「そんなこともありますよ。きっと恥ずかしかったんでしょう。二人で話すのは久しぶりだったのでしょう」
そう、そうよね。恥ずかしかったんだわ。
お春の心は少し軽くなった。
「今度はこっそり渡してみるわ。そうだ、玩具はどうかしら。」
「ええ、ええ。きっと喜びますよ。」
次の休みの日に、お春は独楽売りのところへ行き、綺麗な独楽を買った。
これならきっと喜んでくれるだろう。
お春の心は弾んだ。
寺子屋での休みの時間の間に誰もいないのを見計らい、お春は男の子の部屋に忍び込み佐治の荷物の中にそっと独楽をしのばせた。
しばらくすると、男の子の部屋が騒がしいことに気づく。
「何かしら」
お春たちが様子を見に行くと、独楽を持って耳まで赤くなってる佐治を、周りの男の子たちが囃し立てていた。
男の子たちは、お春を見るとなお、いっそうはやし立てた。
「やい。嫁さんがきたぞ。」
「吾、見たんだぞ。お春が独楽を入れているところをさ」
なんとも運の悪いことにこっそり入れたつもりが、男の子の一人が偶然にも目撃していたらしい。
お春は顔から火が出そうになった。
なんて滑稽な!恥ずかしくて死にそうだ。
佐治ちゃんにも悪いことをした。
一層恥ずかしい思いをしたに違いない。
佐治は赤い顔をあげ唇を少しかんで、意を決したようにお春のほうに歩み寄っていった。
まわりもさらにはやし立てる。
そして、お春の前に立つ。
佐治ちゃん?
じっと佐治を見つめるお春に佐治は。
「・・・・こんなものいらねっ」と乱暴に独楽をお春につき返した。
そして、席に戻ると、ほおづえをついて教科書を開いた。
子供たちはみんなあっけにとられ、一瞬しん・・・となった。
そして、騒ぎを聞きつけた先生が子供たちに部屋に戻るようにと促していく。
やがて授業も始まるが、お春の心は晴れない。
お春は、手の中に戻ってきた独楽を悲しそうになでた。
なぜ受け取ってもらえない、かわいそうな独楽、かわいそうなお春。
「きっと、お春さんが作ったものなら受け取ってもらえますよ。男の人はみんなそう」お民が言った。
「そうかしら。だったらお裁縫を習っているところだから、私、巾着を作ってみようかしら」
「お手伝いしますよ。佐治さんの家は大工だし、印半纏の形の巾着などどうでしょう」
お民に促され、早速作ってみることにした。
教えてもらった印半纏の巾着は、裾のところが開け口となっており、上下さかさまにして使う。
「おや、珍しい形だね。」
父親である義平がお春のそばによってきた。
「香袋の応用ですよ。出入りしている細工職人に作り方を聞いたんです」
お民が言った。
「しかし、どうも男物のような気もするが」
「そ、そうですかね?最近は女もあのような形のものをもっていますよ」
お民は慌ててかわしたが、その言い方にますます義平は怪しんだ。
「さては、誰かに渡すために作っているのではないか?なあ、お民、誰に上げるのか知らんのか?」
義平がこっそりお民に耳打ちした。
「さあ、誰か大事な人にでもあげるのかもしれないですね」
言ってしまって、まずいと思ったが遅い。
ばれて、お春がしかられやしないかとお民は体をこわばらせた。
「大事な人?もしや、・・・・わしか??」
義平はそういうと、これ以上ない満面の笑みをたたえた。
肩の力がへなへなと抜けた。
この人のこんなところがいい父親で、いい店主なのだろう。
「きっとそうですよ」お民は笑った。
その後、余り布で同じものを作り始めたのはいうまでもない。
お春は習ったばかりの裁縫で、指を刺し、針を曲げながらも、どうにか印半纏の巾着を一人前にした。
「これはきっと喜んでくれるわ」お春は胸が躍った。
翌日、お春は寺子屋が終わるのを見計らい、佐治の後をこっそりついていった。
今度こそだれもいないところで渡そうと思ったのである。
角を曲がり、川ぞいの堤に出たとき、お春は「佐治ちゃん」と声をかけた。
佐治は振り返り、お春を見て、少し困ったような怒ったような顔をした。
「何だよ。」言い方もつれない。
「佐治ちゃん。これ、受け取ってよ。」
お春は、印半纏の巾着を差し出した。
「だから、いらねえって」
佐治がきつい声で言う。
あまりの言葉の鋭さに、お春はひるんでしまった。
佐治が再び歩き出す。
少し間をあけてお春がついていく。
佐治は少しも振り返ってくれない。
油断をすると目から涙が落ちそうだ。
春の昼下がりの日差しはうららかで、
堤の黄色い菜の花に、
蝶々も蜂も賑やかなのに、
お春の目には、ぼやけて見える。
いっそ大声上げて泣いてしまおうか。
けれどそれでも置いていかれたならば、一体どうして心を慰めよう。
やがて、堤の向こうに二人の家への分かれ道が見えてきた。
お春が小さなため息をついたとき、河原のほうから声が聞こえてきた。
「や、お春と佐治だぞ。二人で並んで帰っておるぞ」
「夫婦じゃ。夫婦じゃ。」
寺子屋の男の子たちだ。大人がいない放課後もあってか、この間よりも野次が幾分いじわるだ。
「これからちちくりあうのじゃろ」
一人がいうと、みんながいっせいに笑い出す。
真っ赤になった佐治は怒りにかられ土手を駆け下りた。
そしてそのまま河原の男の子につかみかかる。
河原のセキレイが驚いて飛んでいく。
「佐治ちゃん」お春は叫んだ。
佐治は、男の子を押し倒しそのまま上に乗っかった。
殴る、引っかくの取っ組み合いだ。
相手も負けてはいない。けれど馬乗りになられている分不利だ。
佐治が、相手にこぶしを入れたその瞬間、ごつっと鈍い音がした。
相手の手には大きな石が握られていた。
見る見るうちに佐治の額から血があふれ出る。
「きゃあ!佐治ちゃん」お春は悲鳴をあげた。
子供たちもその血をみると、怯え、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
お春は慌てて土手を下りる。
「ああ、どうしよう」
懐の畳紙だけでは間に合わず、お春は着物の裾を引き裂いて血を拭った。
赤い血液が一瞬途絶え、ぱっくりと割れた皮膚が見えた。
お春の足はがくがく震えた。
佐治は痛みをこらえていたがついに嗚咽がもれる。
お春は佐治の背中を片手でさすってやりながら、血が止まるように傷口を抑えた。
私のせいだ。
お春は激しく後悔した。
私が佐治ちゃんに付きまとわなければこんなことにはならなかったはずだ。
どうせ、一生の恋にはならないのだから、こんな気持ち知らない振りをしとけばよかった。
この割れたざくろのような傷は、
きっと残るだろう。
子供の頃の気まぐれな恋が。
佐治ちゃんに傷となって残ってしまった。
やがて血は止まった。
お春は、破った着物の切れ端を川で洗う。
洗いながら、お春はもう佐治につきまとうことはやめようと誓った。
それが佐治に対する一番の孝行だと考えたからだ。
絞った切れ端で今度は固まった血をふき取ってやる。
「ごめんね。」
お春はつぶやいた。
顔を上げることもない。
それきり口を利かなくなった。
ひとしきり拭き終わると、お春は無言のままその場を去ろうとした。
「まって」
佐治がよびとめる。
「まってよ。お春ちゃん」
久方ぶりに名前を呼ばれたお春は、とろけるような思いを覚えた。
けれどその先を聞くのは怖かった。
なじられるのか、それとも嫌われるのかと、お春は身を固くした。
しかし佐治はそのどちらもいうことはなかった。
「お春ちゃんのせいじゃないよ。」
お春は振り返る。
「吾が、子供だから。」
佐治が言った。「吾が、大人だったらうまくやれるのに」
「お春ちゃんのことだって本当はやさしくしたいのに。」
佐治が目を伏せる。頬が赤くなっていた。
「お春ちゃんからもらうことは嬉しいよ。でも吾の家はお春ちゃんの家のようにお金があるわけじゃないし、もらったって何もお返しができないもの。かっこ悪いや。男なのにもらってばかりなんて・・・」
お春はそんなこと気にしないで、と声をかけたかったが、佐治の悔しそうな表情をみて、留まった。
「吾は、早く大人になりたい。大人になれば、強くて、お金も稼げて、お春ちゃんを喜ばせることができるもの。」佐治は唇をかんだ。
お春の胸は熱くなった。
冷たかったのは、佐治の自尊心の裏返しだったんだ。
お春が想うよりも佐治のほうがお春を想ってくれている。
お春が子供のうちに結論を出そうとしていた恋を、
佐治は大人になっても続ける気でいてくれている。
なんと。
なんとうれしいことだろう。
「佐治ちゃん。私に小石を頂戴。」
「え?」
お春は戸惑う佐治に笑いかけた。
そして両手を大きく広げた。
「私、佐治ちゃんからもらうものならなんだって大事にするわ。だから、どれでもいいから河原の小石を頂戴。」
佐治が少し笑った。
佐治は、河原にしゃがみこみ、小石を拾いあげた。
「今は子供だからこんなものしかあげられない。でも男だから好きという気持ちは吾から言うよ。」
一呼吸おいて佐治は言った。
「お春ちゃん、好きだ。いつかお嫁さんになっておくれ。」
佐治は、お春の手のひらに丸い小さな小石をのせ、そういった。
お春は小石を手で包み「ありがとう」と言った。
そして、お春が「佐治ちゃんも受け取ってくれなきゃいやよ。」と巾着を差し出した。
「ありがと」と佐治が照れながら受け取ってくれた。
何とも嬉しいことだった。
風に吹かれて水面がきらきらと反射する光を受け、小石は玉のように輝いた。
それから、お春は小石を文箱に入れてたいそう大事にしまっておいた。
あれから、
時がたち、
桜は何度も散り、
何度も散り。
幾度目かの春、佐治は大工の見習いのため奉公に出ることとなった。
お春も、寺子屋を出たあとは、手習い事が増え、忙しい毎日をおくった。
子供の頃の思い出はすっかり日常生活から失せていた。
そして嫁入りの今日、再び小石は光を見たのである。
しかし、久しぶりにあけた箱の中で小石は2つに割れていた。
河原で拾った石というのは、辺りの水分の量が変わるからなのか、たまに割れることがある。
大事にしまっていたつもりだったのにな。お春は目を細めた。
子供の頃の思い出は置いていこう。
お春は割れた小石の片方を、庭の桜の下に埋めた。
そして、もう片方は持っていこう。
お春はそっと懐に忍ばせた。
店の玄関には既に輿入れ用の籠が用意されており、後はお春を待つばかりであった。
「おっ父さん。お世話になりました。」義平に挨拶する。
「お民さん。おっ父さんをよろしく。」お民に言う。
「たまには帰ってきてくださいよ」お民は泣いている。
そして。
「太郎ちゃん。おっ父さんとおっ母さんの言うことちゃんと聞くのよ。お漏らしなんかしちゃだめよ。」
「わかってらい。うるさいお春め、さっさといっちまえ」
5歳の太郎がいい終わる前に、お民が「こらっ」と叱った。
そして、籠に乗り込む。
終わりかけの桜はいよいよ花びらを散らし始め、花嫁の御輿を白く、白く送り出す。
「さようなら」お春は見送る人に手を振る。
さようなら。
籠が動き出す。
新居に向かうその間、そっと懐の石に触れた。
お春は揺れる籠の中で、それまでのことを思い出していた。
佐治ちゃんとの別れ。
その後すぐの、父義平の再婚。
相手がお民と聞いて飛び上がるほど喜んだこと。
数年後に太郎が産まれてお春が跡継ぎ娘の重圧から解放されたこと。
取引のある店から縁談が舞い込んできたこと。
その縁談の話が着々と進んでいたこと。
ある日突然、たくましい青年が店先にあらわれたこと。
青年が、お春を嫁にくれ、と額に土をつけて頭を下げたこと。
あっけにとられた父の顔。
お春も一緒に並んで父にお願いしたこと。
父の根負けをした苦笑が忘れられない。
お民のうれしそうな顔も。
輿入れの籠は裏長屋街でとまり、お春をおろす。
これからの生活はお春のこれまでの生活とは大きく違う。それでも選んだ道だ。
新居の中は薄暗い。誰かが中で待っている気配がする。
部屋の中の古い桐の箪笥の上にはあの印半纏の巾着が置いてある。
大事に使ってくれていたのね。
お春の顔から笑みがこぼれた。
印半纏の巾着と割れた小石の片方は、ずうっと後で、二人のお墓の中に入れるんだ。
春風が、花の匂いを運んでくる。お春は晴れやかに言った。
「佐治ちゃん。今日からおせわになります。」