Disguise
ネタ出しの段階では、もっとポップな感じに出来上がると思っていました。
数原芽衣は俺の幼馴染で、同じ高校の同級生で、ちょっとした学園のスターだった。
「えー。演劇部が県の演劇コンクールで最優秀賞を受賞しました。一ヶ月後に開かれる全国コンクールに出場されます」
壇上で校長が演劇部を讃えている。部員全員が登壇しても余裕があるのは、ステージが広いからではなく、部員が少ないからだ。
部長が縮こまりながら賞状を受け取っている傍で、芽衣は主役のように胸を張って、全校生徒からの視線を一身に浴びていた。他の部員の比では無いくらいに。ただ賞を取ったというだけでここまで注目はされないだろう。視線の要因の多くはきっと、芽衣の容姿が端麗だからだ。
「すごいなー数原さん」
「めちゃくちゃかわいいよな」
「うん。美人。女の子的にもすごく憧れる」
隣近所の列から雑談が漏れ聞こえてきた。
俺は拍手をさらに強めた。豪雨のような音が周りの会話さえかき消したようだった。
その日の放課後。俺のクラスにやってきた芽衣は満面に得意を浮かべて胸を張った。
「ユウ。見てくれていたかい。ワタシたち演劇部が最優秀賞を取ったんだ」
別に何かを演じている訳ではない。芽衣は常にこんな喋り方でこんな調子で、寝ても覚めても役になりきっているみたいだった。
こんな風になってしまった理由の一端には俺も大いに関わっている。
中学生の頃まで、芽衣はいつも猫背気味で陰鬱で、俺か、それか他の何か──物の陰に隠れていないと他人と会話すらままならないような女の子だった。
「芽衣。そんなんじゃ将来生きていけないぞ」
事情を知らなかった教師に指名されて立たされ、プルプル震えて授業を滞らせた芽衣は今、物言わず部屋の隅で蹲っている。このような光景は何千回目だろう。いい加減にしてほしかったけれど、何遍言っても直らなかった。幼馴染という事実に甘えているのだと思うと次第に苛立ちの方が優っていった。
「反抗してるってキレたあいつも相当だけどさ」
プライドを傷つけられたのだろうか。答えを言うまで許さない、と鼻息荒く怒っていた数学教師は少し時代錯誤にも思える。
しかし、いつだって他人が自分を理解してくれるとは限らないし、それに何より。
「クラスのやつらがすごく白けた目でメイを見てただろう? あんな風に見られたいのか?」
「…………別に……いい……」
「俺が嫌なの」
ぐずつき、小さな濁声で返事する芽衣に俺はピシャリと言い放った。
「俺は、芽衣がそんな風に見られているのがすごい嫌だ。誰とも話せなくて、それどころか気配を殺して隠れてないとまともに学校にも通えないような人になってほしくない」
「…………………………………………」
反応がなかった。強く言ってもダメなら、徹底的に甘い言葉を囁くしかないと思った。気恥ずかしさに痙攣しそうになる自分の心を奮い立たせて言った。
「俺はポジティブな芽衣が好きなんだ。──その、えっと、自信を持って。普通にしてたら芽衣はめちゃくちゃかわいいんだからさ」
「………………………………わかった」
芽衣は勢いよく──勢い余って却ってフラフラよろめきながら、自分の家まで帰っていった。そして明くる週明けの月曜日。
芽衣は別人となって現れた。
「ユウ! おはよう!」
「はっ? えっ? お、おはよう」
「ははっ。何をぼけっとしているのさ! 学校に行くよ!」
全くの別人と成り果てた芽衣に、俺は困惑していた。
無造作に伸ばしっぱなしだった髪は首筋が見える程度まで切られ、ふんわりとしたボブヘアを形作っている。重たく額を隠していた前髪は梳かれて軽やかだ。猫背気味だった背筋は伸び、スタイルの良さがあからさまになっている。
「おい芽衣! 何があったんだよ!?」
「何って? ユウが言ったんじゃないか。今までのワタシじゃいけないって! だから変わったんじゃないか!」
「変わった……?」
「そうとも! ワタシはもう、今までの数原芽衣ではないのさ! ……ああ、ちょっと待ってくれ。……気分が悪くなった。帰るよ」
「えっ? あっ?」
いつも一緒にいる癖で、芽衣に付き添うように方向転換したら、芽衣に止められた。
「大丈夫だ。一人で帰れるさ。ついてこなくていい。心配はいらない」
違和感に立ちつくす俺を置いて、芽衣はスタスタと家路に着いていった。建物の陰に芽衣が消えて、ようやく放心から覚める。
「どうしたんだろ、あいつ……」
答えが見つかったのはその日の夕方、部活終わりに仲間とコンビニに立ち寄り駄弁って、ふと芽衣の分のプリントを届けた時だった。
「ユウくん。いつもごめんね」
芽衣のお母さんが申し訳なさそうに言う。人の良い善人そうな女性だ。気が弱そうで控えめな雰囲気はおそらく芽衣の性格の形成にも大いに作用したに違いない。
「芽衣は?」
「ごめんなさいね。芽衣はいま家にいないの」
「あ、じゃあ俺んち……」
「でもないわ」
「……ええっ!?」
あの芽衣が、俺の家でもない他所に出かけているだと……? 困惑がそのまま口から出た。
「今までそんなことなかったのに……」
「そうなの。芽衣ったら急に演劇教室に通いたいって」
「演劇教室?」
「ええ。理由ははっきりと言わなかったけどね」
芽衣のお母さんが指し示したチラシは、市の公民館を借りて演劇の指導が行われているという内容だった。主催は近所の高校で、確か演劇部は毎年市民ホールを一日借りて公演を催すような活発な学校だったはずだ。
「ユウくんも気になる?」
「俺は別に」
「そう? 残念ね。──実はね昨日、迎えに行こうとしたら『中学生なんだから親の付き添いなんて嫌』って言ったの」
「あの芽衣が……」
「びっくりでしょ」
話が読めてきた。つまり芽衣のお母さんは、俺をダシにして芽衣の演劇教室の様子を見に行きたいと言っているのだ。本人から止められているから、そこを強引に押し切るのは躊躇いがある、ということか。
「金曜の夜に急に『明日から演劇教室に通う』って言い出してね。何があったのかしら。……ユウくん、なにか知らない?」
「…………さあ」
嘘だった。心当たりはあった。
多分、十中八九、俺が色々言ったからだ。「ネガティブなままの芽衣は嫌いだ」とか「ポジティブな芽衣が好きだ」とか。
背中に汗が伝った。
驚異的な速度で演劇にのめり込んだ芽衣は、同級生や教師からその豹変を驚かれ奇異な目で見られつつ、意外な速さで受け入れられていった。
そして、演劇の強い件の高校に進学すると思いきや、「ユウと同じ学校に行く」と言って、演劇部とは名ばかりの帰宅部しかなかったこの学園に進んだのだった。
「一応演劇部はあるみたいだけどな。本当に弱いっていうか、真面目にやってるけど努力が報われないって感じの部活だな」
「そうかい。それで、ユウ、どれくらいの成果を出せたらワタシを認めてくれるかな?」
「芽衣をみんなに認めさせるの? 全国大会出場とかじゃないか?」
「……分かった。じゃあ全国大会に出るから。約束してほしい。全国大会に出れたら、その時はワタシと付き合ってほしいんだ」
ユウはひどく真面目な顔で言った。面食らったけれど、だから俺も、ユウをちゃんと見つめ返して言った。
「もちろんだ」
「でもなんで、全国大会出場したらだったんだ?」
並んで帰るのは久しぶりだった。お互いに部活で下校時刻が合わなかったから。無理に待ち合わせることもしなかった。
付き合うって言ってもあんまり変わらないな、とぼんやり思っていた。気が抜けていたとも言える。だから「なんで」なんて言えたのだろう。
芽衣は畏まった口調で言った。
「ユウは言ってくれた。ポジティブなワタシが好きだと。いつまでも引っ込み思案じゃダメなんだと。ワタシは、ユウに好まれるような人になりたい。偽りのキャラクターを演じきって、いつか本物になってみせたい。そう思っていたんだ。変わったってことが一番はっきりするのは、演劇で成果を出した時だと思った。だから全国大会を目標にしていたんだ」
どちらともなく立ち止まった。芽衣が演劇にのめり込むまでは、まともに合わせられなかった目を、ちゃんと見合って、俺は言った。
「俺のせいで、芽衣が無理して自分を変えたなら、すごく申し訳ないって思ったんだ。毎日、芽衣がキャラクターを演じているのを見て、まるでマスコットか道化みたいに扱われているのを見ていて、後悔ばかりしていた」
理由はよく分からないけれど、ふと涙が込み上げてきて、必死に押さえ込んだ。
そんな俺に、芽衣はフッと慈しむように笑いかけた。
「ユウ。ワタシも、いつか変わらないといけなかったんだ。
確かに、はじめは無理していた。ずっと戯曲を演じるように、数原芽衣の別人格を装っていた。でももう慣れたし、これが本性だった気さえしているんだ。ユウ、ワタシが変わる機会をくれてありがとう」
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