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帰り道

「どうしたの」

「なんかね」

 家に帰ると、博史の母が、テレビを見て一人涙を流していた。テレビには仮面ライダーが映っていた。画面の中の仮面ライダーは戦闘後のいつもの勝利の決めポーズをしている最中だった。仮面ライダーは、今日も安定の勝利だった。

「ショッカーの人たちにも親御さんがあるだろうにね。なんだかそう考えるとなんだか無性に悲しくてね」

 博史の母は最近年のせいかやたらと涙もろくなっていた。

「自分の子どもがショッカーになって死んでいくなんて、どんな気持ちか・・、考えてしまうの」

 カッコよく勝利のポーズを決める仮面ライダーのその周囲の地面には多くのショッカーたちが倒れていた。

「・・・」

 悪として死んでいく。その家族はどんな気持ちなのだろう。博史はこれまでそんな視点で考えたこともなかった。

「親の立場から見るとね」

「・・・」

 ショッカーになるということは、不良やヤクザになることよりもずっと社会的には悪いことだと見られていた。世間ではそう見られていた。自分の子どもがそんな存在になってしまうことは親にとってそれは堪らなく悲しく辛いことだろう。まして、その子どもがライダーに殺され、死んでしまうのだから・・。

 

 真理愛のことが気になっていた。借金やいろんな問題でそれどころではないはずなのに、博史は真理愛のことを考えずにはいられなかった。

「真理愛さん・・」

 真理愛の先輩が現れてから、真理愛のことをはっきりと好きだと博史は自覚していた。しかし、真理愛は、デートをしたとはいえ、博史にとってあまりに高値の花だった。

 そのことを考えると、博史は堪らない劣等感と絶望感に押し潰されていく。

「お前なんかが、つき合えるわけないだろ」

 声が聞こえた。

「うるさい」

 博史は必死で耳を塞ぐ。

「お前なんかが、あんなかわいい子とつき合えるわけないだろ。あはははは。あははは」

 しかし、声は笑う。

「うるさい、うるさい、うるさい」

 博史は必死で耳を塞いだ。

「あはははっ、あははは」

 声は笑い続ける。落ち着いていた統合失調症の症状がまた出て来た。

「ううううっ」

 ずっとそうだった。今まで人とうまく関係を築けたことなんか一度もなかった。自分の人生は失敗ばかりだった。博史は、自分の人生を振り返りそう思ってしまう。

 うまくいくはずがない。自分が幸せになるわけがない。そうだった。そうだったのだ。最初からうまくいくはずなんかなかったんだ。博史の中にそんな確信が湧き上がっていた。

 虹のかけ橋のメンバーはみんな、相変わらずいつもやさしく博史によくしてくれた。虹のかけ橋での日々は楽しかったし、本当にみんなやさしかった。本当によくしてくれる。だが、博史は埋められない何かを感じていた。超えられない壁のようなものを感じていた。

 なんだかんだ、みんな家は普通の家庭だし、大学も出ているし、友だちも恋人もいる。自分とは、やっぱり違う人たちなのだと、博史は感じるようになっていた。みんな本当にやさしかった。博史に分け隔てなく、今までいた職場の連中のような差別意識もなくやさしくしてくれた。でも、やっぱり違っていた。住んでいる世界が違っていた。生きてきた世界が違っていた。 

 距離を感じた。遠く、遠く、博史がどうがんばっても届かない距離。生まれた世界の違い、壁、線、決して埋めることのできない大きな何か・・。


 腰の状態がさらに悪化し、もはや抜き差しならない状態になっていた。

 心の状態も酷くなっていた。最近しばらく治まっていた鬱までが出てきていた。働けないどころか、休みの日、家にいても何もできない日もあった。

 そこに借金が重くのしかかる。そのことを考えるだけで心が押しつぶされそうだった。もう、博史の心はぐちゃぐちゃだった。辛過ぎて本当にどうかなってしまいそうだった。 

「大丈夫かい」

 あまりに様子のおかしい博史に博史の母も声をかける。

「大丈夫だよ」

「本当かい?」

「本当だよ。うるさいんだよ。ほっといてくれ」

 せっかく心配してくれている母に怒鳴ってしまう。普段大人しい博史が母に怒鳴ることなんてほぼなかった。

 心が荒んでいた。苛立っていた。心の安定を明らかに失っていた。そんな自分がまた嫌で自己嫌悪に陥る。それがまた鬱を悪化させ博史を追い込む。

 辛かった。日常の些細なことまでが博史を追い込んでいく。

 腰の痛みはやはり、限界に来ていた。

「あの腰が痛くて・・、あの・・、それでシフトをなんとか」

 腰痛でシフトを休みがちな博史はただでさえ睨まれていたが、博史は思い切って魚崎に相談してみた。

「ダメだね」

 しかし、まったく、博史の事情など考慮する余地のない冷たい答えが返って来た。

「あの、でもシフトをもう少し・・、そうすれば、あの・・」

「ダメだね」

 魚崎はそれしか言わなかった。

「でも・・、あの・・」

「働けないならもういいから」

「七時間勤務を増やしてくれれば、やれそうなんですが・・」

「ダメだね」

 にべもない。

「なんとか」

「ダメだね。働けないならもういいよ」

 魚崎がそっけなく言う。

「・・・」

 まったく話すら聞いてもらえなかった。

「どうする?」

 次の日、仕事が終わり事務所に帰って来た博史に魚崎が訊いてきた。まるで、辞めることを促すような言い方だった。

「・・・」

 あまりにひどい対応だった。

「分かりました・・」

 怒りも交じり、後先も考えず感情的に博史は思わずそう答えていた。


 その日の帰り道。

「・・・」

 博史は、どこか現実ではないような地に足のつかない宙に浮いたような感覚で呆然と帰り道を歩いていた。ついに失業してしまった。もちろん、アルバイトの身に失業保険などない。明日から、完全な無収入だ。借金もある。

「どうしよう・・」

 博史は絶望の暗闇の中で途方に暮れる。弱り目に祟り目、追い込まれている人間は、さらに追い込まれる。

「何でこうなってしまったんだ・・、なんで・・」

 何でこうなってしまったのか・・、博史は自分の人生を振り返る。がんばっているつもりだった。一生懸命がんばっているつもりだった。実際がんばって来た。母子家庭、家が貧乏、心の病気、体調不良、腰痛、様々な困難の中で苦しみながらそれでも必死でがんばって生きてきた。

「何でこうなってしまったんだ・・、何で、何で」 

 同級生の中には、ちゃんと就職してちゃんと働いている奴もいる。結婚もし、子どももいる。もう、高校生とか大学生とか大きな子どものいる奴もいる。

「でも・・、自分は・・」

 自分は何も手に入れることができなかった。何も・・。博史はそんな自分に絶望するのだった。

「・・・」

 結局自分が悪いのか・・。とりあえず、世間はそう見るだろう。博史の苦境など誰も理解も同情もしてくれないだろう。

「・・・」

 博史は、崩れ落ちそうな心を引きづるようにして家に帰って行った。

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