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苦境

「わしの姪と甥は七人いるんだが、全員誰も結婚していないんだ」

 岡野さんが巡回中、ふいに博史にそんな話をした。

「そうなんですか」

 博史が岡野さんを見る。

「みんな君と同じ、三十代とか四十代だ」

 今日の巡回は、岡野さんと一緒だった。

「・・・」

 博史も結婚はしていないが、他にもそういう人は今の時代は多いらしいということはなんとなく博史も知っていた。今の若い世代の未婚率の高さを何かのテレビで言っていたのを博史は思い出す。

「・・・」

 自分だけではない。困窮者支援の現場でも思ったことだった。自分だけじゃない。何かもっと大きな何か、社会が何かそういう風になっている。そう感じた。でも、そんなことを言っても、誰も聞いちゃくれないだろう。自己責任、それが今の社会だった。貧困も結婚できないのもお前の責任。それで終わりだった。

「そんな時代なんだな」

 岡野さんが、最後にぼそりと言った。その姿はどこか寂しそうだった。岡野さんには子どもはいなかった。その事情を博史は知らなかった。


「怪人って、元人間なんだろ」

「そうみたいっすね」

 その日の昼食時、博史がいつものテーブルでおにぎりを食べていると、また、隣りのテーブルから話が漏れ聞こえてきた。あのメンテナンス部門の連中だった。

「よくやるよな。俺ならぜってぇやだけどな」

「俺もっすよ」

 僕もだ。とその話を漏れ聞いていた博史も内心思った。

「何百万積まれてもお断りだな」

「僕もっす。一千万でも嫌っすね」

「一億ならちょっと考えるけどな」

「考えるんすか。絶対嫌でしょ、カニとかと合成されんの」

「この前ナマコとかありましたよ」

「ぜってぇやだよな。それで、ライダーに殺されんだぜ。どんな死に方だよ」

 そこで、爆笑が湧き上がる。

「マジそうっすね」

「その死に方だけはヤダな」

「母ちゃん泣くわ」

「泣くな」

「とうちゃん自殺するよな」

「死ぬな」

「でも、実際いくらもらえるんすかね」

「さあな」

「でも、確か実際一千万とか二千万てお金が出るってなんか噂はありますよ」

「二千万か・・」

「何真剣に考えてんすか」

「いや、考えちゃうだろ」

 そこで爆笑が起こる。隣りは盛り上がっていた。

「・・・」

 二千万・・。博史には、想像すらできない額のお金だった。

「そのお金があれば・・」

 その額に、しかし、それでも怪人だけは絶対に嫌だと博史は思った。

 借金は一度すると、やめられない。借金は一度はまると抜けられない。博史も借金という牢獄から抜けられなくなっていた。一度お金を借りてしまうとそれが癖になり、それに頼るようになっていく。一万円が二万円、二万円が三万円、それが十万、十五万、二十万と積もっていく。博史はその流れを断ち切れなくなっていた。そして、借金には金利がある。しかもそれは恐ろしく高い。その返済でより生活は苦しくなり、そのためにまたお金を借りる。借りるカード会社の数も増えていく。月の返済額が上がる。借金を借金で返す。より返せなくなり、借金に頼るようになる。博史はそんな借金地獄のローテーションに入っていた。

 しかし、働きたくても働けなかった。焦っても悩んでもどうしようもなかった。借金をするしかしょうがなかった。 

 借金がまた精神的に博史を圧迫した。借金は月を重ねるごとに増えていった。それと共に博史の心も重く暗くなっていった。返せるあてはない。どうしていいのかさえ分からなかった。

「怪人・・」

 博史は一人呟いていた・・。


「どうしたんですか」

 いつものように施設内の横断歩道に立つ柳さんのところへ、博史が昼食を終え交代しに行くと、その柳さんがえらく気落ちした表情をしている。

「ぶつけちゃったよ」

「えっ」

「車・・」

「・・・」

 博史のいるこの警備会社では、施設内のパトロールに使う車の事故は自腹ということになっていた。

「嫌なら辞めていいぞ」

 本来それはおかしいのだが、過去の労働者たちが、それはおかしいと様々抗議をしても、会社側はそんな強硬な姿勢を貫いていた。

「給料から天引きしていくからな」

 事務所からはまったく慈悲のない答えしか帰って来ない。

「はい・・」

 柳さんは受け入れざる負えなかった。六十過ぎという柳さんの年では、この会社以外に仕事を見つけるのはほぼ不可能だった。それに柳さんも腰痛に苦しんでいた。柳さんは、脊柱管狭窄症だった。かんたんな車の運転の仕事しかできなかった。博史も腰痛もちなので、その病気がいかに辛く厄介なものか知っていた。

「大丈夫ですか」

 博史は柳さんに声をかける。

「うん・・」

 柳さん声に力はなかった。柳さんは安い年金暮らしで、家は借家。ギリギリの生活だった。そこから毎月一万円引かれるだけで死活問題だった。しかも、柳さんの奥さんは、一度脳梗塞で倒れ、家でほとんど寝た切りの状態になってしまっていた。他に頼るもののいない柳さんはその世話も、柳さんが一人でしていた。その話も柳さんから博史は過去に聞いていた。

 自分も同じ立場、博史も話を聞いていて辛かった。でも、博史にはどうすることもできなかった。そんな力もお金もない。他人の人生を気遣っている余裕も博史にはなかった。それがまた辛かった。


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