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真理愛の部屋

「ショッカーの人生・・」

 デートの帰り道、真理愛と並んで歩きながら博史は、そのことを想像してみた。だが、まったく想像の欠片すらができなかった。

「どんな人たちなんだろう・・」 

 博史は考えた。ショッカーになる人間。もしくはならざる負えない人たち。仮面ライダーにかんたんに、そして、真っ先にやられると分かっていて、その仕事をする人たち・・。まして、怪人は、その姿や人格も人間ではなくなる。それに、自らなる人たち・・。

「・・・」

 ただの無謀で愚かな人たちなのだろうか。何かそうならざる負えない事情があるのだろうか。悪の組織に何か憧れがあるのだろうか。あまりに違う世界のことに、やっぱり、博史にはまったく分からなかった。

「ここです私のアパート」

 博史が考えに耽っていると、ふいに、隣りを歩いていた真理愛が、突然、道路脇の一軒の古い二階建てのアパートを指さした。

「えっ、そうなの」

 博史は驚く。

「一人暮らしだったんだ」

 博史が、そのアパートを見上げる。木造の古いアパートだった。若い女の子が住むにはちょっと無防備な気がした。でも、そういうところもどこか真理愛らしいなと博史は思った。

「そうですよ。言ってませんでしたっけ」

「うん」

 博史は全然聞いていない。

「じゃあ・・」

 そして、博史が別れようと手を上げかけたその時だった。

「ちょっとうちに寄って行きません」

 真理愛が言った。

「えっ」

 博史はものすごく驚いて真理愛を見る。

「い、いいいの?」

 博史は滅茶苦茶どもる。逆に博史の方がいいのかと思ってしまった。

「ええ、もちろんです。ちょっと寄って行ってください。せっかくですから」

 真理愛は屈託なく言う。

「・・・」

 博史はドギマギしてしまうが、真理愛があまりに屈託なく言うので、うなずいた。

「・・・」

 博史は、リビングで一人ちゃぶ台の前に座りながら、真理愛の部屋を見回す。木造のよくある六畳と隣りにダイニングがちょっとあるワンルームだった。

「それにしても・・」

 こんなに気楽に男子を部屋に上げていいのか・・。やはり、博史の方が戸惑ってしまう。

「これかぁ・・」

 確かにリビングの壁に大きな穴がいていた。

「もう敷金帰って来ないですね」

 台所に立ちながら、真理愛がそれを見て笑う。

「うん・・」

 すごく大きな穴だった。それだけで、相当な勢いで飛んできたのが分かる。博史はゾッとした。

「その穴も何かで塞がないといけないんですけど、忙しくてそのままになっちゃって」

 真理愛が言った。

「でも、角部屋でよかったわ。この壁の側に部屋があったら、住人の人驚きますもんね」

「そういう問題・・汗」

 真理愛はやはりちょっとズレている。

「はい、紅茶。あっ、紅茶でいいですよね」

 真理愛が、博史の前に紅茶を出してから慌てて訊く。

「何がいいか訊くの忘れちゃった」

 そう言って、真理愛は舌を出す。それがかわいかった。

「いや、紅茶でいいよ」

 博史は目の前に出された紅茶を見る。紅茶など気取った飲み物は、最近、ついぞ飲んだことはなかった。

「おいしい」

 博史が一口飲んで言った。本当においしかった。香りがすごくよかった。こういうことに素人な博史でもそれが分かった。

「よかった。私紅茶には、こだわりがあるんですよね。けっこうこれいい茶葉なんですよ」

 向かいに座った真理愛が言った。

「そうなんだ」

「はい、友だちが海外に行く時に頼んで買ってきてもらったんです」

「へぇ~、すごいね」

 博史は、海外に行くような友だちがいることにちょっと劣等感を抱く。やっぱり、こんなところで真理愛との世界の違いを感じてしまう。生きている世界が違うんだな。コンプレックスの塊の博史は思った。

「あっ、そうだ、クッキーもあったんだ」

 その時、真理愛は突然思い立って再び台所の方に行ってしまった。

「・・・」

 一人になった博史は、あらためて真理愛の部屋を見回す。博史はあらためてなんだか緊張してしまう。生まれて初めて入る女の子の部屋だった。特別に何かが変わっているというわけではないが、やはり、どこか若い女の子らしさを感じる。そこに自分がいることにものすごい違和感を博史は感じる。自分が、まったく関係ないと思っていた世界がそこにあった。

 一人暮らしの自分の部屋に、かんたんに男を入れてしまう真理愛が、やっぱりすごく無防備に思えた。でも、そうやってかんたんに人を信用できる真理愛のその人間性にまたあらためて博史は好感を持った。

「高田さんが来てくれてみんな助かっているんですよ」

 真理愛が、クッキーの盛られたお菓子入れをテーブル中央に置きながら、また向かいに座って言った。

「そうなの?でも、あんまり役に立っていないような気がするけど」

 照れながら博史が言った。でも、そう言ってもらうとまんざらでもない。

「そんなことないですよ。とても助かってます」

「ふふふっ」

 そこで、急に博史は笑い出した。

「どうしたんですか」 

 突然笑い出す博史に真理愛は少し驚く。

「いや、なんか」

「?」

「僕が人助けなんて」

「何でですか?」

「いや、だってどう考えても僕なんか助けてもらう側なのに、自分みたいのが人を助けてるなんて、なんかよく考えたらおかしくて、それで」

 よく考えたら、助けてもらおうとやって来たここに、気づいたら自分が助ける側になっている。

「でも、当事者の人だから分かることもあると思うんですよね」

 真理愛がぼそりと言った。その一言に博史はハッとさせられた。

「当事者の人だからこそできることもたくさんあると思うんですよ」

「・・・」

 自分の経験してきたことが、人の役に立つ。辛い経験が、役に立つ。この自分の経験が社会の役に立つ。考えたこともなかった。博史は何か今までの世界が大きく変わるような感覚に襲われる。 

「でも、僕なんか・・」

「博史さんは自分を卑下し過ぎだと思いますよ」

「えっ」

「博史さんは自分が思っているより、すごい人ですよ」

「えっ」

「だって、博史さんはすごい逆境の中ここまで生きて来たじゃないですか。それってすごいことだと思うんですよ。私なんか結局、親とか環境とかに恵まれてたからここまで生きて来れただけなんですよ。博史さんみたいな境遇だったら、私生きて来れたか分からない」

「・・・」

 そんな風に言ってもらったのは初めてだった。

「私は、社会の底辺で逆境の中でも必死に生きている人こそがすごいと思うんですよね。オリンピックで金メダルとるとか、ノーベル賞とるとか、それもすごいですけど、でも、苦しい中で必死で生きている人の方が私すごいと思うんです。本当にそう思うんです」

 本当にそう思っている顔だった。建前やきれいごとで言っている雰囲気ではなかった。

「・・・」 

 どこかのテレビのコメンテーターなんかが言うと嘘くさく聞こえる話も、真理愛が言うと真実味があった。

 博史は、真理愛のその一言に救われた気がした。この時、博史は初めて自分の人生を肯定できる気がした。本当に初めてだった。自分の惨めな人生を肯定できたのは――。

 真理愛には、本当にいつも勇気と希望をもらう。真理愛は本当にやさしい子だなと博史は思った。

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