タイトル未定2025/06/16 17:41
映画なんて何年振りだろうか。博史が、まだ二十歳前後の頃は、博史も映画が好きで、月に何回も映画館に足を運んだものだったが、最近では生活に追われ、お金も時間もなく、それもまったくできなくなっていた。
やっぱりよかった。映画館の雰囲気、臨場感、選んだ映画も当たりでおもしろかった。博史は久しぶりの映画館の雰囲気に興奮する。
「・・・」
そして、何といってもすぐ隣りに真理愛がいる。真理愛の体温まで感じそうな距離。博史は、今まで感じたことのないムズムズとした痺れるような幸せを感じる。
映画と彼女。自分がこんなに幸せでいいのだろうか。そんなことを思うほど、博史は幸せを感じた。しかし・・。
しかし、お金のことが脳裏をよぎる。お金のことを考えると、博史の中に堪らない不安と焦燥が湧き上がる。実質的にはこのデートも借金でやっているようなものだった。生活費が足りず、クレジットカードのキャッシングで補っている生活は今も続いていた。
「どうしたんですか」
そんな雰囲気を察したのか真理愛が博史に声をかけてきた。
「い、いや・・、なんでもないよ」
今は映画に集中しよう。博史は思った。
「おもしろかったですね」
「うん」
博史も興奮気味に答える。映画館を出た二人は、映画の余韻に包まれながら通りに出る。
大手の配給会社の映画ではない、低予算のいわゆるミニシアター系の映画だったが、質の高い本当にいい映画だった。静かで余計なセリフや説明がなく、主人公や登場人物の悲しさが、静かに伝わって来るそんな映画だった。ラストの展開も今までのメジャーな人気映画にはない意外さでおもしろかった。
「でも、なんか悲しいラストでしたね」
「うん」
確かに悲しいラストだった。死ぬ必要のない、しかし、絶望した主人公の静かな死。
「でも、すごいラストだったよ。なかなかあんなラストはないんじゃないかな」
博史は、主人公の孤独と悲しさとに自分を重ね合わせ興奮していた。絶望しながらも愛に生き、愛のために最後、死ぬ必要もなく自ら死んでいく。その姿を美しいと思った。自分も最後はそうありたいと思った。
「ごはん食べていきません?」
真理愛が言った。時刻はもう夕方になろうとしていた。
「うん」
真理愛とだと、今まで苦手だった人づき合いが自然にできる。女の子との会話ができる。女の子と二人きりで普通に食事ができる。
「何でだろう」
博史はあらためて隣りの真理愛を見る。本当に不思議な子だった。博史は思った。
「暗くなっちゃいましたね」
「うん」
二人がファミレスを出ると、もうすっかり日は落ちてしまっていた。
「あっ、仮面ライダーだ」
中心街に差し掛かった時、ビルに設置されている街の大型スクリーンに仮面ライダーの雄姿が映っているのを博史が見つける。
「今日も勝ったんだな。今日は何怪人だったんだろう」
博史が呟くように言う。もう、ライダーが勝つのは当たり前過ぎて、驚くこともなくなっていた。もはや世間の関心は、ライダーが倒したのは何怪人かだけになっていた。
「今日は伊勢エビ怪人みたいですね」
真理愛が言った。
「伊勢エビ・・汗」
またすごいのと合成したなと博史は思った。
「子どもの頃憧れたなぁ。仮面ライダーになりたいって」
博史が、大型スクリーンに映し出される仮面ライダーの雄姿を見上げながら言った。
「そうなんですか」
真理愛がそんな博史を見る。
「うん、男の子はみんな憧れたよ」
「じゃあ、ライダー候補に応募とかしたんですか」
「いや、僕なんか絶対になれないよ。すごい倍率だもん」
博史は笑いながら言う。それ以前に、普通の仕事すらもできない自分が、仮面ライダーなんてなれるわけがない。そういえばいつの頃からだったろうか。ライダーに自分はなれないと気づいたのは――。そういう人間じゃないことに気づいたのは――。夢を見るのをやめ、現実ばかりを見るようになったのは――。博史は考えた。
「今って、ライダー養成学校とかもあるんですよね」
「うん、でも、それすらすごい倍率みたいだよ。頭もよくなきゃいけないし、運動神経もよくないといけないし、顔もカッコよくないといけないし、普通に大学行くより難しいよ。大学はとりあえず勉強さえできればいいんだから」
「そうなんだ」
「ライダーなんてエリート中のエリートだよ」
仮面ライダーになるのは総理大臣になるよりも難しいと言われていた。しかし、憧れる者は多く、我こそはと仮面ライダーを目指す若者も多かった。
「へぇ~、すごいんですね」
「うん」
二人は、今日の仮面ライダーの雄姿をダイジェストで放送している画面を見つめた。
「でも、私仮面ライダーって、あんまり好きじゃないんですよね」
その時、真理愛がぼそりと言った。
「えっ、そうなの?」
博史は驚いて、隣りの真理愛を見る。仮面ライダーは、毎回その戦いが全国放送される国民的なヒーローだった。
「何で?」
驚いて博史は訊く。
「だって、なんかかわいそうじゃないですか」
「えっ、かわいそう?誰が?怪人が?」
博史はさらに驚く。
「はい・・」
「えっ」
「ショッカーの人たちも、なんかかわいそうで・・。だって、いつもいつもやられてばっかりで、なんかかわいそうじゃないですか。絶対にショッカーの人たちだって、それぞれ人生があると思うんですよ」
「・・・」
博史はハッとする。その発想はまったくなかった。確かに、ショッカーにもそれぞれ人生はあるだろう。しかし、そんなことを考える人間なんて誰もいなかった。
「私って変ですかね」
「いや、そんなことないよ」
そこまで人を思いやるその発想に、真理愛のやさしさが伝わって来た。
「やさしいんだね」
ショッカーの人生なんて、博史は考えたこともなかった。ショッカーはショッカーで、いつもすぐにやられる雑魚キャラ以外の認識はなかった。多分、世間一般的にそんな感じだろう。虫やカビと一緒で、退治されて当たり前といった存在だった。誰もそのことに疑いさえ持たない。そんな存在だった。
「へへへっ」
真理愛が照れたように笑う。
「私って、昔から変なんです。なんか人と感性が違うっていうか、よく、周りからお前は変だ変だって言われてましたもん」
「・・・」
そうだったのか・・。博史は、真理愛のそんな側面を知る。
「全然変じゃないよ」
博史が言った。
「えっ?」
「全然変じゃないよ。真理愛ちゃんは全然変じゃないよ」
博史は本気で思った。それが言葉に力となって出る。
「他の人間の方がよっぽど変だよ」
博史の言葉に力がこもる。本気で思った。博史からしたら真理愛の方がよっぽどまともな人間だった。みんな冷たくて残酷だった。今まで博史が出会ってきた人間は、博史のような弱い立場の人間をいじめても何とも思わない意地悪な人間ばかりだった。真理愛だけだった。博史をまともな一人の人間として接してくれたのは――。
「全然変じゃないよ」
博史は、真理愛のそのやさしい感性こそがまともだと思った。本当にそう思った。本当に本当にそう思った。
「そんな風に言われたの初めてです」
「そう?」
「はい、なんかそう言ってもらえるとうれしいです」
そう言われると博史もうれしかった。
「行こうか」
「はい」
二人は笑顔で見つめ合うと再び歩き出した。




