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想い

「ほんとにもう」

 事務所に帰って来た真理愛がぷりぷりと怒っている。

「どうしたの?」

 博史が訊く。

「生活保護の相談に付き添って行ったんですけど、また、なんやかんや言われて、生活保護の申請すらさせてもらえなかったんですよ」

 真理愛は、本当に腹立たし気に言う。

「そうだったんだ」

「やっぱり、あそこの福祉事務所おかしいわ」

 真理愛は憤慨する。

「僕の時も酷かったしなぁ」

 博史が言う。

「福祉事務所なのに、全然人を助けようとしないんですよ。意味が分からないわ」

「うん、そうだね」

 しかし、博史はこの時、まったく別のことを考えていた。その話の内容よりも、博史は自然と真理愛と話の出来ている自分に驚き、そして、喜びを感じていた。こんなに自然と人と話せる人間ではなかった。まして、こんな若いかわいい女の子となんてまったくそんなことのできる人間ではなかった。博史はこの自分の変化に驚いていた。今の自分がなんだか自分で信じられなかった。 

「どうですか?ボランティア活動」

 博史に愚痴を言って少し落ち着いたのか、真理愛が話題を変えてふいに博史に訊いた。

「えっ、ああ」

 真理愛に突然話を振られ、博史はちょっと慌てる。

 楽しかった。まさか、こんなに楽しいとは思ってもいなかったぐらい楽しかった。実質的にはただのタダ働き。生活苦でこんなことをしている場合ではなかった。だが、しかし、それが、博史の人生の中で一番充実した時間になっていた。

「楽しいよ」

 照れながら博史は言った。

 実際、本当に楽しかった、毎日が楽しかった。仲間がいて真理愛がいて、やりがいがある。居場所がある。遅れてきた青春。正に虹の橋でのボランティア、真理愛との時間は、博史にとってまさに青春だった。博史には若い時も今までも青春などと呼べるものは皆無だった。それが四十近くになってそれが突然やって来た。

 本当に楽しかった。まさか、こんな人生が、こんな時間が、自分の人生にやって来るなんて想像すらしていなかった。

「そうですか。そう言ってもらえると誘った私もうれしいです」

 そう言って、真理愛は本当にうれしそうな顔をする。博史はその表情がまたうれしかった。

「・・・」

 真理愛は今日もとてもかわいかった。

 正直気になっていた。真理愛のことが、頭から離れなくなっていた。

 真理愛は、博史よりも一回り近く年下だった。自分はおかしいのだと思った。こんな若い子に好意を持つなんて、頭がどうかしてしまったのだと思った。しかし、思いは日々募っていった。気づけば真理愛のことばかりを考えていた。

 真理愛はいい子だった。裏表なくいつも明るく、博史みたいな人間にも分け隔てなく接してくれる。

 しかし、どこまでが支援活動で、どこまでが個人的な好意なのかが分からなかった。同情で博史に、やさしくしているのだろうか、でも、それだけでもない気もする。博史は悩んだ。

「どうしたんだい?」

 いつもの夕食時、博史の母が、博史を見つめる。最近、いつもと違う博史の様子に博史の母は心配していた。何かに喜んでいたかと思うと、急に深刻な顔をして俯いている。かと思うとまた、表情が妙に明るくなっている。

「いや、別に何でもないよ」

 母の言葉に、急に我に返ったように、博史は慌てて答える。

「・・・」

 あんなかわいい子が自分とつき合ってくれるなんて、そんな恐れ多いことは、博史は考えないようにしていた。想像すること自体がはばかられた。年も全然違う。住んでいる世界も違う。だから、博史は、心の中に湧く真理愛への想いを懸命に封じていた。女性と自分なんかがつき合えるわけがない。そう思い、若い頃から、いつもそうやって誰かに恋心を持つ度に、その想いを封じてやり過ごしてきた。それが博史の青春だった。

 しかし、女性に免疫のない博史は、真理愛への想いを募らせていく。真理愛は博史にもまったく警戒感なく、いつも無邪気に笑顔を向けてくれる。

「・・・」

 あんな若くてかわいい子が、自分なんかとつき合ってくれるわけがない。というかすでに彼氏がいるだろう。毎日、必死で博史はそう自分に言い聞かせた。

 しかし・・。


「映画見に行かない」

 ちょっとした事務所での仕事の合間、真理愛となんとなく世間話をしていた時だった。

「あっ」

 つい言ってしまってから、博史はしまったと思った。真理愛は、本当に気楽に話せる何かを持っていて、つい、話の流れで博史は普段絶対に言わないようなことを口走っていた。

「・・・」

 何てことを言ってしまったんだ。博史は自分の軽率さに驚き、そして、真理愛の反応を恐れた。絶対に迷惑がられるに決まっている。その反応が怖かった。

「いいですよ」

「えっ」

 あまりにあっさりと真理愛が応じてくれるので、博史の方が驚いてしまった。

「えっ?」

 博史は真理愛を二度見してしまう。

「ふふふっ」 

 その鳩が豆鉄砲食らったような博史の表情に真理愛は笑った。その、やさしい笑みが、答えの真実味を博史に実感させた。


「・・・」

 博史はチラリと、隣りを歩く真理愛を見る。自分が女の子と二人で歩いている。博史は、今の状況がなんだか、今目の前にあるにも関わらず未だに信じられなかった。

「どうしたんですか」

「え、い、いや」

 ふいに顔を向けられ博史はドギマギしてしまう。今日の真理愛は、普段よりもオシャレをしていてよりかわいかった。

「これはデートというやつなのか・・」

 そう考えると、なんだか緊張してしまう博史だった。しかし、同時に博史は、何ともこそばゆい幸せを感じていた。真理愛と二人で歩くだけでとても幸せだった。

「でも・・」

 なぜ、映画に誘って応じてくれたのだろうか。博史はまた悩んでしまう。本当にただ映画が見たかっただけなのか、かわいそうな博史に同情して応じてくれただけなのだろうか。それとも・・。

「どうしたんですか」

「え、いや、別に・・、ははは」

 ついつい真理愛のことを考えると悩みの迷宮に入り込んでしまう。博史はそれを笑って誤魔化す。

「ところで、なんで、真理愛さんはこんな困窮者支援の活動を?」

 誤魔化す流れで、前からずっと訊きたかったことを、博史は訊く。

「私おっちょこちょいなんです」

「おっちょこちょい?」

「はい、ものすごいおっちょこちょいなんです。もう信じられないくらいおっちょこちょいなんです」

「そうなの?なんかしっかりしているように見えるけど」

「いえ、ほんとにおっちょこちょいで、失敗ばっかりなんです」

「それが困窮者支援とどうつながるの?」

「私湯たんぽを火にかけてたんです」

「湯たんぽ?」

 確かに金属製の湯たんぽで、直接ガスコンロで湯を沸かせるタイプはある。しかし、それが困窮者支援とどうつながるのか、まったく分からなかった。

「はい、あれって、蓋を開けてないと絶対にダメなんです。閉めたままだと、気圧で爆発しちゃうんです」

「まさか」

「そのまさかなんです。爆発しちゃったんです。それで、爆発した湯たんぽが、私はその時、台所のすぐ隣りのリビングにいたんですけど、台所からリビングにものすごい勢いでぶっ飛んで来たんです」

「えっ」

「そして、私のすぐ横をかすめて、後ろの壁に突き刺さったんです。壁を突き破って」

「壁に突き刺さった・・」

「ほんとにすぐ真横をかすめて行ったんです。ほんとに一ミリとか二ミリとかってレベルの真横です」

「・・・」

 博史もあまりの話に絶句してしまう。

「私それで、もう少しで死んでたわけじゃないですか」

「うん」

 死んでいないにしても大変なことになっていただろう。

「だから、奇跡的に助かった命だから、何か人や社会の役に立てようって思ったんです」

「なるほど・・、そういうことだったのか」

 なかなか、特殊な事情だったが、博史はそこで得心がいった。

「でも、そこからその発想はすごいね」

 湯たんぽで死にかけたから、世の中のために働こうというのは、ちょっと話が飛んでいる。普通の人間にはない発想だ。

「そうですか」

「うん、なかなかないと思うよ」

「そうですかね。うふふふふ」

 真理愛は笑っている。

「・・・」

 そういえば、博史が初めて虹の橋を訊ねた時もボランティアといきなり勘違いされた。博史もちょっと変わった子だなとは思っていたが、真理愛は、博史が思っていたよりも、相当天然な子であるらしかった。

 自分とデートしてくれるなんてやっぱり変わった子なんだな。博史は思った。でも、博史は真理愛に対して、なお一層好感を持った。


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