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再戦

「あの、佐藤さんお願いしたいんですけど」

 少し、緊張気味に、しかし、挑むように博史が、福祉課の窓口の女性に言った。

「少々お待ちいただけますか」

 そのただならぬ雰囲気に窓口の女性も、何かを察したのかすぐに奥へと消えた。

 そして、三十分以上待たされた後、佐藤が出て来た。佐藤はまたやって来た、そして、どこか以前と雰囲気の違う博史のその姿に少し驚いた表情をした。そして、隣りにいる真理愛を見てさらに驚いた表情をした。

「生活保護のことで」

 佐藤が向かいの席に座ると、すぐに博史が切り出した。

「はあ・・」

 佐藤は、一度気のない返事をしてから、少し頭のおかしやつを見るような、やる気のない目で博史を見た。

「やっぱり、どうしようもないんです。生活が立ち行かなくて、本当にどうしようもないんです。だから、もう、生活保護しか・・」

 気合いを入れて臨んだ佐藤との再戦だったが、自ら生活保護と言うのが、まだ恥ずかしく、博史はどうしても言い淀んでしまう。

「ですから、前回も説明したようにですね。高田さんの場合は、まだお若いし、お母さまとも同居されているわけで」

 呆れたように、佐藤が話し始める。さすがに三回目ともなり、どこかめんどくささえ漂っていた。

「でも・・」

「これも前回言いましたが、生活保護というのは、もう本当にどうしようもなく働けない方の利用するものなんですよ」

 子どもを諭すような言い方だった。完全に見下した態度だった。博史は堪らない屈辱を感じる。

「・・・」

 しかし、博史は立場も弱く、自分に自信もなく、佐藤のように頭もよくないし、口もうまくない。昨日は、あれも言おうこれも言おうと考えていた言葉は何一つ出て来なかった。

「もっと、がんばってください。世の中には、もっと辛い状況で必死にがんばっている方もいるんですから」

「はあ・・」

 意気込んで臨んだ佐藤との再びの話し合いだったが、やはり、気の小さい口下手な博史では佐藤の敵ではなかった。

「何度来ていただいてもそれは同じです」

 きつい断定的な言い方だった。

「・・・」

 博史は何も言えなかった。悔しかったが、そう言われてしまえば、立場の弱い博史は何も言い返す言葉もない。博史は早くも黙ってしまった。

「じゃあ、もうよろしいですね」

 呆れたような言い方だった。しかし、博史は言い返せない。博史は唇を噛み、拳を握った。しかし、どうしようもなかった。佐藤は立ち上がる。

「ちょっと待ってください」

 その時だった。博史の横から鋭い声がした。博史と、佐藤が同時にその方を見る。真理愛だった。

「今のはどういうことですか」

 真理愛は佐藤に挑むように言った。突然凄まれ、佐藤は驚く。

「私も高田さんから話は聞きましたが、高田さんは明らかに生活保護の対象です。そして、その申請に来ているわけです。それを申請すらさせないのは違法じゃないんですか」

「いや、それは・・」

 ふいの反撃に、佐藤は驚く。

「それはじゃなくて、申請書をまず出してください」

「いや、それはですね」

 今まで饒舌だった佐藤が少し狼狽した表情になる。

「おかしいですよね。申請は権利です。そして、申請は受理しなきゃいけないはずですよね。それを申請すらさせないって完全な違法ですよ」

「ま、まあ、厳密にいえばね」

 そう言いながら、佐藤は再び席に座り直した。

「じゃあ、申請書を出してください」

 真理愛は、佐藤に対し、臆することなくガンガン鋭く切り込む。あのどこか天然でいつもニコニコとしている真理愛ではなかった。

「生活保護というのはですね。そうおいそれとは出せないわけです。厳正な審査が必要でして・・」

 どこか横柄だった佐藤の態度が変わる。いきなりの反撃に佐藤は動揺していた。

「だから、申請してから審査すればいいじゃないですか。というかそういうものでしょ」

「まあ、それはそうなんですが・・。しかし、大切な税金ですからね。こちらといたしましても、慎重に・・」

「高田さんだってこれまでたくさんの税金を納めてきています。それに、あなただって税金で食べてるんじゃないですか。偉そうに言える立場じゃないでしょ。それにあなたのお金じゃないわ。社会のお金です。こういうことのために使うものでしょ」

「まあそうですが、しかしですね」

「税金は困った人を助けるために使うのは当たり前じゃないですか。実際、高田さんは今困ってらっしゃるんだから、今こそ使う時じゃないですか。それが何でダメなんですか。おかしいじゃないですか」

 真理愛は佐藤に対し一歩も引かず攻める。佐藤が一言えば十返すような勢いだった。

「まだがんばれるでしょ」

「もうがんばれなくてどうしようもないから来てるんじゃないですか」

「努力でですね」

「努力にも限界があります。高田さんは腰も悪いし、体調不良だってあります」

 博史は恥ずかしくて精神疾患のことは黙っていた。

「それに努力するにはそのための土台が必要です。追い込まれた状態でどう努力しろって言うんですか」

「しかしですね。高田さんよりも厳しい状況で実際にがんばってらっしゃる方もたくさんおられるわけで」

「それがそもそもおかしいんです。そんな人がいるならその人たちも助けて上げなきゃいけないんじゃないんですか。何でほったらかしなんですか。それが、社会福祉の役割でしょ」

 隣りの席や他の職員などが思わず顔を向けるほどに、真理愛は激しく佐藤に迫る。

「それに若さとか同居とか関係ないですよね。困っている人を助けるのが生活保護だし、高田さんはどうみてもそれに適合していると思いますが」

「そこはですね・・」

 佐藤は真理愛に押されタジタジだった。

「そこはですね、何度も申し上げているように、まだがんばれると」

「どんだけがんばればいいんですか。再起不能になるまでがんばって、それからじゃないと助けてくれないんですか」

「そこまでは言ってません」

「言ってるじゃないですか」

「ただ、高田さんの場合は、まだお若いですし、もう少しがんばれるんじゃないかと」

「だから、がんばるにはそれなりの助けが必要でしょ?あなただって、色々助けてもらったから今があるんでしょ?」

「いや、僕はがんばって、人一倍努力したからいい大学にも入れたし、だから、公務員になれたわけで」

「だから、人一倍努力するために、ご両親や色んな人に助けてもらったでしょ?学費は誰が出したんですか。勉強するための道具や部屋や机は全部あなたが買ったんですか。あなたが揃えたんですか。それもあなたの努力ですか?」

「でもですね」

「あなたの努力が報われるこの社会に生まれたのもあなたの努力ですか?あなたががんばれるその健康な体に生まれて来たのはあなたの努力ですか。生まれつき障害や病気を持って生まれて来なかったのもあなたの努力なんですか」

「でも、僕は人一倍がんばって」

 佐藤はプライドが傷ついたのか、興奮し出す。声がワントーン大きくなる。

「がんばってですねぇ」

「だから、がんばるには、それなりの土壌が必要でしょ。それはあなたの努力じゃないじゃないですか。あなたはがんばれる環境にいた。たまたまそういう環境に生まれた。だから、がんばれた。今の高田さんにはそれがないんです。その話をしているんです」

「しかしですね。僕はがんばったから」

「みんながんばって生きてます。あなただけががんばってるわけじゃないです」 

「しかし、僕はがんばって」

「だから、みんながんばってます。与えられた環境や境遇の中でみんな必死でがんばって生きてます。がんばってもがんばっても報われない人もたくさんいるんです。突然病気になったり、障害を負ったり、色んな災難や災害に巻き込まれたり、人それぞれ色々あるんです」

 博史が言語化したかったことを真理愛はすべて言語化してくれていた。弱い立場の博史が言えないことを、真理愛はガンガン佐藤に遠慮会釈なく言っていく。それが、博史には爽快だった。

「・・・汗」

 しかし、当の本人である博史は、蚊帳の外と言った感じで二人の議論からは完全に置いて行かれていた。

「しかしですね」

 佐藤は真理愛の舌鋒にたじろぐが、しかし、絶対にその主張に折れたり引こうとはしない。プライドが異常に高いのか、何やかやと必ず言い返してくる。意地でも、真理愛の主張を認めようとしない。

 そして、絶対に生活保護の申請はさせないといった態度だった。この時、博史ははっきりと確信した。結局、最初から博史に生活保護の申請をさせる気などなかったのだ。真理愛が言っていたことは本当だった。

 

「ほんと頭来るわ」

 その日の帰り道、真理愛は一人博史以上にプリプリ怒っていた。結局、なんだかんだ生活保護の申請はさせてもらえなかった。佐藤は、その後も、努力努力と、理屈にもならない言い訳めいた理屈をひたすら繰り返し、真理愛が何を言っても埒が明かなかった。 

「なんなのあいつ」

 博史が横でたじろぐくらい真理愛は怒っていた。

「もう」

 そして、真理愛は近くにあった立て看板を蹴り上げた。ガーンとすごい音が辺りに響き渡った。

「・・・汗」

 真理愛はそのかわいい清楚な感じの見た目に似合わず、なかなか豪快な子だった。博史はちょっと、驚く。でも、そんな姿になんか好感の持てる子だと思った。

「もうほんとむかつくわ」

 真理愛が怒りが収まらないといった感じで憤慨する。

「でも、すごいんだね」

「何がですか」

 真理愛が博史を見る。

「いや、なんかあの佐藤がタジタジになってて、すごいなって」

「なんかあんまり酷い対応だったんで、私も興奮しちゃいました」

 そう言って、真理愛は笑った。

「強いんだね」

 やさしいだけじゃなく強い真理愛に、人間的な魅力を感じる博史だった。

「ああいうのが許せないだけです」

 真理愛はさらに笑った。

「ああ、なんか怒ったらお腹空いちゃった。ラーメン食べていきません?」

「えっ、う、うん」

 博史は、戸惑いながら、うなずいた。誰かと一緒に食事をするなんていつ以来だろうか。しかもこんなに気さくに誘ってもらうなど記憶にない。しかも、若いこんなかわいい子になどほぼ博史の人生の中で皆無だった。

 カウンター席の隣りに座る真理愛を、何とも不思議な感覚で博史は見る。

「・・・」

 女の子と二人きりで食事をする。博史は、今までそんな経験はこれまでの人生の中で一度としてなかった。しかも、こんな若くてかわいい子となんて、想像すらできなかった。それが今目の前で実際に起こっている。

「おいしいですね」

「う、うん・・」

 しかし、あまりに真理愛が自然体なので、戸惑いながらも博史も自然と慣れない人との外食だったが、食事ができた。

「私ここのラーメン大好きなんです」

「へぇ~、そうなんだ」

 真理愛のキャラクターなのだろう、女の子の苦手な博史も自然と会話ができる。

「背脂コッテコテのが好きなんです」

 そう言って真理愛は屈託なく笑う。そして、てらうわけでもなく、豪快にラーメンをすする。

「こんな子がいるんだな」

 博史は内心驚いていた。

「高田さんはどんなラーメンが好きなんですか」

「僕は昔ながらのあっさり醤油かな」

「ああ、そういえばそういうの最近見ないですね」

「うん」

 普通の何気ない会話。生活保護は受理されなかったが、博史はなんだか幸せだった。

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