永久不滅の友情
毎度のざまぁ習作です。今回も微妙にざまぁ粒子が漏れ出ています。
夕日のようにオレンジ色の艶やかな髪をした子爵令嬢、エレオノーレが微笑んで告げる。
「ねぇクリス。私たち、一緒に幸せになりましょうね」
私もエレオノーレに微笑んで応える。
「そうねエリー。私たちの友情はいつまでも変わらないわ」
「そうよ! この友情は永久不滅! 結婚式も、一緒にあげましょう!」
私は内心で呆れながら乾いた笑いを浮かべる。
「あはは……エリー、さすがにそれは無理があるわよ?」
私とエレオノーレは幼いころからの遊び友達。
同じ子爵家の娘として、隣接する領地に住む同年代の女子として、昔から一緒に行動してきた。
社交界にデビューする時も、手を握り合って参加したものだ。
お茶会でも夜会でも、ほとんど一緒に行動する私たちは、周囲からも仲の良い貴族子女として知られているようだった。
****
ある日、エレオノーレが一通の招待状を手に私の家に訪ねてきた。
「ねぇクリス! これを見て! ラーデマッハー伯爵家の夜会の招待状よ!」
私は驚いてエレオノーレの微笑む顔を見つめた。
「……そんなもの、いったいどうやって手に入れたの?」
ラーデマッハー伯爵家は国内有数の貴族の家柄。
大きな事業を起こし、精強な騎士を排出する名門の家だ。
現当主のラーデマッハー伯爵は、宰相を務めるほど有能な人だとも聞く。
言うなれば上流社会の上澄み、私たち下位貴族では、近寄る事もできない家だ。
「実はね、ラーデマッハー伯爵令息のパトリック様が、婚約者を探してるんですって!
それで今度の夜会は、広く参加者を募ってるみたいなの。
お父様が伝手を使って何とか招待状を手に入れてくださったのよ!」
エレオノーレの父親、シュタール子爵はやり手の事業家でもある。
商売つながりで、ラーデマッハー伯爵とも間接的に伝手ができたのだろう。
経営下手なお父様に、シュタール子爵の爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。
私は小さく息をついて尋ねる。
「それでエリー、そんな家の夜会に着ていくドレスなんて持ってるの?」
エレオノーレはニタリ、と得意気に微笑んだ。
「これから急いで仕立ててもらうわ!
だからクリス、あなたも一緒に夜会に参加しましょう?
今からなら、ドレスの発注もなんとか間に合うわよ?」
私は曖昧に微笑んだ。
今のグルーヘンフェルト子爵家は、経営難で苦しんでる。
上位貴族の開く夜会に着ていくドレスなんて、仕立てる余裕はないだろう。
「ごめんなさいエリー、一緒に行ってあげたいけれど、新しいドレスは無理だと思うの」
「あら、でもこの前の夜会では、新品のドレスを着ていたじゃない。
新しいのが無理でも、あれならなんとか通用するのではなくて?」
下位貴族の夜会に合わせた質素なドレスを、上位貴族の豪華な夜会に着て行けと?
「ねぇエリー、さすがにそれは無理があるわよ」
「無理なものですか! あれはクリスにとっても似合っていたわ。
大丈夫、私が一緒なんですもの。周りからも文句なんて言わせないわよ」
一度決めたら譲らないからなぁ、エレオノーレは。
私は諦めて、小さく息をついて応える。
「わかったわ。一緒に行けばいいのね?」
「ええ! ありがとうクリス!」
****
その日の夜、暗い顔で帰宅してきたお父様に「ご相談があるのですが」と話しかけた。
お父様が「執務室においで」と告げ、着替えをしに部屋へ戻っていった。
私は言われた通り、お父様の執務室に向かい、お父様が着替え終わるのを待った。
着替え終わったお父様は、変わらず暗い顔をしていた。
「お父様? なにかあったのですか?」
ふぅ、と深いため息をついたお父様が、私に応える。
「こんなこと、子供のお前に聞かせる話でもないが、無関係でも居られない。
――いいかいクリスティン、心して聞きなさい。
我がグルーヘンフェルト子爵領は、事業の負債を返済するために売却される。
そうなれば私も、子爵位を維持することは難しくなるだろう。
陛下に爵位を返上しようと考えている」
――爵位を返上して、平民に身を落とすというの?!
私は驚いて、言葉を失ってお父様を見つめていた。
お父様が苦い笑いを浮かべ、私に告げる。
「まだ決まった話でもないが、負債の返済期限が近い。
あちこちの伝手を頼っているが、どこからも融資を断られてばかりだ。
お前も覚悟しておきなさい」
私は何とか言葉を絞り出し、お父様に告げる。
「……シュタール子爵から融資をお願いできないのですか」
「一番最初に頼ったが、担保になるものがもうないからね。
それでは融資できないと、にべもなく断られたよ。
……彼とは、友人だと思っていたんだが、それと金の話は別だ、とね」
「そう、ですか……」
うつむいて応える私に、お父様が尋ねる。
「それで、お前の相談とはなんだったんだい?」
私はおずおずとお父様に告げる。
「……エレオノーレから、ラーデマッハー伯爵家の夜会に一緒に行こうと誘われたんです。
それでドレスを新調する余裕があるか、お伺いしようかと」
お父様が悲しそうに微笑んだ。
「ああ、あの夜会の招待状を、彼女が手に入れたのか。
時機的に、貴族として参加できる最後のイベントになるだろう。
思い出作りに、お前も参加してくるといい」
「ですがドレスが……」
「なに、最後の貯えを使えば、新しいドレスの一着ぐらいはなんとかなる。
すこし見劣りするかもしれないが、伯爵家の夜会に使い古しのドレスで行くわけにもいくまい。
貴族令嬢として、エレオノーレと最後の思い出を作っておいで」
最後……彼女と一緒に行動できるのは、今度の夜会が最後になるのか。
私は深々とお父様に頭を下げて告げる。
「ありがとうございます、お父様」
「可愛い娘のためだ。これぐらいどうということはないさ。
私の方こそ、不甲斐ない父親ですまなかったね」
「いえ、そんなことはありません。
お父様は今でも、自慢の父親ですわ。
――では、失礼いたします」
お父様の執務室を辞去し、私は重い足取りで部屋に戻っていった。
****
私はベッドに仰向けになって考え込んでいた。
お父様の負債は領地を売り払うほどの巨額。
狭い子爵領とはいえ、並の商人が融資できる額ではないだろう。
……だけど、ラーデマッハー伯爵家なら?
今度の夜会で伯爵令息の目に留まれば、私は婚約者になれる。
そうなれば、融資を頼みやすくなるかもしれない。
そうすれば十六歳の私でも、お父様のお力になれる。
――今度の夜会、絶対に失敗できない!
だけど、エレオノーレも伯爵令息の婚約者の座を狙っているはず。
彼女と競争する真似は、なんだか嫌だった。
……彼女が伯爵令息の目に留まらなければ、その時に考えてみよう。
彼女を裏切るような真似をするぐらいなら、平民に身を落とす方がマシだ。
ごめんなさいお父様、私は家のことより、友情を大切に思ってしまいました。
だけどお金のために友情をないがしろにする真似は、私にはできない。
私は至らない自分に落ち込みながら、ゆっくりと目をつぶった。
****
新しい群青のドレスに身を包み、私はそわそわとエレオノーレを待った。
家に迎えに来たエレオノーレは、目の覚めるような鮮烈な赤いドレスを身にまとっていた。
あちこちに宝石をちりばめ、目にも華やかなエレオノーレのドレスを、私は羨望の眼差しで見つめた。
……我が家には、そんな豪奢なドレスを仕立てるお金なんてなかったものね。
上質の生地を使った質素なドレスを作るのが精一杯。これでも、お父様のなけなしの貯えを使って作ってくださった、最後のドレスだ。
満足気なエレオノーレが私に告げる。
「どう? 良いドレスでしょう?
でもクリスのドレスも素敵よ。あなたらしい清楚なドレスだと思うわ」
私は曖昧に微笑んで応える。
「ありがとうエリー。それじゃあもう行きましょうか。
そろそろ間に合わなくなるわよ?」
「ええそうね。遅れる訳にはいかないのだから」
****
伯爵家のホールでは、煌びやかな貴族子女たちが大勢集まっていた。
エレオノーレのドレスすらかすむかと思うような、そんな上流階級の衣装を見て、私は頭がくらくらしていた。
なんなのこれは。私なんて、場違いにも程があるんじゃない?
宝石なんて、イヤリングとして付けている色のない小粒のダイヤだけ。
申し訳程度に銀のネックレスを首にかけているけれど、こんな貧相な姿をしてるのは、会場で私だけに見える。
隣で緊張した様子のエレオノーレが私に告げる。
「大丈夫よクリス。女は見た目じゃない、中身なんだから!」
「……そうね。相手もそう思ってくれれば、一番なんだけれど」
夜会会場を見回すと、丁度人だかりから抜けてきた背の高い金髪の青年と目が合った。
彼は微笑みながらこちらに歩んでくる。
「ちょっとエリー、誰か来るわよ!」
「落ち着いてクリス! あれが伯爵令息のパトリック様よ!
――いい? しくじらないようにね!」
そんなことを言われても、どうすればいいのかなんてわからない。
目の前に来たパトリック様が、私に向かって微笑んで告げる。
「やぁ、君は初めて見る令嬢だね。
名前を伺っても構わないかな?」
私は慌ててカーテシーを取り、パトリック様に応える。
「グルーヘンフェルト子爵が娘、クリスティンと申します!
今夜はご招待に預かり、光栄に存じます!」
隣でクスクスと笑みをこぼすエレオノーレが、私に続いて告げる。
「シュタール子爵が娘、エレオノーレと申しますわ。
ラーデマッハー伯爵とは、お父様が親しくさせていただいております」
落ち着いた様子で応えるエレオノーレは、まるで上位貴族の風格すら感じさせるようだった。
周囲からもクスクスとした笑みがこぼれ聞こえてくる。
「ごらんになった? 同じ子爵令嬢でも、ずいぶんな違いですわね」
「グルーヘンフェルト子爵といえば、近々爵位を返上すると噂だね。
事業に大失敗して融資を頼みに駆けずり回ってるという話だ」
「でもシュタール子爵といえば、やり手の事業家でしょう?
なぜそんな家の令嬢が、仲良く並んでるのかしら」
「見ればわかるだろ? お情けだよ。
それにみすぼらしい令嬢が隣に居れば、子爵令嬢といえども立派に見えてくる。
ただの引き立て役として連れ回してるんだろう」
周囲の勝手な憶測が、私の神経を苛立たせる。
――私とエレオノーレの友情は、そんな薄汚いものなんかじゃない!
怒鳴りこんで、謝罪を要求したかった。
だけど貴族最後の夜会で、騒ぎを起こすわけにもいかない。
私は大人しくただ曖昧に微笑み、パトリック様の言葉を待った。
パトリック様も周囲の言葉が耳に入ったのか、私を気の毒そうな目で見つめてきた。
「そうか、グルーヘンフェルト子爵は事業で困難な目に遭っているのか。
私で相談に乗れることなら乗ってあげたいものだが――」
横からエレオノーレが明るい声で告げる。
「そんな暗い話題、今夜の夜会にふさわしくありませんわ。
それよりパトリック様、ご一緒に踊っては頂けませんか」
パトリック様がエレオノーレを一瞥してから、私を見つめて手を差し出した。
「こういう場で淑女からダンスを申し出るのは、失礼というものだよレディ。
――クリスティン嬢、私と一曲いかがかな?」
私は驚いて、パトリック様が差し出した手を見つめた。
私と? 自分から誘ったエレオノーレは、どうなるの?
横を見ると、悔しそうに歯を噛み締めているエレオノーレが私を睨み付けていた。
……なぜ? どうしてそんな顔をするの?
こんなエレオノーレ、今まで見たことがない。
いつもニコニコと、上機嫌で微笑んでいるのが私の知るエレオノーレだ。
「私とのダンスでは、御不満かな?」
パトリック様の言葉に、私はハッとなって彼の手を取った。
「とんでもありません! 私で良ければ喜んで!」
パトリック様は私の手を引いて、ホールの中央へと向かっていった。
****
ダンスを踊りながら、パトリック様が私に告げる。
「先ほどの話の続きだが、私から父上に融資をお願いしてみよう。
私が強く願い出れば、おそらく父上も頷いてくれると思う」
私は困惑しながら応える。
「なぜ、そのようなことをして頂けるのですか?
我が家には融資の担保にできる財産など、もうありません」
パトリック様がにこりと微笑んだ。
「担保、担保ね……それなら、君が担保になる、というのはどうだい?」
私は眉をひそめて応える。
「どういう意味でしょうか」
「今夜、私の部屋においで。それができるなら、父上に融資を頼んであげよう」
――それが意味することぐらい、私にだってわかる。
家を救うために、この身体を売れというの?
こんな軽薄な人だったなんて……。
私が嫌悪感で身を縮めていると、パトリック様が微笑みながら告げてくる。
「私の婚約者となるなら、身体の相性を知りたいと思うのも仕方ないだろう?
それでお互い納得できれば、私の婚約者として指名しよう」
「……せっかくのお申し出ですが、お断りさせていただきます」
ごめんなさい、お父様。
家のために品位まで売り渡す真似は、私にはできません。
パトリック様が楽しそうに微笑んだ。
「本当に構わないのかい? それが唯一、家を救う道だとわかっているんだろう?」
「だとしても、私はあなたを受け入れるつもりはありません」
「そうかい? でも私は君を気に入った。
垢抜けない令嬢を抱くのも、たまにはいいだろう」
――今まで、何人も肌を許しているというの?!
私はそれきり黙り込み、おぞけを我慢してダンスが終わるまで耐えきった。
****
ようやくダンスが終わりエレオノーレの下へ戻ってくると、今度はパトリック様がエレオノーレに手を差し出した。
「またせたね。では今度は君だ、エレオノーレ」
エレオノーレはニコリと微笑み、パトリック様の手を取った。
「ええ、喜んで」
再びホール中央へ向かっていく二人を見ながら、私は深いため息をついた。
……貴族最後の思い出がこんな夜会だなんて、最悪だ。
私に貴族なんて、向いてないのかな。
ぼんやりと踊っているエレオノーレを視界に納めていると、背後から男性に声を掛けられる。
「君は確か、グルーヘンフェルト子爵令嬢のクリスティン、でよかったかな?」
驚いて振り向くと、銀髪の青年が私を見つめて立っていた。
「はい、グルーヘンフェルト子爵が娘、クリスティンと申します」
銀髪の青年がニコリと爽やかに微笑んだ。
「私はルーカスだ。パトリックとは学友でね。
今日もあいつが悪さをしないか見張っていたんだが、君はどうやら彼の手から逃れてくれたらしい」
「……ルーカス様は、パトリック様の女遊びをご存じなのですか?」
ルーカス様が肩をすくめた。
「貴族学院では有名だったからね。
下位貴族の娘を狙っては、富と権威で言うことを聞かせて関係を迫る男だよ。
女癖以外は、悪い奴じゃないんだがね」
私は慌ててエレオノーレを見つめて告げる。
「エリー、大丈夫かしら……」
「どうだろうね。彼女もしたたかそうだ。
ただ食われるだけで終わらせる女性にも見えない。
心配は不要だろう」
ということは、婚約者の座を射止めるために、身体を差し出すのだろうか。
……あの気位の高いエレオノーレが?
だとしても、あんな男性と婚姻しても、彼女が幸せになれるとも思えなかった。
なのに、彼女はパトリック様と楽しそうに言葉を交わし続けている。
時折こちらに寄越す視線は、まるで私を蔑むかのような視線――いえ、これは私が貴族でなくなるという負い目で感じる錯覚。
エレオノーレに限って、私をそんな目で見るわけがない。
ダンスから戻ってきたエレオノーレは、満足気な笑顔で私に告げる。
「クリス、今夜は帰りが別になるわ。少し用事ができてしまったの。
あなたには悪いけど、うちとは別の馬車を借りて帰ってもらえる?」
そんな、こんな上位貴族の夜会で、貸し馬車なんて用意されてない。
手配を伯爵家に頼む訳にもいかないし、そうなれば徒歩で帰るしかない。
そんなことより――
「まさかエリー、パトリック様の申し出を受けたというの?」
「ええ、それがどうしたの? これで婚約者の地位が手に入るなら、安い物よ」
私は愕然としながら彼女の言葉を聞いていた。
エレオノーレは、そんな子だったの?
パトリック様も満足気にエレオノーレの肩を抱いていた。
「クリスティン嬢、君には悪いけど、先約ができてしまった。
エレオノーレ嬢が私を満足させられなければ、改めて君にも融資の話を申し出よう」
「お断りさせていただきます!」
私の荒げた声を、ルーカス様が手で制止した。
「まぁまぁ、そう興奮しないで。
――パトリックお前、『今度こそ女遊びは止める』と言っていなかったか?」
パトリック様が楽し気にエレオノーレの顔を見つめた。
「彼女が私を今夜満足させれれば、それで女遊びは終いさ」
「どうだかな――エレオノーレ嬢、こいつの言葉を信用するなよ?
今まで何度も約束を破ってきた男だ」
エレオノーレは得意気な微笑みで応える。
「あら、それは今までの令嬢がパトリック様を満足させられなかっただけではないのかしら。
私ならそんな事にはなりませんわ。
クリスのようにカマトトぶる娘でもありませんもの」
――カマトトって、どういう意味?!
私が言葉を失っていると、エレオノーレはパトリック様を連れ、私たちから談笑しつつ離れていった。
ルーカス様が深いため息をついた。
「あれはだめだな、新たな被害者になるかもしれない。
君の友達を救ってやれなくてすまなかったね」
「いえ……彼女も、納得しての行動みたいですから」
だけど、もうこの夜会に居る意味もなくなってしまった。
歩いて帰るなら、そろそろ戻らないと危険な時間だ。
私はルーカス様に頭を下げて告げる。
「本日は心配して頂き、ありがとうございました。
私はこれでお暇致します」
ルーカス様が明るい笑顔で応える。
「それなら私の馬車で送ろう。
こんな夜に、令嬢が外を出歩くものじゃない」
私は慌てて頭を上げ、両手を振って告げる。
「そんな! 送っていただくなんてそんなこと、できません!」
ルーカス様がチャーミングなウィンクで応える。
「美しい令嬢を家に送る栄誉ぐらい、私に与えてくれないか。
私ももう、今夜は用事が済んでしまった。
ここに居る意味がないから丁度いいんだ」
ここまで言われて、断るのは逆に失礼だろう。
「……わかりました。それではお願いいたします」
「うん、任せておいて欲しい」
私はルーカス様が差し出した肘に掴まり、ホールを後にした。
****
ルーカス様の馬車の中で、私は黙り込んでいた。
……そもそも、ルーカス様は家名を名乗らなかった。
どこの家の貴族令息なのだろう?
聞きたいけど、それはそれで失礼な気がして聞けなかった。
クスリとルーカス様が笑みをこぼす。
「しかし、パトリックの誘いに乗らなかった下位貴族令嬢は珍しい。
君の家のように困窮していれば、まず断れない。
よく君は断れたね」
「……婚前交渉なんて、できる訳がありません。
パトリック様の神経も、エリーの神経も疑いますわ。
まっとうな貴族の倫理観ではありません」
ルーカス様が楽しそうに笑いだした。
「ハハハ! 君のように品位の高い人ばかりなら、世の中はもっときれいになるのだろうけどね。
ラーデマッハー伯爵家のように大きな家の令息に見初められ、妾にでもなれれば下位貴族より裕福な生活ができる。
それを当てにして関係を許してしまう子も、少なくないみたいだよ」
私は嫌悪感で眉をひそめて、ルーカス様に尋ねる。
「それで、いったい何人の女性が関係を持ったのですか?
その女性たち全員を妾にしていたら、いくら伯爵家でも苦しいのでは?」
ふぅ、とルーカス様が小さく息をついた。
「そうだろうね。だから私も伯爵から頼まれて彼の監視をしていたんだが、どうやら力及ばずだ。
せめて彼女――エレオノーレが最後の被害者であればいいんだけどね」
私がエレオノーレを心配してうつむいていると、ルーカス様が声をかけてくる。
「そんなに彼女が心配なのかい?」
「エリーとは友情を誓いあった親友ですもの。心配でない訳がありませんわ」
「そうか……今夜の彼女の姿を見て、それでも友情を感じているのかい?」
今夜のエレオノーレ――今まで知らなかった彼女の顔。
周囲が噂するように、私は彼女の引き立て役でしかなかったの?
私は真っ直ぐルーカス様の目を見て告げる。
「それでも、彼女が私との友情を裏切らない限り、私たちは親友だと思っていますわ」
ルーカス様が優しい目をして頷いた。
「うん、人を信じる心は美しい。
君は見た目だけじゃなく、心まで美しいようだ」
私は熱くなる頬を自覚しながら、ルーカス様から目をそらした。
「お戯れはおやめになってください。
このように質素なドレス、あの場では貧相で浮いて見えたでしょう?」
「だが、君の家の経済状況を鑑みれば、立派な一張羅だ。
きっと君のお父上が、最後の貯えを振り絞って用意してくれたドレスなのだろう?
だからもっと胸を張ってドレスを着てあげるといい」
私はハッと我に返り、自分のドレスを見下ろした。
お父様が用意して下さった、新品のドレス。
貴族生活最後の思い出にと、はなむけに贈ってくださったもの。
私はドレスを着た自分の身体を抱きしめて、静かに頷いた。
「……ええ、その通りです。
ですがお父様のお心づかいも無駄に終わってしまいました。
私の貴族生活最後の夜会が、あんなものになってしまうだなんて」
「なに、そう悲観したものじゃない。
君は今夜、私と出会えた。
それは決して悪いことではなかったんじゃないかな。
少なくとも、私はそう思っている」
私は顔を上げ、小首を傾げてルーカス様を見つめた。
「それはいったい、どういう意味なのでしょう?」
ルーカス様はにっこりと微笑んで応える。
「今にわかるさ」
それきり、ルーカス様は楽しそうに私の顔を見つめているようだった。
私は戸惑いながらその視線を受け止め、次の言葉が見つからないまま我が家に到着した。
馬車から降りると、ルーカス様が私に告げる。
「それじゃ、またいつかどこかで会おう」
私は小首を傾げて尋ねる。
「それはどういう意味ですか?
間もなく我が子爵家は、爵位を返上するのですよ?
もうルーカス様にお会いすることもないでしょう」
ルーカス様が私にウィンクを飛ばしながら告げる。
「それを今この場で口にする事はできない。
私にも、この先どうなるかはわからないからね。
だけどきっと、君には神のご加護があるはずだ」
謎の言葉を残し、ルーカス様は馬車に乗りこんで去っていってしまった。
****
それからしばらくして、エレオノーレが我が家を訪ねてきた。
なんと同伴しているのは、パトリック様だ。
エレオノーレが勝ち誇った顔で私に告げる。
「クリス、私はパトリック様の婚約者となったの。
これで私は将来の伯爵夫人よ。
だけどあなたは私の親友、これからも仲良くしていきましょうね」
困惑する私は、眉をひそめて応える。
「平民となる私が、伯爵夫人となるあなたとどうやって仲良くなるというの?」
フフン、とエレオノーレが鼻を鳴らして応える。
「下女にでも雇ってあげるわ。伯爵家の下女なら、並の平民よりは稼げるわよ?
私付きの下女になれば、また一緒にいられるわ」
――親友に自分の召使になれと、そう言ったの?!
「エリー、あなた……自分が何を言っているのか理解しているの?」
「もちろんよ? 私とあなたは死ぬまで一緒。
ずっとそばで飼っていてあげるわ。
あなたは暮らしの心配をすることなく、私の世話をすればいいのよ」
私はもう、言葉もなくエレオノーレの顔を見つめていた。
――私が信じていた友情は、幻だったの?
エレオノーレが満足した笑みで告げる。
「そのあなたの絶望した顔が見たかったのよ。
いままでずっとその顔が見たくて仕方がなかった。
グルーヘンフェルト子爵家の事業を邪魔し続けた甲斐があったわね」
「――お父様の事業の邪魔をしていたと、今そう言ったの?!」
「そうよ? 横に居るあなたが落ちぶれるほど私の引き立て役に相応しくなるもの。
あなたは一生涯の親友。死ぬまで私の引き立て役として、そばに居てくれないとね」
パトリック様がニコニコと楽し気に告げる。
「エレオノーレ嬢の性格は、実にしたたかで我が家向きだ。
それに身体の相性もとてもよかった。
彼女となら、婚姻しても構わないと思ってね。
だけどクリスティン嬢が望むなら、いつでも私は歓迎するよ?」
「パトリック様! 女遊びはお止めになるお約束ですわよ?!」
「おっと、そうだったね。つい癖で口説いてしまった。
――ではクリスティン嬢、この後に予定があるので失礼するよ」
嵐のような二人は、私の心を乱すだけ乱して帰ってしまった。
……エレオノーレが、あんなことを思っていただなんて。
しかもお父様は経営下手だと思っていたけれど、実はエレオノーレの父親であるシュタール子爵が事業の邪魔をしていた?
そのせいで、お父様は多額の負債を背負う羽目に?
もう、何も信じられない。
私は力が抜けて、リビングのソファに座り込んでいた。
ぼんやりしている私に、侍女が告げる。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「――あ、ええ。わかったわ」
私は我に返り、重たい足取りでお父様の執務室へ向かった。
****
「お茶会、ですか? この時期に?」
返済期限は来月らしい。
もう我が家は、貴族でなくなる目前だ。
そんな私をお茶会に誘う意味なんて、ないだろうに。
お父様が頷いた。
「そうなんだ。突然『融資しても構わない』と仰って下さる方が現れたんだけどね。
条件として『お前とのお茶会を設定して欲しい』と要望された」
私は困惑して眉をひそめて応える。
「それは、お茶会に参加するだけなのですか?
それ以上を要求されることは、ないのですか?」
お父様がふぅ、と小さく息をついた。
「お前の心配も分かるよ、クリステティン。
だが先方の要求はお茶会への参加、ただひとつだ。
参加するなら、向こうがドレスを寄越してくれるとまで言ってくれている」
ドレスを? それはつまり、手持ちのドレスでは参加できない格式のお茶会なのでは?
「お父様、相手はどなたなのですか?」
お父様は困ったように微笑んだ。
「それは秘匿して欲しいと、先方から言われている。
先入観なく会って欲しいそうだからね。
――とはいえ、お茶会の会場は王宮だ。
それで隠せると思う辺り、彼も若いと言う事かな」
王宮って、王家の関係者?!
「お父様、それはいったい?!」
「すべては、彼と会ってからの話だ。
我が家を救うため、お茶会に参加してくれないか」
この条件で、私が断る理由なんてない。
「……はい、わかりましたお父様」
お父様は満足そうに頷いた。
「うん、頼んだよクリスティン」
私は困惑しながら、お父様の執務室を辞去した。
****
お茶会当日、私は先方から送られて来たドレスに身を包んでいた。
……絹でできた真っ白いドレスには、いくつもの真珠が縫い付けられている。
同梱されて来たアクセサリーも、華美にならない程度の宝飾品だ。
姿見で確認しても、落ち着いた気品あふれる装いになっている。
だけど、どう考えても高位貴族が用意する贅沢品だ。
戸惑う私に侍女が告げる。
「迎えの馬車が参りました」
「――わかったわ、今行きます」
私は不安を胸に抱えながら、部屋を出た。
****
王宮では侍女が私を丁寧に案内してくれて、中庭にあるお茶会の場に誘導してくれた。
その場で待っていたのは――ルーカス?!
彼は嬉しそうに微笑みながら手を挙げた。
「やあ、待っていたよクリスティン嬢」
「ルーカスあなた、王家の関係者だったの?!」
彼はにこりと微笑んで応える。
「さぁ、それはどうかな?
でもこんな場所しか、私には許可が下りなくてね。
肩の凝る場所になってしまってすまない。
――さぁ、座って座って」
私は示されるままに椅子に座り、王家の関係者の名前を思い出していた。
第一王子エドヴィン殿下、第二王子フリードリヒ殿下、第三王子はまだ幼かったはず。
ルーカスなんて青年は、王族には居ないはずだ。
困惑する私に、ルーカスの隣に座る壮年の男性が告げる。
「そう緊張する必要はない。この場は非公式で私的な場だ。
王宮に入る以上、それなりの身なりをしてもらったが、ただそれだけの席だと思って欲しい」
私はおずおずと応える。
「あの、あなたは……?」
「失礼、私はアーノルト侯爵。殿――ルーカスに頼まれてこの場に居る」
今、殿下って言いかけなかった? どういうこと?
「ルーカス様、なぜアーノルト侯爵をこの場に?」
彼は困ったように微笑んで応える。
「私がグルーヘンフェルト子爵家への融資を相談したら、アーノルト侯爵が『待った』をかけてね。
彼の条件を飲めるなら、融資をしても構わないと言われてしまったんだ」
私は眉をひそめてアーノルト侯爵を見つめた。
「その条件、とは?」
アーノルト侯爵が厳しい目で私を見つめて告げる。
「クリスティン嬢、まだ明かせないが、ルーカスはやんごとなき血筋を持った人間だ。
その彼に今夜、身体を預けられるというのであれば、融資の件に私も頷こう」
私は嫌悪感を込めてアーノルト侯爵の目を見つめ返した。
そんな悪趣味な話を、再び聞くことになるなんて思わなかった。
「……お断りいたします。
たとえどんな相手だろうと、私は品位を失ってまで貴族にしがみつくつもりはありません」
「だが、今すぐ融資の話を進めなければ、君の家族と家人が路頭に迷う。
それは君の父親も本意ではないだろう」
「お父様も、きっと理解して下さると信じています」
私が強い意志でアーノルト侯爵を睨み付けていると、彼がフッと明るい笑みを浮かべた。
「……なるほど、殿下の仰る通り、立派な令嬢だ。
これなら私もクリスティン嬢を養子に迎えても構いません」
――は?! 養子?! なんの話?!
「あの、仰る意味が全くわからないのですが」
ルーカス様がクスリと微笑んで私に頭を下げた。
「気分の悪い思いをさせてしまってすまない。
彼がどうしても、君を試したいと言って聞かなくてね。
だがこれでアーノルト侯爵も納得してくれた。
できれば、私との婚約を前向きに考えてもらえないだろうか」
私は慌ててルーカス様に告げる。
「顔をお上げになってください! 殿下と呼ばれる方に頭を下げられる理由なんてありません!
――それに、婚約とか養子とか、どういうことなんですか!」
顔を上げたルーカス様が、ニコリと微笑んだ。
「では改めて自己紹介をしよう。
私はフリードリヒ・ルーカス・ヴィンターヴォルフ。第二王子だ。
私と婚約をするとなると、子爵令嬢では不釣り合いとなる。
だから侯爵家に養子入りしてもらって、それからの婚約になるんだ」
――突然すぎて、頭がついて行かない!
混乱して言葉を失う私に、アーノルト侯爵が優しい笑顔で告げる。
「養子縁組の見返りに、私がグルーヘンフェルト子爵家に融資をしよう。
今後はグルーヘンフェルト子爵にも我が家の事業に参加してもらう。
これで子爵家も、財政が傾くと言うことはないはずだ」
「――ですが、フリードリヒ殿下と婚約だなんて、畏れ多すぎます!」
なんとか絞り出した私の言葉に、ルーカス様が告げる。
「私的な場では、ルーカスと呼んで欲しいなぁ。
親しい人にはそれで通っているんだ。
フリードリヒって、なんだか偉そうだろ?」
その言葉に呆気にとられ、思わずクスリと笑ってしまった。
クスクスと笑っていると、ルーカス様が楽しそうに告げる。
「うん、君は笑顔もチャーミングだね。
どうだろう、王家に嫁ぐと考えず、ルーカス個人を伴侶としてみることが出来ないか、考えてみてくれないか。
私は君のことを、稀有な令嬢だと認識しているんだ」
「稀有ってそんな……買いかぶり過ぎですわ。
それに私に王家に嫁ぐ教養などありません」
アーノルト侯爵が楽しそうに笑った。
「ハハハ! それはこれから、勉強していけばいいだけの話だ。
問題は殿下を夫として受け入れられるかどうか――違うかな?」
私は困惑したまま、眉をひそめてルーカス様を見つめた。
第一印象は、優しく誠実な人だ。
それは今も変わらないように思える。
婚約相手としてなら、望外の相手と言えるほどだ。
だけど、王族かぁ。それは荷が重いなぁ。
私が返事に迷っていると、ルーカス様がニコリと告げる。
「どうかな、男として私は、君の眼鏡にかなうだろうか」
「それは――不服はありませんが。
ですがやはり王族に嫁ぐというのは少し……」
アーノルト侯爵が楽し気に告げる。
「ただの王族ではない。殿下は立太子が目されているから、未来の王妃だ。
だからこそ君の心の在り方を見定めさせてもらった。
王妃に相応しい品格を持っていると、私は思う」
「――なおさら荷が重たいですよ?!」
ルーカス様が私の手を取って微笑んだ。
「そこは私が支えてみせる。
だからクリスティン嬢も、私の心を支える人になってくれないだろうか。
なに、王族の生活も、慣れてしまえば大したことはないさ」
――あるに決まってるでしょう?!
喉まで出かかった言葉を、私は必死に飲み込んだ。
この人、世間知らずなのかしら。
なんだか放っておけない気がして、私はおずおずと告げる。
「では、婚約者という話まではお受けします。
ですが王族の生活が私には無理だと思ったら、それで婚約は白紙にさせていただきますよ?」
ルーカス様が満足気に頷いた。
「うん、今はそれで構わないよ。
これから時間をかけて、君が私の妻になりたいと思えるようにしていくから。
まずは今日のお茶会を楽しもう!」
ルーカス様の合図で侍女たちが給仕を始め、私たちはお茶を飲みながら言葉を交わしていった。
彼と言葉を重ねるたびに、その人柄が浮き彫りになっていく。
第一印象通り、それ以上に優しく誠実で気さくな人柄は、いつの間にか私を虜にしていたようだ。
気が付くとお茶会の時間が終わりを告げていた。
この楽しかった時間がもう終わりかと、残念に思っていると、ルーカス様が嬉しそうに告げる。
「どうやらクリスティン嬢も、楽しんでくれたみたいだね」
「……あの、私のことはクリスとお呼びください。
親しい人には、そう呼んでもらっているので」
ルーカス様がニコリと微笑んで頷いた。
「わかったよクリス。ではまた次の機会に会おう」
そうして私はルーカス様たちと別れ、帰りの馬車に乗った。
****
私がアーノルト侯爵家に養子に入った後、ルーカス様にエスコートされた夜会。
そんな場で私はあの二人――パトリック様とエレオノーレに会った。
エレオノーレは顔を引きつらせながら私に告げる。
「まさか、クリスティンが侯爵令嬢になるだなんてね。
それで? 第二王子を伴って夜会に来るなんて、私へのあてつけかしら」
私は戸惑いながら応える。
「何を言っているのエリー。偶然同じ夜会に出席しただけじゃない。
それに私たちの友情は永久不滅なのでしょう? あなたがそう言ったのよ?」
キッと私を睨み、エレオノーレが告げる。
「エリーなんて呼ばないで、馴れ馴れしい!
クリスティンなんて、もう顔も見たくないわ!」
エレオノーレは、戸惑うパトリック様の腕を引いて私から離れていってしまった。
……結局、彼女が求めていたのは引き立て役の私。
私が格上の侯爵令嬢になって、第二王子であるルーカス様の婚約者になった今、引き立て役になるのはエレオノーレ。
そんな状況に耐えられなくなって、逃げ出してしまったのだろう。
彼女が口にした『友情』って、なんだったのだろう。
私が小さく息をつくと、ルーカス様がニコニコと微笑んで告げる。
「子爵令嬢風情が、我が婚約者であり侯爵令嬢でもあるクリスに、あの態度は頂けないね。
だけど彼女はこれから、もっと苦しい目に遭って思い知ることになる」
私は眉をひそめて尋ね返す。
「どういうこと? ルーカス様は何を知ってるの?」
ルーカス様がニヤリと楽し気に笑みを作った。
「つい最近、宰相であるラーデマッハー伯爵の不正の証拠が見つかってね。
宰相の権限を使って、思うままに私腹を肥やしていたらしい。
今は証拠固めの最終段階だが、もう逃げられる状況じゃない。
そんなラーデマッハー伯爵家の婚約者であるエレオノーレの未来が楽しみだと思ってさ。
――もちろん、宰相を断罪するのはエレオノーレが婚姻してからにするけどね?」
私は開いた口がふさがらなかった。
「……ルーカス様、あなた案外、意地の悪い人だったの?」
「私の大切なクリスを踏みにじってきた令嬢に、情けをかけるつもりはないよ。
今まで君を苦しめたぶん、きちんと苦しんでもらうとしよう」
「まぁ、怖い人……あなたを怒らせないよう、私も気を付けないといけないわね」
「ハハハ! 私は君に夢中だ。そんな君を泣かせる真似を許せない――それだけだよ」
****
それから数か月後、エレオノーレが婚姻すると同時に宰相が捕縛された。
伯爵一家として宰相らと一緒に投獄されたエレオノーレに会いに行ったけれど、彼女はがなり立てるばかりで話にならなかった。
ラーデマッハー伯爵家は取りつぶしになり、爵位と領地を剥奪されるらしい。
となると、エレオノーレは平民に身を落とすことになるのかな。
下女として雇う――のは、さすがに彼女が可哀想だろうか。
でも一応は意思を確認しようとしたのだけれど、話を聞いてもくれなかった。
私はそれから半年後、ルーカスと婚姻した。
それと同時にルーカスは立太子したので、私は王太子妃だ。
毎日勉強することばかりで忙しいけれど、ルーカスを一日でも早く助けられるように、私も頑張らないと!
平民となってしまったエレオノーレたちが困窮しないよう、国民の暮らしをよくするのが今の私の務めだからね!