雪うさぎ
寒い日だった。
しんしんというオノマトペすら似合わないような、静かな雪景色。
買い出しに向かうために玄関を開けた私を待っていたのは、予想通りの銀世界と。
「あら……?」
庭を突っ切る道の端にちょこんと置かれた、緑色の耳と雪の体を持つ、小さな小さなお客さんだった。
「まあ、可愛い」
思わずマフラーに隠した口を綻ばせて、お客さんの前にしゃがみ込む。
赤い実の目がつぶらで、とてもよくできている。後から降った細かな雪が柔らかそうな体毛のようで、ますます愛らしかった。
この子の親は誰かしら。
そう思って記憶を辿ると、一昨日の来客を思い出した。
孫が、一人でこの家に訪ねて来たのだ。
もちろん家庭のトラブルとかではない。高校生になる彼は、小さい頃から定期的にこの敷地に足を踏み入れるのが、もう普通の感覚になっている。
いきなりという訳でもなく、来たい時は一本の電話を入れてから来るものだから、私も彼がこちらに着く前につい可愛がる準備を済ませてしまって、今か今かとキッチンから玄関をちらちら見てしまうくらいに心躍る時間を過ごさせてもらっている。
マフラーの上から手で口元を抑えて笑ってしまった。
あの子が作ったのなら、こんなに可愛くても無理ないわね、と一瞬本気で思うくらいに、私はあの子が愛らしくて仕方がないのである。
しかし……本当に綺麗ね。器用だわ。
表面はとても滑らかだし、赤い実も耳の部分の葉も、それぞれ二つ、こんなに形の揃ったものをどうやって見つけたのかしら。
私の身長を越してどんどん大きくなっていく身体とたくましくなっていく手に、私の知らない芸術の才能を垣間見た感覚。
懐かしいわね。子供って本当にすぐ大きくなっちゃって、私みたいな老いぼれすぐ置いて行ってしまうんだもの。
私ったらいい歳して拗ねちゃうわ。
……。
……私も何か作っちゃおうかしら。
可愛いお客さんの横に私も置きたくなってきちゃった。
触れた雪は柔らかに、私の指先を受け入れた。
冷たい……!
そうよ雪なんだから当たり前よ何言ってるの私。でも冷たい! びっくりしちゃう!
思えば雪遊びなんていつぶりだろう。
手の体温が奪われるのを無視して、私はくるくると球体を作り始めた。
空気を含んでいた雪が固くなり、球を成形していく。それを感じながらいい頃合いで先客の傍に置いた。
また雪を少し集めて丸め、今度はさっき置いた歪な球体の上に乗せてみる。
雪だるま完成。
目や手は後で付けよう、手が冷たい。
立ち上がって二、三歩下がり、仕上がりを見てみる。
私の不器用さが露見する以外は、とっても可愛い景色がちんまりと庭に賑わいを見せていた。
思わずちっちゃくガッツポーズ。ご近所さんが見てなくてよかったとやった後で心底思った。
手は既にかじかむほど冷たいけれど、その犠牲で作り上げた銀世界の住人の愛らしさに大満足の私が居る。
上機嫌でスマホで写真を撮り、息子の奥さん、孫の母親に送った。喜んでくれるかしら。待ち受け画面への設定の仕方も教えて貰えるととっても嬉しいわ。
青空の見えない雪の日。
久々の雪遊びにすっかり上機嫌な私は、鼻歌を歌いながら買い出しへと歩き出した。
「あらあらまあまあ……!」
次の日、目も手もついていなかった雪だるまに、位置の整った石ころの目と左右差のあるアンバランスな枝の手が付け加えられていた。
雪景色の似合うお客人と、その横にぽつんと佇む緑色の耳。とってもとっても可愛らしくって思わず笑みがこぼれてしまう。
そうだ。これを待ち受け画面にできたらきっと可愛いわ。
粉雪の舞う中。微かな布摺れの音の後に、ぱしゃり、とリアリティのないシャッター音が銀世界に鳴り響いた。