身代わり令嬢はカエル侯爵のところに嫁に行く
妹の身代わりとしてカエル侯爵と名高いワラントのもとに嫁いだサマンサ。その城は湿地帯の中にあり、近くには人間とみまがうほどの巨大カエルがいると言う。そんな彼女を門前で出迎えたのは巨大なウシガエルだった。
意地悪な妹と心優しい姉。みんな大好きド定番な話。
※メインに巨大カエルが出ます。苦手な方は注意して下さい。
ここはたぶん中世ヨーロッパのどこか片田舎の、とある貴族のお屋敷である。たぶんとついたのはそれを実証する資料がどこにもないからだ。なのでたぶん、としておく。
「お姉さまったらそんなこともおできにならないなんて」
高笑いしているのは妹のマーリンだ。
「お姉さまってやっぱり何をやっても駄目なのですね。ブサイクだしデヴだしそれに……」
念のために言っておくと確かにマーリンは可愛らしい容姿をしていた。小柄で細く、巻いた髪はきれいに整えられていて着ているものも申し分なくよく似合っていた。一方、姉のサマンサは大柄でどちらかと言えばたくましく色黒で、押し付けられた古いデザインのドレスはつんつるてんであった。
「ごめんなさい」
別にサマンサが謝る必要はなかった。ただ一方的にまくしたてられる悪口に耐え難かっただけである。そう言っておけばとりあえず一瞬でも妹の罵詈雑言は止まるからであった。
「無能ってこういうことを言うのかしら」
さらにマーリンが言い募ろうとした時、ドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。父のカヤッカ伯である。
「我が家に縁談がきた」
ちょうどよく娘二人が揃っているのを見て、カヤッカ伯は話し出した。
「相手はエンマーレ領のワラント侯爵だ。マーリン、行ってくれるな?」
話によればワラント侯爵は妹のマーリンを希望とのことだった。父のカヤッカ伯は支度金に目がくらんだのである。本人の希望も聞かずに二つ返事で受け、その金はもうとっくに自分の懐にしまい込み済みであった。
「イヤよ。カエル侯爵なんて」
エンマーレ領は湿地帯である。夏場には大量のカエルが城の周りを取り囲み鳴いていて、そのためにワラント侯爵はカエル侯爵とも呼ばれていた。また城の近くには人間とみまがうほどの巨大カエルがいるとも噂されていて、それもその評判に一役買っていた。
「そういうわけにはいかん。行きなさい」
「イヤ! 絶対にイヤ!」
カヤッカ伯は必死である。もう金を貰ってしまったので当然であった。しばらく押し問答が続き、二人はふとそこにいるサマンサに目をとめた。
「……あー、聞き違いだったかもしれん」
「そうだったのですね、お父様」
サマンサは否も応もなくほんの少しの荷物とともに馬車に押し込まれ、エンマーレ領に送り出された。父も妹も極悪であった。
城門前には一応、迎えの者が出ていた。ただし人間ではなかった。
「ぶも~ぅおうぉ」
彼女を迎えに出ていたのは一抱えほどもあろうかという大きなウシガエルであった。それがぶもぶも鳴きながら馬車を降りたサマンサに近寄ってきた。
「あの、はじめまして」
カエル侯爵の名は伊達ではない。ここには使用人ならぬ使用ガエルがいるらしい。サマンサは妙に感心するとその大きなカエルに話しかけた。
「ぶもー」
「サマンサ・カヤッカと申します」
「ぶもー」
「こちらのワラント侯爵にお目通り願いたく……」
「ぶもーう」
「私はワラント侯爵の妻としてこちらに参りました。それなので取り次いでいただきたいのです」
「ぶも」
すると正面の城門が開いて中から人間が出てきた。格好からするに衛兵のようであった。
「何をしている」
「あっ」
サマンサは衛兵に言った。
「あの、ワラント侯爵に取り次いでいただきたいのですが。先ほどからこちらの方にお願いしているのですが、なかなか話が通じなくて……」
衛兵はあきれたようであった。
「なんでカエルと話をしている」
「……こちらは出迎えの方ではないのですか」
衛兵は困ったような顔になった。そして言った。
「それはただのカエルだ。でかいので城の者達にヌシと呼ばれているが。まあいい、何の用だ」
衛兵が近寄ってくると、ヌシはおとなしくのそのそとその場から離れていった。サマンサはその様子を眺めつつ衛兵に仔細を話した。
「そうでございましたか。ではこちらに」
さっきまでの無礼を詫び、衛兵は彼女を城内に案内した。通りすがったメイドにわけを話し、主人と執事に話してもらうように頼む。ほどなく別室に通され、ワラント侯爵と執事がやってきた。
「お初にお目にかかります」
ワラント侯爵はむすっとしている。
「こちらに嫁ぎましたサマンサ・カヤッカと申します」
カエル侯爵のあだ名からどんな男が出てくるのかとサマンサは思っていたのだが、思ったよりずっともまともであった。少し陰のある顔立ちは整っており、美青年といってもよい。
「違うではないか」
「はい……」
分かってもらえるかどうかは未知数だったが、もう一度サマンサは事情を話した。執事が気の毒そうな顔になる。一方のワラント侯爵はそのままだった。
「これはコウザンシロタエガエルではない。カヤッカ伯はコウザンシロタエガエルをよこすと言ったのだぞ」
「……はい?」
カエル侯爵。そのあだ名は伊達ではなかった。
父親のカヤッカ伯は、マーリンのことをこうワラント侯爵に売り込んでいた。いわく細くて小さく、色白で繊細、そして澄んだ声であり、彼がコレクションに加えたがっているコウザンシロタエガエルとそっくりだと言ったのであった。
「はあ」
サマンサはワラント侯爵のカエル部屋でこの話を聞いていた。ワラントは水槽にいるカエル達に次々とエサを与えながらぶつぶつとこぼす。
「だから少し大目の支度金を用意してやったのに、なんだあのタヌキ親父は。まるでドドンガではないか」
ひどいことを言われているのは分かったが、いまいち例えがよく分からなかった。しかしワラントが怒り狂っているのは分かった。
「ドドンガなど……何?」
不意に彼は水槽から顔をあげ、サマンサのほうを振り向いた。
「そっくりだ。ごつくて大きくて色黒で。いや、そうだ」
そしてまじまじと彼女を見た。
「ドドンガはめったに手に入らん。コウザンシロタエガエルなどもういい。また探せばすむことだ」
あの、と彼女はおそるおそるワラント侯爵に話しかけた。
「ドドンガとは何でしょうか」
ふむ、とカエルにエサをやりおわったワラントはサマンサのことをじっと見た。そうだな、と独り言を言ってから説明を始めた。
「ドドンガとは南方のドルドー地方固有のカエルだ。この辺のカエルに比べて大きく黒い。現地でも数が少ない上に輸送が難しく、めったに出回らないのだ」
「それではコウザンシロタエガエルとは何でしょうか」
この質問にワラントは機嫌を直したようだった。
「サントールの高山地方に多く住むカエルだ。さほど数は出回っていないが探せば商人からも手に入る。山に入るのは少々骨が折れるが、採りにいけばそれなりに採れる」
「ではワラント様はカエルがお好きなのですね」
ワラントはほほう、という表情になった。
「私は世界中のカエルを集めるのが夢なのだ。そのためにこの場所に城を建てた。カエルのために一番いい場所だからな」
どこか遠くを見ながらワラントは語った。
「できればカエルを飼育する専門の施設が欲しい。この城ではとうてい足りない。まだまだ集めたいカエルはたくさんいるのだ」
「夢がおありなのですね」
どう答えていいのか分からず、大量のカエル水槽に囲まれた中でサマンサはこう言った。ワラントははっとした顔になった。
「分かってくれるのか」
そして彼女のもとに駆け寄ってきた。
「今まで誰も理解してくれなかったのだがそう言ってくれたのはそなたが初めてだ。ドドンガよ、ありがとう」
「……サマンサです」
受け入れてもらえたようだったがこのままでは一生ドドンガになってしまう。とりあえず名前を覚えてもらおう、サマンサはそう思った。
数日後、サマンサの自室に新しい服が届いた。下着もパジャマも一式セットで新調してあった。
「これは?」
それを持ってきたメイドのマリーはこう言った。
「お持ちの服が古いようでしたので買い揃えました」
「いいのに」
「いえ……あの、旦那様のことをどう思われますか」
「えっ?」
マリーは続けた。
「旦那様のカエル部屋へ行って平気だった方はあなたが初めてです。たいていの方はあのカエルを見て、旦那様の話を聞いて黙って帰られて二度と来ません」
「そうなの」
「何人もの女の方が旦那様のところにいらっしゃいましたが、みな青ざめてお帰りになりました」
なんでもここに越してくる以前は、金持ちでもあるし見た目もよかったのでワラント侯爵はけっこうもてていたらしい。しかし彼の心はカエルにしかないことが分かってみな去っていった。
「なのでぜひここに留まっていただきたいのです」
「そう、なのね」
分からなくはない。おそらく彼はカエルで財産を食い潰してしまうであろう。
「大丈夫よ。このくらい何でもないわ」
サマンサは笑って見せた。実際実家に戻ることを思えばここにいるほうがずっとよかった。それに彼女はカエルなどいくら見ても平気である。
「ありがとうございます」
マリーは感無量のようであった。
しばらくして彼女は二つ目のカエル部屋の管理を任されるようになった。恐ろしいことにこの城には四つもカエル部屋があり、それぞれ難易度が高、中、低、観賞用に分けられているのだがサマンサは中程度の部屋を割り当てられた。
「ここは少し難しいが、君ならできるだろう」
ワラント侯爵は言った。
「食いが悪いようなら自分でエサを買ってきても構わない。金は出すから執事のコーツに言いつけるがいい」
「分かりました」
ちなみに低は日替わりで誰か使用人が適当にエサを放り込んでも大丈夫な部屋である。一番難しい部屋はワラントが直接管理していた。最初に通された部屋は観賞用であり、状態がよくお気に入りのカエルが置かれていた。
「今日は出かけねばいけないので戻ったら確認する。頼んだぞ、ドドンガ」
「……サマンサです」
ワラントは一通りの説明をして部屋から出て行った。温度、湿度をチェックし、一匹ずつカエルたちの状態を確認する。水槽に水が足りなければ足し、砂が汚れていたら取り替える。
なかなかの重労働であった。水槽の掃除はカエル番の若者が手伝ってくれたが、カエル自体のチェックは自分でやらねばならなかった。
「この水槽、なんだかみんな痩せてて元気がないわね」
カエル番の若者がびっくりした顔をした。
「分かるんですか」
「だって骨が見えるし動きがのろいもの」
むむ、という表情でカエル番の若者は言った。
「この種類だけほとんどエサを食べなくて駄目なんです。何がいけないのか分からなくて。どうしたらいいんでしょうか」
サマンサはカエル達をよく見た。手足の水かきが体の割りに大きいのが目につく。
「水かきが大きいのね」
「泳ぐ種類なんです。だから水も多めに入れてあります」
説明書きによると暖かい地方のカエルであるらしい。しかしこの部屋は少し涼しいように彼女には思えた。水温も低い気がする。
「水が冷たいのかも」
「冷たい?」
「日の当たる窓側に移したらどうかしら。あと井戸から汲んですぐ使うのではなくて、ひなた水にしてみたら?」
「やってみます」
カエル番の若者はてきぱきと動いて水槽を移動させた。
「少し様子を見てみます」
「よくなるといいけど」
帰ってきたらワラントに見てもらおう、サマンサはそう思いながら次の作業にかかった。
サマンサの読みは当たった。痩せこけたカエル達は翌日は元気を取り戻し、よく動いてよく食べるようになった。
「よく気がついたな、ドドンガ」
「サマンサです。それより……」
次に彼女がしたことはエサを変えることだった。そのために彼女はワラントの許可を取り、隣町にある飼料店まで自分で出かけていった。今までの少し小さめの羽虫からやや大きいコオロギに変える。他に何かないかと店内を物色していると、向こうから大きめな白い袋を持った店主がやってきた。
「こんにちは、奥様」
「こんにちは」
店主は手に持った袋を広げると中身をサマンサに見せた。
「こういうのはいかがですか」
中に入っていたのは10センチはあろうかという大きさのバッタであった。何でも特別に手に入ったのだが大きすぎて買い手がいないらしい。そこでコレクターであるワラント侯爵家に声をかけてきたのだった。
「食べる子がいないわ」
栄養豊富ですよ、と店主がすすめる。断ると試供品として5匹ほどくれると言ってきたので、それはもらうことにした。
「試してみてくださいね」
「分かったわ」
コオロギとバッタを持ってサマンサは湿地帯の中にある城に戻った。城門前まで来て、彼女は見たことのある大きなカエルがそこにいることに気がついた。ヌシである。
「ヌシがいますね」
御者が言った。サマンサは少し考えて馬車を降り、ヌシの前まで行った。馬車はそのまま城内に入ってもらうよう頼んだ。
「大きい口ね」
「ぶもー」
「これをあげるわ」
飼料店で押し付けられた巨大バッタはヌシの口にちょうどよさそうであった。サマンサが袋からバッタを取り出すとヌシの目がじっとそれを見て、次の瞬間がば、と口が開いてあっという間にバッタを飲み込んだ。とてつもなく早かった。
「ぶもー」
まだ入りそうだったので彼女は袋から二匹目のバッタを取り出した。それも一瞬でヌシの口へと消えた。
「まだいる?」
次のバッタを見たヌシの口が開く。そうして袋にあった五匹全部のバッタがヌシの腹に収まった。
「ぶも。ぶももー」
ヌシは満足したらしく方向を変えてのそのそと湿地帯へ戻っていった。サマンサは開いてあった城門から中に入り、衛兵はそれを見届けてから城門を閉めた。
エサの買い付けはサマンサの仕事になった。月に一回ほどの間隔で彼女は馬車に乗って隣町に行き、適当な昆虫やそれを干したものなどを買って帰る。同時にあの巨大バッタも購入していた。門前に待ち構えているヌシにあげるためである。あれからヌシは彼女が馬車に乗って出かけると必ず帰りを待っていてエサをねだるようになっていた。
「奥様。お客様です」
誰かが馬車でやって来た音は聞こえていた。だいたいはワラントのところに出入りするカエル業者であったので、そういう時に彼女はあまりでしゃばらないようにしていた。趣味に口を出すつもりはなかったし、そもそもワラント侯爵家は資産家であったのでいくら珍しくてもカエル代などたいしたことではなかった。
「私に?」
「はい。カヤッカ様と妹のマーリン様です」
いまさら何の用だろうか。疑問に思いながらもサマンサは彼らを応接間に通すように伝えた。それから簡単に身支度を整えて応接間に向かった。
「お久しぶりです」
とりあえず挨拶をして室内に入る。カヤッカ伯はどっかりとソファーにふんぞり返っていた。マーリンは胸元が広く開いてウエストの後ろリボンが長く垂れ下がる、お気に入りのドレスを着ていた。とっておきの服装であった。
「何の御用でしょうか」
警戒しつつそうたずねてみる。あまりいい感じはしなかった。特にマーリンの服装がきなくささを感じさせた。
「久しぶりだな、サマンサ」
にやにやとカヤッカ伯は笑っていた。
「お前もこんな田舎では気苦労も多かろう。そろそろ戻ってきたらどうだ」
「……はい?」
彼女がこの城に来てからカヤッカ伯は一度もたずねてきたことがない。それがいきなり来てこんなことを言い出したのだった。
「なに、後はマーリンがやるから大丈夫だ。お前はわしと一緒に家に帰るといい」
「そうよ、お姉さま」
マーリンもニヤついた笑いを浮かべていた。
「わたしの代わりにずっといてくれてありがとう。でももういいのよ」
状況がよく飲み込めずにいると、マーリンが畳みかけるように先を続けた。
「お姉さまにずっと我慢をさせて悪かったわ。でもわたし、ワラント侯爵様にお会いしたの。とってもいい方だったわ。だから心を入れ替えてここに来ることにしたのよ」
妹がそんなに簡単に入れ替えられる心の持ち主であるはずがないので、どこかでワラントの姿を見たのであろうとサマンサは踏んだ。社交界にほとんど出ないのであまり知られていないのだが、ワラントは長身の美男子である。
「そうなの。どこでワラント様とお会いしたのかしら」
ぺらぺらとマーリンはしゃべった。
「サントニケの街角よ。ステキな方がいらっしゃると思ったらワラント様だったわ。商人と何か話していたけれど、あの払いっぷりったら。なんて……なんてステキなの」
サントニケには確か新しい生体を買い付けに行ったのだった。なんでもめったに出ない珍しいカエルが生きたまま捕らえられたそうで、まだ運ばれて来ていないのだが手付けとして相当な額を払ったと聞いていた。
「だからわたしと代わって。いいでしょう。もともとワラント様はわたしと結婚するはずだったのだし」
ワラントはコウザンシロタエガエルはもういらないと言っていた。
「……無理だと思うわ」
「どうして?」
言った途端にマーリンは逆上した。
「お姉さまなんか可愛くもないし何もできないくせに、なによしゃあしゃあと。無理ってなに? わたしのほうがずっと……」
「ご……なんでもないわ」
反射的にサマンサは謝ってしまうところだったが、ワラントに迷惑がかかると思いとっさに言葉を飲み込んだ。マーリンがさらに言い募ろうとしたときである。
「ぶもー」
のそのそという足音とともに、ぶもぶもいう声が背後の出入り口から聞こえた。三人は振り返り、室内に入ってきたものを見た。
「なにあれ」
「なんじゃ、あれは」
凍りついたようなマーリンとカヤッカ伯の声がした。
「ぶもー」
一方のサマンサにとってはなんということもないいつもの光景である。ただ室内に入ってこられたのは困った。
「あら。城門が開いていたのね」
「ぶも」
三人の視線の先には一抱えもあろうかという巨大なウシガエルがいた。ヌシである。ヌシはのそのそと人間達に近寄ってきた。
「いやああああああ!」
「あっちへいけ! 寄るな」
マーリンとカヤッカ伯はパニックである。そのうちにヌシは目の前をひらひら動く長いリボンのはしっこに気づいた。がぱ、と大きな口を開けてそのはしっこを捕らえる。マーリンの絶叫が響いた。
「助けてええええええ!」
ヌシはマーリンの腰についていたリボンのはしをくわえてじっとしている。虫だと思ったが違ったようであった。どうしたものか考えているらしい。
「離して! 離してったら!」
あまりの騒ぎに執事とメイドのマリーがやってきた。状況を見てあわてて執事がワラントを呼びに行く。サマンサはマリーに、自分の管理するカエル部屋から巨大バッタの入った小袋を持ってきてくれるよう頼んだ。
「分かりました」
マリーが走って部屋を出て行く。入れ替わりにワラントがやってきた。会いたくないのでカエル部屋に引きこもっていたのだが、執事に呼ばれてそうもいかなくなったからであった。
「何用です」
ドタバタと騒がしい応接間にワラントが現れると、ウシガエルに食いつかれている状態だというのにマーリンが媚を売り出した。開いている胸元を突き出してワラントにすりよろうとする。
「ワラント様。お待ちしておりました」
「なんです」
ワラントはつっけんどんである。
「ぶも」
「いえ、あのワラント様」
「ぶも」
「わたしがワラント様に結婚を申し込まれた……」
「ぶももー」
ヌシがリボンのはしっこをくわえたまま、のそのそと歩き出した。マーリンはヌシに引っ張られる格好になり、変な姿勢を取っていたので体勢を崩して転びそうになった。
「なによこのカエル! 邪魔よ!」
「ぶもっ」
腹を立てたマーリンはヌシのことを蹴った。途端にワラントの雰囲気が変わった。豹変したと言ってもいい。
「帰れ」
「えっ?」
「帰れと言っている」
そこへマリーが巨大バッタの入った袋を持って戻ってきた。間に合った。
「奥様、これを」
急いでサマンサはバッタを袋から取り出した。ヌシがにおいを嗅ぎつけてサマンサのほうを向いた。しかしまだリボンはくわえたままである。
「それは食べられないわ」
「ぶも?」
「こっちをあげるからいらっしゃい」
ぱか、と巨大な口が開いて長いリボンのはしっこがウシガエルから外れた。そのままのそのそとサマンサのほうへやってくる。
「ぶもー」
口が開いていたのでサマンサはそこにバッタを押し込んだ。ぱた、とカエルの口が閉じてぐげげ、という喉鳴りの音がし、それからごくん、と飲み込んだ。
「いやっお姉さまカエルなんて。そんなのどこかへ捨ててきて」
ぎゃあぎゃあとマーリンがわめく。サマンサはそれを無視し、袋に残っている数匹のバッタを全部ヌシに与えた。食べ終えたヌシは満足そうにそこにじっとしていた。
「お姉さま! それどうにかしてって言ってるじゃない! 気持ち悪い!」
ぎりっとサマンサはマーリンを睨んだ。そろそろ腹に据えかねたのである。
「うるさいわね」
「えっ……」
虚を突かれてマーリンは黙り込んだ。
「カエル侯爵のところに来てカエルがイヤなんて何を言ってるの。帰りなさい。二度と来ないで」
「おねえ……さま……? なんで……?」
そこへ後ろからカヤッカ伯が出てきた。騒ぎの間中、彼は知らんふりをしてソファと壁の隙間に隠れていたのである。ソファに戻り、ニヤニヤ笑いながらカヤッカ伯はサマンサに話しかけた。マーリンも何となくカヤッカ伯の隣に座る。
座れ、と手招きされてサマンサはカヤッカ伯の正面に座った。ワラントは彼女の後ろで立ったまま話を聞く姿勢になった。
「いやちょっと落ち着け、サマンサ。わしが悪かった、うん。マーリンのことは気の迷いだ。だからな、ちょっとほら、ダンナに少し融通してもらえるよう頼めないか」
「はあ?」
カヤッカ伯は賭博ですってしまい、手持ちがなかった。なのでマーリンとサマンサを取り替えてついでに手数料をもらおうと思ってついてきたのだった。
「お前の小遣いでもいい。ちょっとだけでいいから、頼めんか」
このオヤジは衛兵に言って湿地帯の真ん中に叩き込んでしまおうか、そんなことを彼女が思った時であった。
「二人ともお引取り願いたい」
高所から怒った声が降ってきた。ワラントである。
「さっきから見ていたが下賤に過ぎる。妹は不要だ。馬車を用意するからとっとと帰れ」
「あ、ああすまない。少し手元不如意なのもので用立ててもらおうかと……」
「なぜ私が援助しなくてはならないのだ」
「いや、その……」
空になったと思った袋の中に、巨大バッタが一匹だけ残っていた。サマンサはそれを取り出し、部屋のすみっこにうずくまっているヌシに見えるようにちらつかせた。
「ぶも? ぶもー」
バッタに釣られてヌシがのそのそと歩き出す。サマンサはそのバッタを正面のカヤッカ伯の頭の上に乗せた。
「は? やめんかサマン……うわあああああ!」
「やめてええええ!」
横合いからヌシが思いっきりカヤッカ伯の顔面に向かって飛びついてきた。衝撃でバッタが落ち、ヌシはバッタを探してカヤッカ伯と隣にいるマーリンの上を跳ね回った。
「助けて! やめて!」
「わしが悪かった! カエルをどけてくれ! 頼む!」
「……嫌よ」
自分でもびっくりするぐらい冷たい声だった。カエルに押し倒され、全身べとべとになったカヤッカ伯とマーリンはそれを聞いて半泣きになりながら帰っていった。
ヌシはそのまま城内の庭にいついてしまった。ワラントは城内からよく見える場所にちょうどいい大きさの池を作り、そこに睡蓮を植えた。ヌシは毎朝毎晩決まった時間にぶもぶも鳴き、サマンサを呼ぶ。彼女は毎日ヌシにバッタをやるようになった。
「では行ってくる。まだ終わってないので水槽の半分くらいまで木と石を入れておいてくれ」
「分かりました」
今日はサントニケに届いたカエルを取りにいく日である。サマンサはワラントが買い付けたカエルの種類を聞いていなかったが、特大の水槽を観賞用の部屋に運び込んだのを見ていた。
「ずいぶんと大きい水槽を使うのですね」
「ああ。ドドンガが来る」
「そうなんですか?」
どうやら本物のドドンガが来るらしい。驚いた表情の彼女にワラントは言った。
「一匹であの大きさの水槽だ。ドドンガは大きいし食べるのでエサの手配もお願いしたい」
「分かりました。他の分もありますから明日行ってきます」
そう答えたのを聞いて、ワラントはコートを羽織り帽子をかぶった。
「では頼んだぞ、サマンサ」
「ドド……えっ?」
見上げる彼女にワラントは笑いかけた。そしてそのまま部屋を出て行った。




