【短編】俺のことが大嫌いなはずの美少女と遊園地で2人きりになったら、誤解が解けまくって甘々になった件
突然だけど、俺――進藤優也には好きな人がいる。
名前を鷺宮紗月という彼女は、通っている高校のクラスメイトだ。
見た目を一言で表すと、清楚系の美少女。
長く艶やかな黒髪に、美人という言葉が良く似合う整った顔立ちをしている。
見た目はおしとやかにも見えるが、性格は明るく活発で、なおかつ誰にでも優しい。
いや、俺以外の誰にでも優しい。
悲しいことに、俺だけは彼女に嫌われているのだ。
嫌われた理由は超絶シンプル。
俺が彼女の胸をむぎゅっと鷲掴みにしてしまったから。
ちゃんと断っておくけど、決して不純な動機があったわけじゃない。
強風にあおられて倒れてきた看板から彼女を守る時に、仕方なく、不可抗力で、意図していなかったものの、むぎゅっとしてしまったのだ。
大事なことだから、俺の名誉のためにめっちゃ強調しておく。
もちろん、額が地面にめり込むくらい謝った。
それに彼女も、俺が守ろうとしたことは分かってくれたから、その場では小さな声で「ありがと」と言ってくれた。
ただし、特別な関係性があるわけでもない男に鷲掴まれたらやっぱり嫌なのは当たり前で。
あの日以来、いつもニコニコと笑っている彼女が、俺と目が合った時だけそれはそれは厳しい視線を向けてくるようになった。
さて、そんな俺と鷺宮さん。
なんと、陽気な音楽が流れる遊園地の中で、現在絶賛2人きり状態である。
好きな相手と遊園地にいる嬉しい気持ち1割、そして絶対に嫌われていることから来る気まずさ9割に心を埋め尽くされ、俺は思わず頭を抱えた。
隣に立っている鷺宮さんとは、まるで目も合わない。
――どうしてこうなった……。
鷺宮さんと一緒ということにテンションは熱を帯びていき、そこへどうせ嫌われているからと氷のように冷えた感情がぶつかる。
まるで感情のパンクハザード。
俺がこんな状況に放り込まれたきっかけは、昨日の昼休みにさかのぼる。
※ ※ ※ ※
「えっ!? それ本当!? めっちゃ面白いね!」
「でっしょー? やばいよねー?」
昼休みの教室に、鷺宮さんと友人幾人かの楽し気な声が響いている。
絶賛歓談中だった彼女は、ふと俺の方へ視線を向けた。
するとさっきまで楽しげだった表情が、一気に険しくなる。
特に目は、獲物を見つけた猛禽類くらい鋭かった。
鷲掴み事件以降、ずっとこんな感じだ。
鷲だけに。猛禽類だけに。言うとる場合か。
「よっ、相変わらず嫌われてんな」
購買で買ってきたパンを片手に、ひとりの男子生徒が隣の席に座る。
こいつは楠木太一。
友達の俺が好きな人に嫌われて辛いというのに、部活の練習試合でナンパした他校の女子と付き合っているというろくでなしの裏切り者である。
「うっせぇわ」
「おいおい、●doか」
俺の返しに軽口でツッコむと、太一は美味そうにコロッケパンをほおばる。
それを飲み込んでから、俺の肩をポンポンと叩いた。
「冗談はさておきだ」
「なんだよ」
「今週の土曜、暇か?」
「今週の土曜って明日じゃんか。暇だけど」
「やっぱ彼女いないと暇だよな」
「良かったな。もし俺が凶器を持ってたらお前の命は今ないぞ」
「そうキレんなって。良い話を持ってきてやったんだから」
そう言うと、太一はスマホを取りだして何か操作し始める。
念のために言っておくと、俺と太一はめちゃくちゃ仲が良い。
だからこそ、やや過激な冗談も言いあえるというわけである。
「こんなもんがあるわけよ」
太一が見せてきたのは、人気の遊園地のチケットの写真だった。
全部で4枚ある。
「彼女が商店街の福引で当てたらしくてさ。俺と彼女で2枚だろ? そうすると2枚余るから、優也のことも連れていってあげようってなった」
「いや遊園地は楽しそうだけど、何でお前らのイチャイチャを1日見せられなきゃいけないんだよ」
「まあまあ。お前が来てもチケットがまだ1枚余るだろ? だから彼女の方で、女の子をひとり誘うことになってる。つまりダブルデート。つまりお前に彼女ができるチャンス」
「いやだから俺は……」
反論しようとした俺を、太一は手をひらひら振って制した。
そしてコロッケパンを一気に食いきって言う。
「まあ鷺宮さんが好きなのは分かるけどさ。脈なしどころか超嫌われてるわけじゃん?」
「改めて言うな。心が痛いだろうが」
「悪かったって。でもやっぱ前を向いて行かねえとな」
「前ねぇ……」
「とりあえず、明日の朝6:30に俺の家に集合。そこんとこよろしく」
「行くとは言ってないし、集合時間早くね……」
俺の声は、新たにパンをもしゃもしゃし始めた太一には届かない。
もう一度だけ、ちらっと鷺宮さんの方に視線を送ってみると、目が合った彼女はやはりこちらを睨みつけてきたのだった。
もう俺、泣きそう。
※ ※ ※ ※
結局、俺は6:30きっかりに太一の家を訪れた。
いやまあ鷺宮さんがいる以上、女の子とかどうでもいいけど?
やっぱりチケットがもったいないし?
「それじゃあ行くか~」
「彼女さんたちは?」
「駅で集合することになってる」
「なるほど」
太一が言う通り、早朝の駅では2人の女子が待っていた。
ひとりは太一の彼女。
写真を見せつけられたことがあったので、すぐに分かった。
そしてその隣にいるのは……
「は?」
華があり人目を惹く清楚な美少女。
そして俺を見た瞬間に鋭くなる視線。
鷺宮さんがそこにいた。
「太一、説明しろ」
俺はヘッドロックをかまして親友を問い詰める。
もちろん、そんなガチで絞めに行ってはいない。
だから太一は余裕の表情で、笑いながら言った。
「いやー、俺も昨日知ったんだけどさ。鷺宮さんと俺の彼女、中学でめっちゃ仲良かったらしいのよ。それでたまたま、彼女が鷺宮さんに声かけてたってわけ」
「偶然か?」
「マジの偶然」
太一を解放して女子たちの方を見ると、やはり鷺宮さんの視線が鋭い。
そして近づいてみると、今度は完全に目を逸らされた。
どこまで嫌われてるんだよ、俺は。
「それじゃ、レッツゴー!」
「ゴーゴー!」
盛り上がるバカップルの後ろを、俺と鷺宮さんもついて行く。
前の2人が付き合っているので、やむなく俺と鷺宮さんが並んで歩く形になるが、2人の間にまるで会話がない。
電車に乗ってからも、遊園地の最寄りに着いてからも、とうとう園内に入っても、普段元気な鷺宮さんが一言たりとも発さなかった。
「さてと」
軽快なBGMが流れる遊園地に入ってすぐのところで、太一が足を止める。
ちゃっかり彼女と腕を組みながら。
なんて奴らだ。
「それじゃあ俺らは好きに行動するんで、2人もごゆっくり~」
「ごゆっくり~」
「ちょおい!」
「え……!?」
今日初めて、鷺宮さんが1文字だけ言葉を発した。
目を真ん丸に見開いて、信じられないという顔をしている。
そりゃそうだろう。
自分の胸を鷲掴みにした大嫌いな男と遊園地で2人きりとか、拷問以外の何物でもない。
「じゃな~」
俺らの制止も聞かず、太一たちは人混みの中へ消えていく。
と、まあこんなわけで、俺は鷺宮さんと遊園地で2人きりになったのだった。
※ ※ ※ ※
「えーっと」
さすがに無言を貫く度胸もないので、俺は玉砕覚悟の会話を始める。
「こ、困った奴らだよね~」
「……」
「まさかこうなるとは思ってなかったっていうか~」
「……」
「鷺宮さんも困ってるよね?」
「……」
よーし決めた!
俺は泣く! 泣くぞ!
血の涙を流してやる!
それと、後で太一にガチのヘッドロックをかます!
「と、とりあえず、ここは邪魔になるし奥へ進もうか」
俺はそう言うと、反応がないことはもう気にせずに歩き始める。
すると鷺宮さんも、黙って後ろをついてきてくれた。
少なくとも、一緒に行動はしてくれるらしい。
せめてものお情けといったところか。
「まずは……あれ乗ってみる?」
もうどうにでもなれと、強引に主導していく。
相変わらず目は合わないが、鷺宮さんは小さく頷いた。
それを同意のサインと受け取り、俺たちは比較的優しめなジェットコースターの列に並ぶ。
もちろん、並んでいる間も会話はない。
かといってお互いにスマホをいじるわけでもなく、ただただ気まずい沈黙が流れていくだけ。
そして俺は、この状況で新たな学びを得た。
人間、あまりにテンションが落ちるとちょっとやそっとのことじゃ動じなくなるらしい。
「「「「「きゃー!」」」」」
「「……」」
この遊園地内では優しめとはいえ、そこそこ本格的なジェットコースター。
周りの客はみんな、楽しそうな悲鳴を上げている。
それなのに俺と鷺宮さんは、お通夜の表情で無言のまま。
ぐねんぐねん動きまくっているのに、まるで何も感じない。
気が付けばジェットコースターは、出発点&終着点の場所へと戻ってきていた。
「「……」」
無言の2人。
係員のお姉さんが少し心配そうな顔をしているが、決して絶叫マシーンに魂を抜かれたわけじゃない。
そしてそこからは、ずっとこんな調子だった。
他のジェットコースターに乗っても、フリーフォールでも、はたまたコーヒーカップのようなほのぼのアトラクションでも。
「「……」」
胸を鷲掴みにしてしまってなお、諦め悪く鷺宮さんに好意を寄せ続けてきた俺だ。
ちょっと険しい視線を向けられたくらいでは、泣きそうになるくらいしか今さら動じない。
だいぶ食らってるじゃねえかという話はさておき、今日の状況にはさすがに心が折れかかっていた。
コーヒーカップを終えて、再び園内を歩き始める前に、俺は鷺宮さんを見て告げる。
「あの……楽しくないよな」
「……っ!?」
今日初めて、鷺宮さんの瞳が俺をまっすぐに捉える。
黒くきれいな瞳は、ゆらゆらと大きく揺れていた。
「俺と一緒にいても楽しくないだろうなって。だから……」
「楽しくなくない……!」
「え?」
鷺宮さんは手をもにゅもにゅ動かして、必死の表情で言った。
「楽しくないことないよ……! でも逆に優也くんは、私なんかと一緒じゃ楽しめないんじゃないかと思って……」
「……うん?」
「……え?」
何かとんでもなく大きな誤解がある。
そのことに、俺はようやく気付いたのだった。
※ ※ ※ ※
(※鷺宮紗月side)
突然だけど、私――鷺宮紗月には好きな人がいる。
名前を進藤優也という彼は、通っている高校のクラスメイトだ。
見た目を一言で表すと優男。
もう少し付け足すなら、イケメンで笑顔が素敵な優男。
決して派手なタイプではないけど、私の中では学校一カッコいいと思っている。
誰にでも優しくて、私も助けてもらったことがあった。
でも悲しいことに、私は彼に嫌われている。
嫌われた理由は分からない。
とある日、私が落ちてくる看板から優也くんに守ってもらった時までは、きっと嫌われていなかったはずだ。
だって彼は危険を顧みず、身を挺して私のことを守ってくれたから。
だけど次の日から、彼は目を合わせてくれなくなった。
私と目が合うと、気まずそうな嫌そうな表情をして、視線を逸らされてしまう。
あの日からずっとずーっと。
普段は誰にでも話しかけられるタイプの私だけど、優也くんに話しかけるのは怖い。
だってぶっきらぼうにされたら、立ち直れない気がするから。
うすうす嫌われているのは感じていたけど、それが現実として襲いかかってくるのが怖い。
そんな調子で悶々と生活していたところに、中学の親友――美里から遊園地の誘いが来た。
せっかくだからと行ってみたら、なんとなんとそこには優也くんがいた。
美里は優也くんの親友と付き合ってる。
だから心の底では、美里の彼氏が優也くんを連れてきてくれるんじゃないかって、ちょっぴり期待していた。
だから嬉しかったけど、現実はそう簡単にはいかない。
美里と彼氏さんは楽しそうだけど、私たちの間には沈黙が流れ続ける。
ジェットコースターに乗っても、フリーフォールでも、はたまたコーヒーカップのようなほのぼのアトラクションでも。
優也くんと一緒にいられる熱っぽい気持ちと、どうせ嫌われているからという冷たい気持ちがぶつかって、まるで感情のパンクハザードに放り込まれたみたいだった。
――きっと優也くんは楽しくないんだろうな……。
そんなことが頭をよぎったタイミングで、優也くんが私に言う。
「あの……楽しくないよな」
「……っ!?」
私は思わず、ずっと合わなかった視線を合わせる。
優也くんはちょっと残念そうな表情で続けた。
「俺と一緒にいても楽しくないだろうなって。だから……」
「楽しくなくない……!」
「え?」
驚いた様子で目を見開く優也くんに、私は必死になって伝える。
「楽しくないことないよ……! でも逆に優也くんは、私なんかと一緒じゃ楽しめないんじゃないかと思って……」
「……うん?」
「……え?」
きょとんとした様子の優也くん。
何かとんでもなく大きな誤解がある。
そのことに、私はようやく気付いたのだった。
※ ※ ※ ※
(※優也side)
「だって鷺宮さん……俺のこと嫌いでしょ……?」
「そそそんなわけないじゃん!」
必死に否定して、それから泣きそうな顔で鷺宮さんが言った。
「優也くんが私のこと嫌いだから……」
「いやそんなことないけど!?」
俺は慌てて否定する。
どうしてだ。
どこでそんな誤解が生まれた。
「だって優也くん、私と目が合うと嫌そうな顔で逸らしちゃうし……」
「それは鷺宮さんがすごい視線で睨んでくるから……」
「睨んでなんかないよ……! あっ、そっか……」
鷺宮さんは、しまったという表情で頭を抱えた。
そしてぼそぼそと、申し訳なさそうに口を開く。
「私、すごく目が悪いの。近くのものは見えるんだけど、遠くのものが全然ダメで。だけどメガネ似合わないし、コンタクト入れるのは怖くてできないし……。だから優也くんの顔をよく見たいと思ったら、目を細めるしかなかったから……」
「じゃあ、俺を睨みつけてたわけじゃなかったの……?」
「そうだよ……!」
「でも近くにいたらいたで、目を逸らされちゃうから……」
「そ、それは……! 優也くんがあんまり近くにいると、ドキドキして照れちゃうからじゃん……。言わせないでよ、そんなこと……」
それはそれは恥ずかしそうに、顔を赤らめて伏し目がちに言う鷺宮さん。
俺まで恥ずかしくなってきて、顔が熱くなるのを感じた。
「あーもう! この際だから言っちゃう!」
鷺宮さんは真っ赤な顔のまま、なりふり構わなくなった様子で言葉を連打する。
「私、そもそも優也くんのこと気になってたんだよ! 顔も性格もすごく良いと思ってて! その上あんな風に助けられて、嫌いになんてなるわけないじゃん!」
「その助けた時に触ってしまったのがきっかけで嫌われたんだと思ってた」
「胸!? 胸のこと!? 優也くんに触られるなら大歓迎ですけど!?」
「ちょぉっ!? 声大きいんですが!?」
完全に暴走モードの鷺宮さんを、俺は懸命に制した。
そして今度は、俺が言いたいことを言わせてもらう。
「俺だってさ」
「うん」
「あの看板のことが起きる前から、鷺宮さんのこと気になってて。だから必死になって守りに行ったわけだし。嫌いになんてなるわけないから」
「……そっか」
頬を赤く染めた鷺宮さんは一旦深呼吸すると、俺の目をまっすぐに見つめる。
俺も彼女も、もう目は逸らさない。
「ねえ、ちゃんと言わせてもらってもいい?」
「待って。俺から言わせて」
「分かった。でも絶対に私のこと見続けてね」
「もちろん。鷺宮さんこそ目を離さないで」
「紗月でいいよ。呼びづらいし。あと早くして。イケメンすぎてかなり限界なんだから」
見た方がいいのか見ない方がいいのかどっちなんだよ。
でも、もう何かを怖がる必要はない。
誤解は全てなくなった。
俺も紗月も、互いに嫌われていると思っていたけど、そんなことはなかったんだ。
「紗月」
「はい」
「ずっとずっと、大好きでした。今も大好きです。俺と付き合ってください」
「優也くん」
「はい」
「ずっとずっと、大好きでした。今はもっともっと大好きです。よろしくお願いします」
「……っ!」
俺がそっと広げた腕の中に、沙月が飛び込んでくる。
そして2人は、お互いを心ゆくまでぎゅっと抱き締めた。
「ここからはちゃんとデートしようね」
「そうだな。まずは何に乗る?」
「あれとかどう?」
紗月が指差す先には、メリーゴーランドがある。
そちらへ歩き出すと同時に、俺は紗月の手を握った。
「つ、付き合ってるなら、手くらい繋ぐだろ?」
「う、うん。そうだよね。私たち、付き合ってるんだもんね」
2人してやけに“付き合ってる”の部分を強調しながら、真っ赤な顔で手を繋ぐ。
そしてメリーゴーランドに着くと、2人乗りの白馬を選択した。
前に俺が、そして後ろに紗月が座る。
「それでは開始で~す」
係員さんのアナウンスと同時に、ヨーロッパ風の優雅な音楽流れ出す。
ゆったりと上下を繰り返しながら、白馬が周回を始めた。
「ねえねえ」
俺の右肩にあごを乗せて、耳元で紗月が囁く。
「白馬に乗って、優也くんが王子様みたいだね」
「じゃあ紗月がお姫様?」
「うん。幸せ」
「俺も」
これはもう、太一たちをバカップルだ何だと言えないな。
でも構わない。
だってすぐ近くに紗月がいて、俺たちは幸せなんだ。
誰にも迷惑はかけてないし。
「だーいすき」
耳元で再び囁いてから、沙月は俺の頬に自分の頬を寄せた。
ふんわりと甘い香りがする。
「今まで誤解して傷ついた分、これからいっぱい幸せになろうね」
「そうだな」
俺はそっと、沙月の頬にキスする。
絶対に嫌われているはずの好きな人と、遊園地で2人きりになった。
そしたらお互いに誤解が解けまくって、糖分過多になるほどに甘々になったのだった。
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