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無能力のぼく  作者: 猫蓮
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変わらぬ日々に終止符

 ぼくは生まれたときから『いらない子』だった。カリブラッサ伯爵が四男、ノウェン・カリブラッサ。それがぼくの名前……だった。今はノウェン。ただのノウェン。



 ぼくの上には優秀な兄が三人と美人な姉が二人いるらしい。だから六人兄弟。ぼくはその一番下、末っ子として生まれた。

 ぼくの母は平民だった。妾腹っていうやつなんだって。上の兄や姉たちは母親は違うけれどみんな正当な貴族の血筋。全員に共通しているのは父親が同じってだけ。

 でも、ぼくのからだには平民の血が流れているから汚いんだって。そうずっと言われてきた。


 ぼくはぼくの母を見たことがない。ぼくのシツケをしている奥様方は産後の肥立ちが悪くてとか言っていた。本当のことは分からないし知ることももうできない。

 使用人に話を聞きたかったけど、極力ぼくとは関わらないようにって奥様方に命令されていたから無理だった。もし関わったことが奥様方にバレたらどんな罰を与えられるかってどうしようもなかったんだと思う。それに関してぼくは仕方ないと思っている。だってぼくがその立場だったら多分そうしているから。だから他の人を責めるなんてしないよ。もうどうすることもできないしね。

 ただ、一人だけ、ぼくに話しかけてくれてた人がいた。扉越しだったからどんな人かは分からない。その人の話はとても楽しかったのを覚えている。だけど数回話しただけでその人はもう来なくなってしまった。その後その人がどうなったかは、知らない。



 この国では六才になったらみんな神殿ってところに行かないとダメらしい。詳しくは教えてくれなかったけどなんか神様って人から一つ、能力(ギフト)を授かるんだって。能力によっては将来就ける職にも関わるから結構大事なことらしい。ぼくには将来とか未来のことなんて想像もつかない。


 神殿に連れていかれて鑑定っていうのを受けたんだ。ああ、そのときはちゃんとした服を着させられたよ。片方の血だけだけど、それでも一応貴族だからってそういう対面ってのを気にしていた。

 そのときの奥様の顔は凄く怖かった。今でも思い出すだけで全身がガタガタと震える。険しく顔を顰めてぼくを強く睨みつける。視線が突き刺さっているようで何もされていないのに痛かった。怖くて奥様の顔を見れなかった。見たら見たで怒られるけど……。

 初めて部屋の外に出たのにずっと俯いていた。顔を上げたら奥様と目が合うんじゃないかって思ってたから。だから外の様子とか全然分からない。恐怖で何も頭に入ってこなかった。歩くときは奥様の靴を見て付いていった。あまり動いたことがないからすごく大変だった。


 神殿に着いたら個室に通されて鑑定っていうのを受けた。その場にいた神官って男の人が神様のことをたくさん語っていたら苛ついた奥様が遮った。しょんぼりした男の人の指示に従って、ちょっとしたらその人は何かオロオロと慌てだしたんだ。

 奥様が苛々した様子で問いただしたら男の人は焦り気味にこう言った。


「この者が神より授かりし能力は『無』」


 それを聞いた伯爵さまと奥様はポカンと口を開けて固まっていた。そんな顔を見たのは初めてで、じぃーっと見ていたから今でも思い出せるよ。

 立ち直ったのか奥様が突然哄笑してツカツカとぼくに近付いてきて、手に持っていた扇でぼくを殴った。


「ほらね! やっぱりあんたはいらない子だったのよ。神にさえ見捨てられただなんて、なんて無様なの。そんなあんたがカリブラッサ家にいるなんて恥でしかないわ! あんたなんか生まれてこなければ良かったのよ! ほんっと、腹立たしいわ」


 そう言って何度も何度もぼくを殴った。殴られるのは、いつものこと。罵られるのも、いつものこと。

 だけど、神が誰かは知らないけど、会ったこともない人にすらぼくはいらない子だと思われているのは、とてもとても悲しかった。

 殴られて痛くて涙が出ているのか、悲しくて涙が出ているのか、ぼくには分からなかった。


 家に、部屋に帰れたときは酷く安堵した。このままどこかに置いていかれるんじゃないか、捨てられるんじゃないかと気が気でなかったから。



 それからの日々は、けれども特に変わりはなかった。

 ぼくは今までと同じように地下にある部屋に閉じ込められて日々を過ごした。

 部屋の中には何もない。出入りできる扉が一つと、部屋の上の方にそとが見える窓が一つだけある。ぼくの背じゃ届かないから近付くことはできない。そこからそとが明るいと暗いが見えるだけ。


 ほとんどの人はこの部屋に近寄らないけれどたまに奥様方や姉たちがやってくる。この部屋に来るときはいつもイライラしていたり怒っていたりするから顔が怖いんだ。ぼくを殴ったり怒鳴ったりして、気が済んだら出ていく。だから蹲って我慢していれば大丈夫なんだよ。


 それよりつらいのがごはん。ごはんといっても黒くて丸いパンっていうのと小さい具が入った汁だけだけど。いつの間にかドアの前に置かれているから使用人の誰かが運んでくれているんだと思う。ホントに気付いたら置いてある。だから置いてくれる人の顔は見たことないんだ。

 いい日は明るくなってから真っ暗になるまでの間に二回ご飯が置かれる。これはすごい嬉しい。

 でもダメな日は一個もない。それが何日も続くとダメかもってなる。ぼくのこと忘れちゃったのかなって考えてしまうんだ。次第に考えることもできなくなってしまうけど。


 それがぼくの人生だった。部屋に閉じ込められて食べ物が来るのを待つ。奥様たちがやって来ては鬱憤を晴らす道具にされる。それ以外は何もわかららない。何も知らない。教わることもできなかった。



 その日は突然やってきた。奥様が部屋に男の人を連れてやってきた。神殿のときは女の人だった。だから今回もどこかに連れていかれるのかな、なんて呑気に考えていた。奥様が上機嫌なことにも気付かずに。


 男の人が無造作にぼくの腕を掴む。女の人のときもそうだったけど布で覆った手で触れてくるのに凄く嫌そうな顔をする。そのまま引っ張られて引き摺られる。掴まれた腕を締め付けるように力を入れられていてすごく痛い。だけどそれは少しだけですぐに解放された。

 部屋より柔らかいところに投げ飛ばされた。受け身なんて取れる訳もなく、べしゃっと盛大に地に落ちた。そこは壁も屋根もないところ。そとだった。

 顔を上げれば奥様が、今まで一度だって見たことがない笑顔で立っていた。なんだかとても嫌な予感がした。それに呼応するように奥様が口を開いた。


「お前は今日、15才を迎えた。この意味が分かる? アッハハハ。分かるわけないわよねぇ。成人を迎えたお前を、もう庇護しなくて良くなったのよ。ああ、ああ……! なんて晴れ晴れしいことだろうか。この日をどれほど待ち望んだか! 嬉しくて嬉しくて、顔がつい緩んでしまう。……もうお前の顔なんて見ることはない。金輪際お前がカリブラッサの家門を跨ぐことも家名を名乗ることも許されない。勘当よ。今すぐわたくしの前から消えなさい。二度とわたくしの前に現れるな!」


 そう言って、踵を返す。奥様に合わせるように門が閉められた。ぼくは奥様の言葉の意味を半分だって理解することができなかったけど、捨てられたということだけは分かった。慌てて門に近寄って、だけど中から男の人に蹴られて後ろに転がる。


 空は明るく、そよ風が凪ぐ。のどかな風景とは反対にぼくの目の前は絶望に真っ暗で、心は嵐のように吹き荒れている。


 そとがこんなに広い、なんて初めて知った。けど、感動より先に、それがぼくにとってはすごく怖かった。広大でどこまでも続く大地と空は、今までの暗く囲まれたあの部屋とは全然違う。

 ぼくにはあそこしか知らないから。こんな場所(そと)に放られてもどう生きていけばいいのか分からない。

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