“見えない”からこそ
「おっはよー!! 光輝くん!」
「やっほー!! 光輝くん!」
「じゃあねー!! 光輝くん!」
翌日から連日、朝、昼、放課後と彩瞳さんが僕に会いに来るようになった。
彩瞳さんは基本的に放課後はいつも文化祭の準備を手伝っているそうで、一緒に下校したりすることはないが、学校にいれば彩瞳さんに会えるというのは、もはや習慣のようなものになりつつある。
「にしても、光輝くんほんとに人の目見て話せないんだねー」
昼休み。弁当片手に口をもぐもぐさせながら、彩瞳さんがゼロ距離で僕の顔を見つめる。
「ち、近いって……」
正直、僕の視界に彼女の瞳が映っていれば、めちゃくちゃ照れていたと思う。
そういう意味でもこの眼は日常生活においてなにかと助けになることが多い。
「彩瞳さんもいい加減眼鏡かけろよ。授業とかどうしてるんだよ」
「えー、やだよ。前もかけたくないって言ったじゃん」
「宝石の瞳がどうこうってやつ?」
「そうそう! 女の子は利便性を度外視してまで見た目を気にするものなんだよー」
「はあ」
授業を犠牲にしてまで重視するものなのかね、それは。
「あ、授業は先生とか隣の席の子とかに助けてもらってるし、問題ないよ!」
チクショウ、人気者め。
「……それに、見えないからこそ楽になるってところもあるからね」
「……ほう?」
意外だ。彩瞳さんも僕みたいに対人関係で悩みとかあったりするのか?
「授業で当てられて答えられなくても、見えなかったで済むところとかね!!」
「……」
一瞬でもシンパシーを感じた僕が馬鹿だった。
彼女は自慢げに人差し指を立てながらニヤリとしている。
僕は軽く気分を害したので、その指を掴んでへし折るようなふりをした。
「いたたたたた!! やめ、やめ!!」
そして、彩瞳さんがこれ以上うるさくならないうちに手を離す。
「ちょっとー!! 光輝くん! それか弱い乙女に対する扱いじゃないよー!」
「うるさい。授業くらいもっと真面目に受けろ」
「光輝くんってほんと私に容赦ないなー!」
それは多分そっちがいつも遠慮してこないからだろう。
「まあ、そこが光輝くんの良いところなんだけどね」
言われて少しドキっとする。
僕は純粋に評価されることに対してとりわけ弱いみたいだ。
「――で、何の話してたんだっけ?」
「眼鏡の話だろ」
「あーそうそう! 絶対にかけないからね!」
彼女は腕を組んで怒ったそぶりをみせる。
しかし細身すぎて威圧感は皆無である。
そこまで彼女は自分の眼に自信があるのだと思うと、なんとなく見てみたい気もするが…… 今ここにいる子どもみたいにピュアな彩瞳さんのイメージが崩れてしまう、いや僕に向けられた瞳が裏切りを孕んだそれである可能性を考慮すると、怖くなる。
僕のこの目は恐らく心因性のもの。だから僕が本気で克服しようと思えばいつかは回復するのだろう。
けれど、僕はまだこの目に甘えたままでいたい。
他人に心の底ではよく思われていなかったとしても、それを知らずに過ごしていれば何もないのと同じだから。
僕は、傷つきたくないのだ。
「あ、そうだ。光輝くん」
「何?」
「今日の文化祭準備、全員参加だってさ」
は?