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可愛くて綺麗で宝石みたいな瞳

 彩瞳あやめさんが僕の教室に乱入した翌日の昼休み。

 僕は正直ソワソワしていた。

 まだ彩瞳さんとは二度しか話していないが、なんだか静かすぎるのも落ち着かない。


 すでに愛想を尽かされたか、もしくは別の友達にあんな奴とは関わらない方がいいと言われたか、何があったかは知らないが、あれから一度も彩瞳さんを見ていない。

 普通の人間なら一日、二日、一週間見なくてもどうということはないが、生憎あいにく彼女は普通じゃないから、なんだか違和感を拭うことができなかった。


 ていうかそもそも彼女を拒絶していたのは僕の方だし、それが原因だったりするのかもしれない……


 今更寂しいだなんて思わないが、人前で堂々と、大声で友達だと宣言された以上、それ以降何の音沙汰がないというのも、単純にスッキリしないだけだ。


 人の目が見られない僕に遠慮なく接してくれたのが嬉しかったとか、決してそういうことではない。


 そんな素直になれない男子中学生みたいなことを考えながら購買でおにぎりを買って、悶々としながら教室に戻ると、何やら見覚えのある人影が見えて――


「やっほー! 光輝くん!!」


 あの甲高い声が耳に飛び込んできた。


「いやあ、昨日はごめんね! 昼からちょっとした用事があって早退しててさ」


「……ああ」


 どうやら杞憂だったようだ。


 少しホッとしてしまった自分に腹が立つ。


「今朝も訳あって遅刻しちゃってさあ」


「……そうか」


「なになに光輝くん、もしかして私に会えなくて寂しかったー?」


「んなわけないだろ。たった一日程度で」


「じゃ一週間とか一ヶ月なら寂しいんだ?」


「いや、別に、そういうわけじゃ……」


 おいどうした、僕。否定しろよ。


「何はともあれ、今日は会えたんだからさ! お昼、一緒に食べよ?」


 そうして彩瞳さんは後ろ手に隠していた弁当箱を取り出して持ち上げる。


 まあ、せっかく来たんだから昼飯くらい一緒に食べてやらんこともないが……今、僕には一つ、絶対に突っ込まなければならないことがある。


「あのさ、彩瞳さん」


「何?」


「……目の前で話してる相手、僕じゃないよ」


「あれ?」


 キョトンとした彼女が、僕の席に座る別の生徒に顔を近づけると、そいつはそそくさと距離をとって離れていった。


「ありゃ、ほんとだ。光輝くんじゃない」


 そして後ろを振り向くとようやく僕と向かい合わせになった。


「こっちが光輝くんかー! どおりで後ろから声がするわけだー!」


 当たり前だろ。どうやったらそんなこと間違えるんだ。

 聞こえるのが前にしろ後ろにしろ、そこに座っていたのは“三つ編みの女子生徒”だぞ。

 筋骨隆々なわけではないが、僕は少なくとも女子と見分けがつくほどの体格は持ち合わせているし、髪型も一般的な男子高校生のそれだ。


 ちゃんと見えていたら間違えるわけがない。


 ということはつまり……


「……なあ彩瞳さん」


「うん?」


「さては君、見えてないな?」


「――!」


 僕がそう言うと、彼女はハッとした様子で硬直していた。


 どうやら予想は的中していたようだ。


「なんでわかったの?」


 なんでって、そりゃあ……もはやあからさまだと思うけれど。

 一昨日から妙な感じはあったからな。


「色々あるけど、まず一昨日のこと。あんなところに生徒がいたのは不自然だと思ったんだよ。文化祭の準備で荷物運びをしていたみたいだったけど、ダンボール箱には東棟倉庫って書いてあったから、自分の教室へ運ぶならわざわざ特別教室棟の階段を通る必要はないし」


「あ、確かにー」


「で、もしかしたら君はあまり視界がよくないから人気のない場所を選んだのかもしれないと思って」


「なるほどー! ……ってあれ? でも見えないとか関係なく荷物が多くて危ないからってだけでも理由になるよね?」


「一理ある。けど何より決定的なのは、さっきの見間違えだ」


「あー」


「どうやったら僕と女子を見間違えるんだよ。女装癖持ちだとでも思ったのか?」


「まあ、その可能性はあるよね」


 否定しろよ。


「……それに、保健室でも教室でも、人との距離感が近すぎると思ったんだ。“異常”なほどに」


「異常……」


「そう、異常なほど。それはつまり見える距離ギリギリまで接近していたんじゃないかと考えてな」


 僕が一通り説明し終えると、彩瞳さんはびっくりするくらい静かになった。


 あれ。どうしたんだ。

 もしかして言っちゃまずかったか?


 すると、彼女は何やら腹の中心に力を溜めるような体勢になって背中を丸くした。


「す……」


「す?」


「すっごーーい!! 光輝くん! 探偵みたーい!」


 体の中心から外側へ、細長い四肢が大きく広がる。


 これまた杞憂に終わった。


「いや、そんな大したことないだろ。むしろ誰でもわかる」


「えー! またまたご謙遜を〜。急に早口で喋り出したと思ったら全部ピタリと当てちゃうんだもん。びっくりしたよー!」


 グサリ。

 帰って一人反省会をしたくなるようなことを言うんじゃない。


「……まあ、当たってたにしろ、当たってなかったにしろ、言っちゃまずいことじゃなくてよかったよ」


「そんなこと心配してくれてたんだー? 光輝くんは優しい子だねぇ」


 親戚みたいなことを言うな。


「ま、私は目悪いだけだし。この通り別に隠してるわけでもないよ」


 この通りってどの通りだ。


「じゃあ眼鏡――」


 と言いかけて気がついた。

 僕には彼女が眼鏡をかけているのか、かけていないのか、はたまたコンタクトなのかもわからない。


「ん?」


「あ、いや、その、め、眼鏡ってどう思う〜のかなーなんて」


 なんてアドリブの利かない人間なんだ僕は。

 またコミュ障が露呈してしまっているじゃないか。


「眼鏡? うーん、そうだなー。今の私には必要ないかなー」


 ということはかけていないんだな。


「どうして?」


「だって私の可愛くて綺麗で宝石みたいな瞳が台無しになっちゃうからね」


「はあ?」


「私ね、こう見えても自分の眼には自信あるんだ。あ、視力のことじゃないよ? 見た目のこと」


 そんなもんわかってるわ。


「レンズ越しだと実物よりも眼が小さく見えちゃうでしょ? それじゃ私の可愛さが正しく伝わらないなーと思って」


「馬鹿なの?」


「馬鹿じゃないよ! ひどいなあ!」


 いや馬鹿だろ。

 どんだけ自信過剰なんだ。


「じゃあコンタクトにしろよ」


「それは無理!!」


「なんで?」


「無理なものは無理なの!」


 彩瞳さんは頬を膨らませてプンスカしている。


 大方直接眼に触れるのが怖いとかそんなとこだろう。


「はあ……じゃなんでもいいから、さっさと昼飯食おうぜ。そのために来たんだろ?」


「そうだった!!」


 やっぱり馬鹿じゃないか。


「今日はねー光輝くんとシェアしたくてね、腕によりをかけて作ってきたんだ〜」


 そう言って彼女は空いている隣の席に座ると、いかにも女子高生らしいミントカラーの小さな弁道箱の蓋を開けて中身を見せてきた。


 どれどれ……


「……これは、まあ、なんとも……」


 なんというか、汚いというわけでもないし、色々ズタボロに焦げているというわけでもないけれど…… 微妙に評価のしづらい詰め方だ。

 半分は白米で半分はおかず。おかずの方は卵焼き、ウィンナー、炒めもの、ブロッコリーといった定番の内容で構成されていて、彩りも悪くないはず。だけど――


「なんか、こう。もうちょっと綺麗に詰められなかったの?」


「失礼なー! 人が一生懸命作った弁当なのにー!」


「あ、いや、それは悪かった。別にまずそうとかそう言う意味じゃないから」


 ここで素直に美味しそうだよとフォローできない自分が何か嫌だな。


「ほんとにー? ま、いいや。光輝くんは購買のおにぎりなんだねー」


「ああ、親に負担かけるのも嫌だし。自分で作るのも面倒だし」


「面倒云々はさておいて、光輝くんはやっぱり優しいね〜」


 そんな真心こもった声色で僕を褒めないでくれ。慣れてないから。


「じゃあ、時間もないし早く食べよ! 私のおかず分けてあげるね!」


「別にいいよ、そんな。恥ずかしい」


「えー遠慮しなくていいんだよ。私たち友達なんだから」


 それ以前に男女でこういうことをするのはいかがなものか。


「……て、あーーーー!!!」


「ど、どうした?」


「お箸忘れた……」


 おいおい、そそっかしいやつだな。


「……予備で持ってきてる割り箸貸してやるから。使えよ」


「え? ほんとに!? わー! 光輝くんありがとうーー!! 大感謝!」


 もうちょっと静かにしてくれ。教室中に響いてる。

 見えないけど視線が痛い。



 ――それから僕たちはなんだかんだで賑やかなランチタイムを過ごし、昼休みを終えた。


 放課後はまた用事があるから会えないのだそうだ。

 別に会いたいとも思っていないが。


 彩瞳さんは正直うるさいし、言動はアレだけれど、少なくともこれから退屈はしなさそうだ。

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