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友達にならない?

 彼女の口から放たれた言葉に反応して、僕の上半身は飛び上がる。


「見えてないって、え?」


「……違う?」


 いや、違わないけれど……なぜ?

 僕はこの目のことを誰にも話したことがないはずなのに。


「……眼鏡は?」


「は?」


「いや、目悪いなら眼鏡かけないのかなーと思って」


 ん? あ、なんだ?


「なんか階段でもフラフラしてたし。寝返り打つまで私に気づいてなかったし」


 もしかして視力が悪いと思われてただけか?


「今日は忘れてたとか?」


「……あ、ああ、いや。別に。僕目悪いわけじゃないから……」


「ふーん?」


 彼女が首を傾げると、腰を曲げながらまた至近距離に顔を近づける。

 最近のJKってこんな距離感なのか?


「……でも、見えてないっていうのはあってるんだ?」


 恐らく僕の目を見つめながら、彼女はそう問いかける。


「あー……」


 なんて誤魔化そうか。

 人の目が見れないなんて言ってもコミュ障扱いされるだけだろうし。

 第一真っ黒な霧に覆われてるなんて信じてもらえるかどうか。


「……あ、もしかして、触れないほうがよかった系のやつだった……?」


「あ、いや、別にそんな大層なものではないから……大丈夫」


「そう? まあ、言いたくなかったら別にいいんだけど」


「あーいや、言いたくないってわけでもなくて……その……」


 一瞬の静寂。僕は口籠る。


「僕、人の目を見て話せなくて……それで」


 結局言ってしまった。


 なんだか恥ずかしくなって頭を掻く。


 何を躊躇っていたんだ、僕は。コミュ障だなんてどうせとっくにバレていただろう。


 彼女は今どんな顔をしているのだろう。

 きっと訝しげに眉をひそめて不審に思っているに違いない。


「……」


 ――しかし、反応がない。

 というよりも、瞳が見られないから感情が分かりづらい。


 どうしたんだ?


「あの――」


「ねえ!!!」


「っはい!!」


 僕が声をかけようとすると、彼女の甲高い呼び声がそれを遮った。

 なんなんだ一体。


「君、私の友達にならない?」


「は?」


 あまりにも唐突な申し出に間の抜けた声が出た。


「友達だよ、友達。と・も・だ・ち!」


 いや、それは分かってるけれど。

 ……どうして突然友達?


「ねえ、だめ?」


 多分今、そこそこ可愛いであろう女子高生に上目遣いで見つめられている。


「い、いや、だめってわけじゃないけど――」


「ほんとに!? じゃあ決まりだね!!」


 勢いで押し切られてしまった。


「でも、ど、どうして?」


「どうしてって、うーん。それは、ほらさ、シンパシーってやつ? 感じたからさ!」


 シンパシーって。

 こんな惨めな僕のどこに親近感が湧くっていうんだ……


「だからほら! 今日からよろしく!!」


 そう言って胸を張ると彼女は僕に向かって手を差し出す。握手しようってことだろう。


 仕方なく僕はそれに応じる。

 そして、彼女の柔らかく繊細な指が僕の手に触れると、彼女はそれを精一杯握りしめた。


「私、二年二組の黒木彩瞳くろきあやめ! 彩瞳あやめって呼んでね!」


「あ、うん……二年一組、白石光輝しらいしあきてる……です。白石しらいしでも光輝あきてるでも」


「オッケー! 改めてよろしく! 光輝あきてるくん!」


 なんだかよく分からないうちに一人友達ができてしまった。それも男子ではなく女子の。


「じゃ、友達にもなれたことだし。また明日、どこかで会えたら!」


 彩瞳さんが悪戯いたずらっぽく僕に敬礼する。

 それに合わせて僕も右手を上げた。


 それから「えへへ」と幼児のようにはにかむと、彼女は控えめにこちらを向いて手を振りながら部屋を出ていった。


 また明日と言っていたが、クラスも違うし、連絡先も交換していないから、恐らく会うことはないだろう。


「ふぅ」


 なんだか嵐みたいな人だった。

 階段での出来事も、保健室でのことも、久々に何か目まぐるしいものを感じた気がする。


 そうして僕がため息をつくと、彩瞳さんとすれ違いざまに先生と母が保健室に入ってきた。

 「ご迷惑おかけしました」みたいなことが聞こえてきた気がする。


「光輝くん、体調は大丈夫ですか?」


「あ、はい。別になんともないです」


 先生の問いに答えた僕は母の方を見遣る。

 なんだか微妙な表情をしていた。


「どうしたの?」


「光輝……あんた……」


「?」


「友達いたのね」


 おい。

 怪我した息子への第一声がそれかよ。



 翌日、どうせ会うことはないだろうと思っていた彩瞳あやめさんは、朝っぱらから僕の教室に乗り込んできた。


「おっはよー!! 光輝くんいる〜〜??!!」


 勘弁してくれぇ……


「あれー? 光輝くんいないー?」


 いや、いるだろ、目の前に。

 教室後方のドアに一番近い席なんだから。


「おい、うるさいって……」


「あ! 光輝くんそこにいたんだー! 頭は大丈夫?」


 なんとも白々しい。


いだぁ!!」


 僕に近づきながら距離を見誤った彩瞳さんが椅子に激突する。


「えっへへ……ごめんねえ」


 また「やっちゃいました」の声色だ。

 可愛いとでも思ってるのかそれ。

 正直可愛くないこともないけれど。


「はあ……それで、何の用?」


 僕は気を落ち着かせて彼女を冷たくあしらう。


「用事はないよ!」


「はあ?」


「ただ光輝くんとお話がしたかっただけ!」


 教室内が少しざわつく。


「(え、なにあの子)」


「(白石と話してんのか?)」


「(ていうかあの子って……)」


 まずい、注目が集まっている。


「お、おい。もうちょっと静かに喋ってくれないか」


「なんで? まだホームルーム始まってないよ?」


「いや、それはそうだけど」


 彩瞳さんは無垢な子どもみたいにハテナマークを頭上に浮かべる。


「“普通”の人はこんなことしないんだよ。ましてやこんな朝っぱらに」


 僕がそう言うと彼女が少し静かになる。


「普通の人……?」


「ああ」


「……」


 いきなり黙りこくってどうした。


「……うん。オッケー、分かった! ちょっとうるさかったよね。ごめんね!」


 彼女は少し考えると再び満面の笑みを浮かべた。


 なんかやけに素直だな。


「ああ、うん。それで、僕に何か話したいことでもあったのか?」


「ないっ!」


 おい。

 それはそれで失礼だろ。


「何の用もなく、話すこともなく、それなのに来たのか?」


「うん!」


「どうして?」


「友達だから!」


 そう高らかに答える彩瞳さんは、きっと今とても純粋な眼差しを僕に向けている。


 “友達”、か。

 この言葉について考えると、去年のトラウマがフラッシュバックしそうになる。


「違うの?」


「い、いやあ」


 彼女がゼロ距離まで僕に接近する。

 吐息が肌にかかりそうだ。


「まだ昨日の今日の仲なわけだし……」


「えーそんなの関係ないよー。私が光輝くんと仲良くなりたいって思ったら、その時点でどこまででも仲良くなれるんだよ」


「いやワケわかんないし」


「あ、さては光輝くん友達いないから分からないんだなー?」


 間違いではないけどド直球だな。


「ま、私もいないからよく分かってないけど!」


「絶対嘘だろ」


「はは、バレたー?」


 こいつ……馬鹿にしやがって。


「じゃあ僕とは違って友達もいる彩瞳さんが僕なんかに構う理由はなおさらないだろ?」


「え?いや、だからそれは光輝くんが友達だからって言ったじゃん」


「言ってたけれども」


 イマイチ話が噛み合わないなあ。


「あ、それと、やっぱり光輝くんに友達はいるでしょ」


「は?」


 またまた何を言ってるんだこの人は。


「ん」


 彩瞳さんが自分の顔に指をさす。

 視界に瞳が映らないから何を伝えようとしているかは分からない。


「何?」


「私だよ。わ・た・し! 私が光輝くんの友達だから、光輝くんに友達はいるってこと」


 恥ずかしげもなくそんなことを言う彼女は堂々としていて、眩しいほどだった。


 対して日陰者な僕はみっともなく赤面してしまっている。


「あれ。光輝くん赤くなってる?」


「……う、うるさいなあ、もう。さっさと自分の教室帰れ、あと5分でホームルーム始まるから! ほら」


 焦って立ち上がると、僕は彼女を教室の外へ押し出そうとした。


「光輝くんは強引だな〜」


「人のこと言えないだろ!」


「ふふっ」


 彩瞳さんが楽しそうに笑う。


「じゃあ、光輝くん。またお昼にね!」


「わかった、わかったから、早く教室戻る!」


「はーい」


 まったく、聞き分けのない小学生みたいだ。


 それからもう一押しすると彼女の体は簡単に教室の外へ飛び出して、僕はすぐさまピシャリとドアを閉めた。


 朝から全体力を消耗した気がする。

 これ、毎日続いたら持つかな……


 そんなふうにもう明日のことまで考えてしまっているのは、きっと彩瞳さんの思う壺なのだろう。

 認めたくはないけれど。


 僕はやれやれとため息を吐く。



 ――しかし「またお昼にね」と言っていた彩瞳さんは、昼休みにこっちの教室へ来なかったし、放課後も、翌日の朝も僕の前に姿を現すことはなかった。

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