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美影照義、そして夕空茜


「よーし! 着いた〜〜〜!! ふぅ〜」


 少し距離があったが、僕らは病院から学校まで歩いてきた。


 彩瞳さんは元気いっぱいに叫びながらも、疲労困憊といった様子だ。

 やはり今まで運動する機会が少なかった分、体力もあまりないようだ。


「大丈夫か?」


「うん! ……全然、平気!」


 平気という割には校門から一歩も足が進んでないんだか。


「疲れてるなら、ちょっと休むか? どっかで飲み物買ってくるけど」


「……そうだね。やっぱちょっと休みたいかも」


「分かった。じゃあ、ちょっとそこ座って待ってろ。すぐ戻るから」


「うん、ありがと」


 校門を抜けてすぐの運動場に面した木陰のベンチに彩瞳さんを座らせると、僕は東校舎玄関の自販機まで飲み物を買いに行った。


 文化祭で派手に様変わりした内装の校舎がとても鮮やかだ。


「さて、早く戻らないと……」


 そして、僕が自販機の取り出し口からペットボトルのお茶を取って腰を上げると、


「あれ、光輝」


 僕のすぐ隣に美影がいた。


「お、おお。美影。この間ぶり……」


「だな」


 しばらく無言でお互いの顔を見た。


 上半分は久々に見たけど、そういえば美影はこんな顔をしていたんだったな。

 体格は大きく、体育会系の圧はあるけど、目つきは柔らかく、包み込んでくれるような頼もしさがある。


「えっと……退院できたんだな。よかった」


「あ、それはその、実は違くて。さっき彩瞳さんに誘われて抜け出してきたところ」


「おいおい。大丈夫かよそれ」


「はは…… 今思えば勢いでやばいことしちゃったかも……」


「普通外出許可証とか取るもんだろ」


「あ、そうか」


 苦笑して頭を掻く僕を見て美影がやれやれと愉しげなため息を吐いた。


「ま、元気ならよかったぜ。それに、黒木さんに会ったってことは、もう全部解決したんだな」


「ああ。それはバッチリだ。おかげで今こうしてお前と目を見て話せてる」


「そういえばそうだったな」


 美影は嬉しそうに両手を腰に当ててニッと歯を見せた。


「……でその黒木さんは今どうしてんだ?」


「あ」


「なんか待たせてんのか? なら早く行ってやれよ。友達なんだろ?」


「あ、ああ」


 そうして、僕はそれじゃあと手を振り、慌てて駆け出した。


 だけど、一つ言っておかなければならないことを思い出して僕は振り返り、美影……いや、照義に声をかけた。


「……照義、一応お前も僕の友達だからな」


「……!」


 すると照義は人差し指でわざとらしく鼻の下を擦り、一点の曇りもない表情で、大きく腕を振りかざして力瘤を作ると、朗らかに「おう!」と言ってそれに応えた。



「もー茜ちゃんったら可愛いんだから〜」


「ちょ、ちょっとやめてください、彩瞳ちゃん……」


 僕が彩瞳さんのところに戻ると、なんだか微笑ましい光景が眼前に広がっていた。

 なぜか彩瞳さんが夕空さんを人差し指でプスプスと突きながらきゃっきゃしている。


「お、光輝くんお帰りー! 遅かったね〜!」


「お、おう。はいこれ、お茶」


「ありがと〜!」


 彩瞳さんが落とさないように僕は丁寧にボトルを手渡した。


「ぷはぁ〜! 生き返る〜!」


 キャップを開けるや否や一気にお茶を飲み干した彼女を、隣に座っている夕空さんが憧憬の眼差しで見つめていた。そんなところまで尊敬しなくても。


 てかそれより、


「え、えっと…… 夕空さん?」


「あ、は、はい。なんでしょう?」


 相変わらず陽キャな見た目と控えめな性格がちぐはぐだ。


「その…… なんでここに?」


 僕がそう問いかけると、口籠る夕空さんに先立って彩瞳さんが口を開いた。


「ああそれねー。茜ちゃん、なんか人混みに酔って疲れちゃったんだってー。 それで人気のないところを探してたら偶然バッタリ私と会って……」


「そ、それで、白石さんが来るまで、お、お話してたんです……」


 な、なるほど。

 まさか連続して僕の見舞いに来てくれた人たちに会うことになるとは思わなかったな……

 これも何かの縁というやつだろうか。


 ていうか、改めてちゃんと顔を見ると、夕空さんめちゃめちゃ美人だな。下睫したまつげなっが……


「……それでさっきイチャイチャしてたのは」


「イ、イチャイチャなんて、そんな恐れ多い……」


 イチャイチャが恐れ多いってなんだよ。


「茜ちゃんがねー私のことめちゃくちゃ褒めてくれるの! そしたらもうなんか愛おしくなっちゃって!」


 子猫を前にした女子小学生みたいに興奮した彩瞳さんが夕空さんを下顎から抱えるように撫でくり回し始めた。


「ちょ、ちょっと・・・や、やめてくださいって、あ、彩瞳ちゃん……あんっ」


 やめてくれと言う割には顔が蕩けて幸せそうだ。見ているこちらも思わず頬が緩む。


 ていうか、いつの間にか黒木さん呼びから彩瞳ちゃん呼びになってるな。

 僕がいない数日でだいぶ距離が縮まったみたいだ。


「……あ、もうこんな時間。私、午後から執事喫茶のシフトなんですけど」


 まさかの夕空さんが執事か。

 それはそれでそそられるものが…… いや何考えてんだ僕。


「彩瞳ちゃんは確か、当日の事前準備だけでしたよね」


「うん。だから営業時間は特に仕事なーし!」


「え? じゃあなんでメイド服で病院まで来たんだ……?」


「それは、なんというか…… ノリ?」


 やっぱバカなんじゃないかこの人。


「ま、そういうことだから! 私たちもそろそろ行こ! 時間ないんだから!」


 半ば強引に締められた。


「じゃあ、茜ちゃん! また後でね!」


「は、はい! 彩瞳ちゃんも、楽しんで!」


 幼稚園の帰り際に友達に向かって手を振る子どもみたいに彩瞳さんは夕空さんを見送った。

 少しはにかんだ様子の夕空さんは、足取りが軽く見えた。


「……ていうか光輝くんは仕事ないの?」


「え、あー」


 そういえは僕どうしたんだっけ。

 役割分担とか全然聞いてなかったな。

 そもそも僕に知らされてないってことは、もはや忘れられていたということなのでは。


「……うん。多分大丈夫」


「ほんとにー?」


 彩瞳さんに、夕空さん、そして照義。この短い期間で三人と関われたことは僕にとってとても大きなことだけど、さらにその先に進むには、まだまだ道は遠く険しそうだ。


「ま、なんでもいいや! 早く行こ!」


 まずは、一人一人、目を見て話して、そうして少しずつ前に進んでいこう。

 いつか瀧内みたいな人間に対しても臆せず対等に渡り合えるようになれたら、世界はもっと変わって見えるはずだ。

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