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“特別”な瞳

「……光輝くんはさ、この眼……どう思った……?」


 ああ、やっぱりそれは聞くよな。

 というよりも、これを聞かなきゃ彩瞳さんの目的は果たせない。

 僕がこれを知った上で彼女のことをどう受け止めるのか。見た目で態度が変わるのか。彼女はきっとそれを知りたいんだ。


 僕は彼女に率直な気持ちを伝えた。


「さっき、それをゼロ距離で見せつけられたときは……正直ビビったよ」


「……うん」


「だけど僕は……凄く綺麗だと、思う」


「……!」


 それを聞いた彩瞳さんは両手の指先を口に当てて分かりやすく嬉しそうにした。


「確かに、普通かと言われればそれは違う。だけど、異常かと言われたら、多分、それもきっと違う。……きっと彩瞳さんの右眼は、“特別”なんだ」


「……特別?」


「そう。その瞳には一切の不純物がない。ただひたすらに真っ直ぐだ。それって、彩瞳さんのピュアな性格にピッタリだろ。それに、そんな性格を持ち合わせているような人間はそう簡単に見つけることはできない。だから……特別なんだ」


 そして、それは同時に迷いや不安を見せる左眼を補ってもいる。

 いつでも完璧なわけではないけれど、理想はいつもすぐそばにあって、彼女はそれを目指していける。

 まさに、黒木彩瞳という人間を象徴するに相応しい瞳だと、僕は思う。


「……嬉しい」


 彩瞳さんが身を乗り出して僕との距離を縮めた。

 片膝はベッドの上に載っている。


「……私、みんなに嫌なこと言われて悲しかったけど、それで本当に自分が見せたい自分を隠すようになっちゃったら、それは自分を否定することになるから、義眼はずっとそのままにしてたの」


 そういえば、いつだったか、目が悪いことについて話したとき、彼女は“見ての通り”隠していない、みたいなことを言っていたな。

 僕に見られることを多少怖がっていたとしても、最初から隠すつもりはなかったんだ。


「でも小学生の頃、同じクラスの子の顔を間近で覗いてみたらその目が本気で怯えてたように見えたことがあってね。自分の眼に対して自信は失くさないようにしてたんだけど、誰かの目を見たり見られたりすることは少し怖くなっちゃって」


「……それで目を見て話さない僕を選んだんだったな」


「うん。だけど――」


 彩瞳さんはほとんど覆いかぶさるような形で僕の瞳を覗き込んだ。


「今、私と目を見て話してくれてる光輝くんは、全然怖くない。私のこと、全然怖がってない。むしろ――」


「――見惚れてる」


 僕が遮るようにそう言うと、彼女は目を丸くして眉を開くと、満面の笑みを浮かべた。


 初めて真に心が通ったような気がした。


「……ふふっ。やっぱり! そうだと思った!」


 感情の勢いに任せて彼女が僕を抱きしめる。


「お、おい。それはちょっと……」


「いーの。今だけはこうさせて」


 彩瞳さんの細い腕が、僕の不恰好な身体をギュッと締め付ける。

 でもあまりにも弱々しくて、今にも崩れてしまいそうだったから、僕はそっと彼女の背中に手を添えるだけにしておいた。


「……な、なあ。も、もういいか?」


「だーめ。まだ」


 彼女の下顎を乗せた僕の左肩がほんの少し濡れている気がした。


 仕方ない。彼女が満足するまで、こうしていよう。


 ――そして、彩瞳さんが落ち着くと、僕たちは若干ぎこちなく、ゆっくりと身体を離して見つめあった。


「……なんか、ごめんね」


「お、おい。なんで今赤くなるんだよ」


「だって、これからは親友だー!って勢いで抱きついたのに、なんかちょっと、ドキドキしちゃったから……」


「……っ!」


 僕たちはたったいま真の友人関係を結んだばかりなのに、こんなの卑怯じゃないか。

 そんなことを言われたら、こんな顔をされたら、もっと先に行ってもいいのではないかと勘違いしてしまう。


 いかんぞ。こんなところで女子への免疫のなさが発揮されてしまうのは。


「ま、まあ? これで何も感じない方がむしろ人間として不自然だし。あ、赤くなってもしょうがない、か……」


「う、うん……」


 お互い目を見て話せるようになったのに、僕らは今俯いて顔を逸らしている。

 これはまた新しい課題ができてしまったかもしれない……


「て、ていうか文化祭。戻らなくていいのか?」


「あ、忘れてた」


 おいおい。メイド服着ながらそれをいうか。


「……ねえ光輝くん」


「なんだ?」


「……病院、抜け出しちゃわない?」


「はあ!?」


「だって、光輝くんも今年の文化祭はちょっと楽しみにしてたでしょ?」


「そ、そりゃあまあ、今年は友達もいるし。多少楽しめるんじゃないかと思ってたけど…… 勝手に抜け出すのは流石にまずいだろ」


「でもでも。私、光輝くんと一緒にしたり屋台回ったりするの、すっっっっごーーーく楽しみにしたんだよ?」


 彩瞳さんが捨てられた子犬みたいな上目遣いで僕に懇願する。

 今までルールを守って良い子にしてきた反動がここで返ってきてしまったようだ。


 くっ。そんな顔されたら断れないじゃないか。


「しょ、しょうがないな。そこまでいうなら……」


「ほんとにー!? やったあーーー!!」


 彩瞳さんがその場で飛び跳ねて、両手を胸の前でギュッとした。

 フワッと浮き上がる軽い黒髪が悪戯っぽくて愛らしい。


「じゃあ、そうと決まったら…… はいこれ!」


 彼女は持ってきていたバッグの中から何か衣類のようなものを取り出して僕に見せた。


「メイド服!! 光輝くんのために持ってきたんだよ! 今着替えちゃおう!」


「は、はあ!? な、なんでメイドなんだよ!?」


「えー! だって光輝くんって女装男子なんでしょー? てっきり紳士よりメイド派なのかと思ってたんだけど」


「いやいや。何度も言ってるけど僕に女装癖はないから!!」


「え〜。そんなこと言ってもメイド服しか持ってきてないし…… ね? 一生のお願い!」


 そんなこと言って僕の女装姿を見たかっただけだろ……


「……ていうか。ここで着替えたら院内で目立つだろ。着るにしても学校までお預けな。僕は制服持ってるから、それで行くよ」


「えー。光輝くんのケチ…… せっかく光輝くんの女装姿が見られるチャンスだったのになあ〜」


「さては紳士コスわざと忘れてきたろ」


「はは、バレた?」


 彩瞳さんがニカっと笑って、僕は怪訝な表情を浮かべた。


「じゃあ、僕が制服に着替えてる間、先に外で待っててくれ。メイドと院内うろつくのも不自然極まりないしな」


「あー確かにそうだね。じゃあ外で待ってるよ。あ、でも学校ではちゃんとメイド服着てよね!」


「はいはい、わかったから。もう昼だろ。時間ないんだから」


 そうして僕は半ば強引に彩瞳さんを病室から追い出すと、清々しい気持ちを胸に、高揚感を持って制服に着替えた。


 まさか人生で女の子に誘われて病院を抜け出すなんて日が来るとは夢にも思わなかったなあ。


 感慨深げに外へと目を遣ると、見慣れたはずの景色がいつもより光輝いて見えた。

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