プロローグ:人の目をみて話せない
僕は決して人の目を見ることができない。
その理由は単に恥ずかしいからとか、緊張するからとかだけではない。
“絶対的に”見えないのだ。
僕の視界に映る人の目には、先の割れた筆で真っ黒な絵の具を塗りたくったような闇が覆い被さっていて、その暗然たる霧が瞳を完全に隠してしまっているのである。
だから目を見て話せと言われても、無理なものは無理だし、失礼だと言われてもどうしようもない。
ちなみに心因性視覚障害というものがあるそうだが、僕のこれがそんなに仰々しいものだと言われると少し気後れしてしまう。
というのも、僕はなんとなくこの原因に察しがついていて、それも非常に些細な出来事だったからだ。
去年、文化祭の準備をしていた時のことだ。
僕が“友達”に頼まれた仕事を終えて教室に帰ってくると、所謂いつメンが僕抜きで和気藹々と作業をしていたから、僕はそこで声をかけた。
しかし彼らは急に口を閉ざし、嫌悪感を漂わせながら僕の方に目を遣ったのだ。
もう帰ってきたのかと、なんでいるんだよと、お前は邪魔だと、そう訴えているような瞳で。
でも口だけは笑っていて「お〜光輝おつかれ〜」といつも通りに話しかけてきたから、僕はなんだか怖くなってしまい、その場から逃げ出してしまった。
もちろん人間に裏表があるなんてことも、口下手な僕が以前からグループ内で案山子同然だったことも分かってはいたけれど、それを信じたくはなかったのだ。それに、入学式の日からずっと友達だと思っていた連中が僕を密かに疎んでいたのだということを確信すれば多少なりともショックを受けるものだ。
そして、これ以降直接人の目を見て話すことが億劫になってしまい、まともにクラスメイトと口を聞くこともできなくなってしまった僕は、文化祭当日を迎える頃には完全に孤立してしまっていた。
どうやら彼らは青春の一ページに僕を疎外したという事実、もとい汚点が残ることが気に入らなかったらしく、僕は元からコミュニティに属していなかったということにもされていた。
人の気持ちが分かる優しい子だと昔から親戚には言われてきたけれど、そのせいで人間関係では苦労してきたし、こんなことになるのなら察しが良いというのも困り物だ。
ただ今となってはもう人の目なんて見れないわけだし、孤独であるとはいえ、精神的にはそれなりに快適な生活を送らせてもらっている。
知らず、属さず、関わらず、楽な方へ楽な方へと流れていく毎日。退屈ではあるが、下手に傷つくよりもよっぽどマシなものだ。
誰も僕を見ていないし、僕も彼らを見ていない。
今の僕にとってはこれが一番心地いい。
そう思っていた。
――しかし高校二年の秋、二度目の文化祭が始まる頃、ある“特別”な少女との出会いが僕のスクールライフを決定的に変えてしまうことになるのだった。